アルス対ヤブン
話通り、アルス達がこの場へとやってきた。
前にはアスタロト、アルス、そして何故かスヴェン王子とクレアまでいる。
そして、こちらの後ろにはデーモンロードとシュナイダーと白い女。
ヤブンからしたら、まさに引くも地獄、進むも地獄の状況であった。
今、ヤブンにはイワンから与えられた悪魔の力がある。
この力を利用すれば、もしかしたらアルスやスヴェン王子達には勝てるのかもしれない。
だがその場合、あの大悪魔が黙っているわけがなかった。
再び前にした大悪魔は、悪魔の力を手に入れたからより鮮明に感じられるおかげだろうか、改めて恐ろしいと思えるほど感じられる力は圧倒的であった。
あんな存在を敵に回して無事でいられるはずがないのだ。
「よ、よぉ。アルス、久しぶりだな。」
こんなところにただ立っているだけは、いつ何をされるか分からない。
イワンは意を決してアルスに話しかけた。
「お久しぶりです。ヤブンくん。それで、貴方の目的は一体何なんですか?」
以前のアルスとは違い、しっかりとした顔付きでヤブンに質問を返すアルス。
そして、それは態度だけではなかった。
アルスから感じられる魔力が、以前とは比べ物にならない程大きく感じられたのだ。
手に入れた悪魔の力を行使しても、もしかしたら敵わないのではないかと思える程に。
「目的?さぁな、俺もなんでこんな事になってるか全然分からないんだよ。俺はただ、そこの男にお前の相手をしろと言われただけだからな。」
そう言って後ろを振り返ると、そこにはもうシュナイダーは居なかった。
「そこの男?」
アルスはそこにシュナイダーがいた事に気が付いていない。
という事は、あろうことかシュナイダーは、アルス達がやってきたタイミングでこの場から逃げ出したという事だ。
あの野郎……俺やデーモンロードをこいつらにぶつけて、自分は影から高みの見物をしようって事か。
ふざけやがって。
まんまと利用されたなとは思ったが、もはやそんなのはどうでもよかった。
ヤブンは思い出したのだ。
最初から、目的はたった1つであった事を。
今目の前にいる、アルスへの復讐を果たすという事に。
それに気付いたヤブンは、悪魔の力を解放する。
この力は、己の負の感情に応じて力がより増大する。
だから、負の感情の塊みたいなヤブンにとっては、まさに鬼に金棒であった。
全身を黒く染め上げ、溢れ出る魔力量は通常の10倍近くは膨れ上がっている事を実感する。
「アルス、俺はお前がずっと気に食わなかったんだよ。」
「……知ってます。」
「何をしてもいつもヘラヘラしてよ。怒りもしない。向上心もない。それなのに女子からは人気があるし、俺じゃなくお前にばかり人が集まってた。そんなお前が俺は許せなかった。」
ヤブンは、ずっと思っていたアルスへの負の感情をぶちまけた。
アルスは、それを黙って聞いていた。
「分かってるよ。こんなもん俺のただの逆恨みだよ。俺が勝手に嫌がらせを続けて、そしてそのおかげで退学までした哀れな奴だってな。だから付き合ってくれよ、こんな哀れな野郎の、最後の悪足掻きによ!」
ヤブンは覚悟を決めた。
全身を悪魔の力により強化させると、そのまま勢いよくアルスへと飛びかかった。
ヤブンの黒い右腕が、鋭い刃物のような形状に変形し、そのままアルスを斬りつけた。
しかし、ヤブンの一撃はアルスの張ったシールドで防がれてしまった。
悪魔の力で強化されているのに、あろう事か第1位階魔術なんかで簡単に防がれてしまったのだ。
だが、それはただのシールドではなかった。
他の人が使うシールドと比べて、張られた防壁の密度が段違いだった。
何をどうしてそうなっているのかは不明だが、濃密に張られたそのシールドは、まさに障壁と呼べる程に頑丈であった。
「僕も、ヤブンくんがずっと苦手でした。一々絡んでくるし、僕や周りの人達への嫌がらせは終わらないし、本当に意地の悪い人だなって。でも、今日こうして初めてヤブンくんと腹を割って向かい合えたと思います!ですから、僕も全力でヤブンくんを撃ち破ります!」
シールド越しに、しっかりとした目付きで見返してくるアルス。
そうか、こいつはもう本当に以前のアルスではないんだな。
かつて馬鹿にしていたアルスはもうそこには居なかった。
そこに居たのは、もはや自分なんかよりもよっぽど高位で立派な魔術師アルスであった。
ふん、面白れぇじゃねぇか!!
「上等だぁ!!」
ヤブンは魔術を展開する。
悪魔の力で増大した魔力に任せ、記憶の中にある魔術を自然と生み出した。
第9位階魔術 重力球だ。
これは、以前アスタロトに使われ敗北を味わった時と同じ魔術だ。
まさか、こんな魔術を自分が扱う側に回る事になるなんて思いもしなかった。
そして、使ってみて分かった。
確かにあの時、アスタロトは大分加減してくれていたという事に。
この魔術を純粋に行使したら、人間など骨ごと押し潰す事が出来る程、本来強力な魔術なのだ。
だがヤブンは、もう決してアルスを侮ってなどいないため、全開の重力球をアルスに向けて放つ。
アルスもこの魔術の事は覚えていたようで、流石に驚いた顔をしていた。
だが、直ぐ様気を取り直すとアルスも魔術を展開した。
「やりますね!でしたら僕も!!第9位階魔術 重力球!」
まさか、あろう事かアルスも同じ魔術をぶつけてきたのだ。
悪魔の力を手に入れたヤブンの全力と、全く同じ魔術をただの人間であるアルスが使ってきたのである。
ありえないだろそんなの。
第9位階なんて、サミュエル団長でも扱う事が出来ない領域だというのに。
こうして、互いの重力球がぶつかり合う。
ぶつかった衝撃で、辺り一帯に激しい衝撃が生まれた。
その衝撃によってか、気が付いたら周りに沢山現れていた悪魔達が一斉に吹き飛ばされていた。
そして、そのまま互いのグラビティボールは相殺し合い、この場から消え去ってしまった。
「なんだよお前、デタラメかよ。」
「それはこちらも同じですよ。今の僕の限界レベルの魔術を、ヤブンくんも扱えるなんて思いもしませんでした。」
こいつは何を言ってやがるんだ。
ヤブンは悪魔の力というチートを手にいれたと言うのに、アルスは生身で同じ魔術を使ってみせたんだ。
同じなわけがないだろ。
だが、そんな状況であってもヤブンは自然と笑みが浮かんだ。
楽しかったのだ。
互いに持てる力を全力でぶつけ合う事ができるこの戦いが。
笑うのなんて、何時ぶりだろうな。
前を向くと、アルスも笑っていた。
そうか、お前も同じなんだな。
この戦いによって、初めて二人はちゃんと向き合えたように思えた。
それが、本当に清々しかった。
心の底から、楽しいと思えたのだ。
だが、それももう終わりである。
何故なら、今の戦いによりヤブンは心の底から満足してしまったのだ。
そうなると、ヤブンの中のアルスに対する負の感情がどんどんと薄れていってしまう。
負の感情が薄まれば、悪魔の力も衰えていく。
つまりは、もう先程の魔術どころか、ただの悪魔程度の実力しか残されていないという事になる。
これでは、今のアルスになんて敵うはずがなかった。
「残念、もうおしまいのようだ。俺の負けだな。」
こうして負けを悟ったヤブンは、その場で両手を上げた。
これからって所で悪いなアルス、あとはさっさと俺の事なんか消し去ってくれれば良い。
だが、その時突然隣から激しい衝撃が生まれた。
デーモンロードのイワンが、とてつもない魔術をアスタロト目掛けて放っていたのだ。
おいおい、あんなデタラメな魔術を受けたら、いくらアスタロトでもただじゃ済まないだろ……そう思い、アルスとの戦闘中であったにも関わらずヤブンはイワン達の方に釘付けになってしまった。
それは、どうやらアスタロトの主であるアルスやスヴェン王子達も同じであった。
イワンの魔術が消え去ると、その軌道上にあった物全てが激しく抉り取られていた。
だが、あの大悪魔アスタロトは、その軌道上にあったにも関わらず、その場に無傷で立ったままなのであったのだ。
魔術を防がれたイワンは、ありえないものを見るように驚愕の表情を浮かべていた。
……なるほどな、やっぱりあの大悪魔相手には、例え最強の悪魔デーモンロードをもってしても敵わなかったようだ。
自分だけじゃない。
あのデーモンロードも含めて、こんな戦いただの茶番であった事を悟ったヤブンであった。




