ある日の夜
「何が大悪魔だ……チクショウ……なんでこの俺が……!」
明かりも付けない暗い自室の片隅で、そう1人ブツブツと呟く1人の少年。
彼の名はヤブン。
アルスがアスタロトを召喚したその日、二人に喧嘩を売った問題児グループの1人だ。
その結果、アスタロトの圧倒的な力の前に敗北し、そのままそれまでの素行の悪さも仇となり、クリストフ魔法学校を退学となってしまったのだった。
あれからは、まさに地獄のような毎日が続いている。
実家へ帰ったが、退学処分となった事を両親から酷く叱られ、周りの住民からは腫れ物扱いをされており、すれ違う度にコソコソと噂話をされている事に気付いている。
それが嫌で、そのまま外に出る事も少なくなり、こうして自室に籠ってはブツブツと怨み辛みを1人喋っているぐらいしか、正直今のヤブンにはする事が無くなっていた。
一緒に退学となった他の4人だが、薄情なものでお互い退学となると、それ以降連絡を取り合うわけでもなくすぐにバラバラになってしまった。
所詮、ヤブンにとっても他の4人にとっても、互いに友達と呼べるような間柄ではなかったのだ。
ただ、学校内という限られた環境下において、お互いの利益のために行動を共にしていただけで、一歩学校の外へ出れば互いを繋ぎ止める絆や友情なんてものは始めから無かったのだ。
その結果、助長していく自分達の悪事は歯止めが利かなくなっていき、気が付いた頃にはもう後戻り出来ず、こうして敢えなく退学処分となってしまったのだ。
本当に情けないし、両親へ合わせる顔がない。
だが、それでもヤブンはアルスの事だけは許せないという気持ちに変わりはなかった。
何故なら、あいつは魔法学校まで来ておいて、戦う術を身に付ける気なんて微塵もなく、いつもナヨナヨしてるのが気に食わなかった。
それなのに、その見た目からクラスの女子から人気があったのが気に食わなかった。
そして何より、ヤブンが何をしても怒るわけでもなくヘラヘラと受け流していたあの態度が1番気に食わなかったのだ。
……でも、冷静に考えると何故アルスに対してそんなに怒っているのかというと、正直自分でもよく分からない。
ただ、アルスの顔を見る度、とにかく意地悪をしたくなるという嫌な自分がいたのだ。
「チクショウ……。」
悪いのは自分だ、それは分かっている。
だからこそ、ぶつけようもないこの憤りを処理出来ずに今日までこうして過ごしているのだ。
ただただ情けない。
そしてもう学校へは戻れないという事実だけが、ヤブンの背中に重くのし掛かっているのだった。
「君が、ヤブンくんだね?」
部屋で1人俯いていると、突然窓越しに男の声が聞こえてきた。
「だ、誰だ!?」
「初めまして。私の名はシュナイダーと申します。ただの野良の魔術師です。」
「そ、その魔術師が何の用だ!?お前も俺を笑いにきたのか!?」
「そんな事はしませんよ。私は、貴方に力を授ける事が出来ます。……アルス・ノーチェス、いや、あの悪魔に復讐したくはありませんか?」
「貴様!何故その名前を!?」
「すみません、少し貴方について調べさせて頂きました。ただ勘違いしないで下さい。私は貴方の味方です。こうして1人引きこもっていても仕方ないとは思いませんか?……力を手に入れて、あの悪魔に復讐したいとは思いませんか?」
「そ、そんな事が……でも……。」
あの悪魔を相手に、こんなよく知りもしない怪しい奴の助太刀があったところで通用するとは思えない。
あの時、未知の魔術で俺達は簡単にやられたのだ。
あんな魔術は、見たことも聞いたこともない。
それだけ、あの戦いは一瞬ではあったものの、それでもあの悪魔の力は圧倒的かつ未知数であったのだ。
「……お前はあの悪魔より強いとでも言うのか?」
「さて、どうでしょう。ただ、貴方に力を与えるのは正確には私ではありませんので。」
「なんだって言うんだ?」
「悪魔ですよ。悪魔には悪魔を、これならば対等でしょう。」
「悪魔だと!?お前、やっぱり何者なんだ!?」
「私も、あの悪魔とは敵対する存在なのです。ですから、こうして協力者を募っているのです。このままでは、この世界はあの悪魔にまた滅ぼされ兼ねません。ですから、我々は人のため世界のため戦うのです。」
……確かにそうだ、あの悪魔はかつて世界を滅ぼしたと言われる大悪魔アスタロトだ。
あのまま放置していては、再びこの世界を滅ぼされる危険があると考える方が自然だろう。
最初は全く信じなかったが、一度戦った今の自分なら分かる。
あれは間違いなくあのまま放置していてはいけない存在だと。
「……だが、悪魔だぞ?代償を求められるのだろ?」
「なに、既に我々が悪魔を召喚し契約も終えているのでお気になさらず。貴方には、アルス・ノーチェスの方を相手をして頂きたいのです。」
「アルスを俺が!?……それで、俺は何をどうしたらいい?」
正直このシュナイダーという男の事は全く信用していないが、それでもあのアルスへ復讐できるチャンスならば、話を聞くだけ聞いてみる価値はあるのかもしれない。
「我々が召喚した悪魔は最上位の悪魔です。ですので、最上位悪魔の力があれば、貴方に悪魔の力を与える事も可能なのですよ。大丈夫、別にそれで貴方が悪魔に成るわけではありません。あくまでも、力を手に入れるというだけです。そして、悪魔の力とは負の感情の大きければ大きいほど力となるのです。」
なるほどな、要するに今の俺みたいな哀れな奴こそ適任という事か。
だが、それで力を手に入れる事が出来るならば、それはそれでいいのかもしれない。
その力があれば、アルスへの復讐ができるし、力を利用すれば良い仕事が見つかるかもしれないわけだから。
そしたら、少しは両親への罪滅ぼしが出来るかもしれない。
なにより、今このままこうしていても何も変わらない。
今の自分に少しでも可能性があるのならば、最初からそれに乗るしか選択肢はなかったのだ。
「そうか、まだお前を信用したわけではないが……こうしていても無駄に時間が過ぎていくだけだし、今の俺には何もないからな。いいだろう、その話に乗ってやる。だが、少しでも何かあればすぐに手は引かせて貰う。」
「……それで問題ありません、歓迎します。では、ついてきて下さい。」
こうして、ヤブンは男に誘われるまま窓から外へ飛び降りた。
その時初めて見たシュナイダーと名乗る男は、全身を黒いローブで隠したいかにも怪しいやせ形の大男であった。
だが、一目見ただけで男はかなり高位の魔術師である事が伝わってきた。
それこそ、感じられるプレッシャーはあのサミュエル団長と会ったとき以上かもしれないと感じる程に。
第二章スタートです。




