戦闘ではなくただの喧嘩
「やっぱアルスだな、やってくれるわー。」
ケラケラと嘲笑いながら、人だかりの中からヤブン達が前に現れた。
「先生も先生だよ、悪魔って言ったって1000年も前の話だろ?今と昔じゃ科学技術から魔術の質まで全然違うに決まってるじゃないすか。それに希に王国内でも悪魔が召還されて暴れる事だってあるけど、それだって魔術師団に全部蹴散らされてるわけですしねぇ。」
「ほう、貴様、我は敵ではないとそう申しておるのか?」
「よく分かってるじゃん。大体アルスなんかが召還できる悪魔って時点で、程度が知れてんだよねぇ。魔物じゃなくて女が出てくるとかどんだけだよ。」
ヤブンはケラケラと笑いながら、アスタロトさんの上から下まで嘗め回すように見つめた。
「あーでも、見た目はすげぇ美人だよなお前、今アルスの元から去るってんなら、悪魔でもなんでもいいから、特別に仲良くしてやってもいいんだけどさぁ?」
ヤブンは嫌な笑みを浮かべながら取り巻き達に同意を伺うと、全員ニヤニヤと笑って頷いた。
ヤブンの取り巻きはヤブン入れて5人。
性格はあんなだが、それでも魔術のレベルは学年でも上位クラスの5人だ。
だから僕以外にも、特に成績が下の方の女生徒に対してはあまり宜しくない態度や発言を繰り返している。
現場にスヴェン王子やクレアが居合わせた際はいつも止めてくれるのだが、それでも裏ではずっと横暴な態度を取っている厄介な連中だ。
「……アルスよ。もしかしたらこやつの言う通りかもしれん。我が蹂躙したのは所詮1000年も前のこと。今の人間相手には太刀打ちできないのかもしれん。」
「いや、そんなことは。。」
絶対にない。
何故こんなアスタロトさん相手に、ヤブンはあんな態度を取れるのか不思議でしょうがない。
「だからのぅ、我の実力が今のこの世界でどの程度通用するのか、あやつらで試してみたくなったのだが、良いか?」
「え、それはこれから戦うということですか?」
「ふむ、戦いになればいいのだがの……。」
そう言うと、アスタロトさんは少しニヤリと笑った。
これは正直不味いんじゃないだろうか。
多分、ヤブン達はアスタロトさんが少し力を使えばすぐ全滅させられる程度には力量の差があると思う。
確かにヤブン達には色々と嫌な事をされているけど、だからと言ってここで死なれるのは困る。
そもそもアルスは、争い事が苦手なのだから。
「あの、僕がどうこう言える立場じゃないと思うんですが、絶対に殺すのだけは止めて頂きたいです。。」
「ふむ、良かろう。これはあくまで我が買った喧嘩であり、戦いではない。アルスが望むのであれば、命までは取らないでおこう。」
「何をさっきからゴチャゴチャ言ってんだよ!?俺と戦うつもりならさっさとかかってこいよ。おっと、でもとりあえずそこの悪魔が使い魔だって言うなら、早速俺も使い魔は使わせて頂くけどなっ!」
そう言うとヤブンは、先程召喚したグリーンドラゴンを見た。
ち、近くで見るとやっぱり大きいな。
アスタロトさんなら大丈夫だと思うけど、アルスではドラゴン相手なんてどうにもならないから恐怖に押し潰されそうになる。
「……馬鹿にしておるのか。」
「あ?強がりか?お前より20倍はでかいドラゴンを前にしてビビっちまったか?」
「……まぁよい、せっかくだ、お前だけじゃなく後ろの4人も同時に相手してやろう。」
「……よっぽど死にてぇようだな。。お前ら、構わねぇこの生意気な女をやっちまおうぜ。」
ヤブン達は、それぞれ使い魔を呼び戦闘体制に入った。
魔術師5人と使い魔5体。
しかも一体はグリーンドラゴン。
これは普通に魔術師団の1部隊を相手にするようなものだ。
人1人が相手できる数じゃない。
それこそ、スヴェン王子やサミュエル団長クラスでないと絶対に敵わない数の暴力だ。
「いいからかかってこぬか、小わっぱども。」
「てめぇ!!知らねぇぞ!!いけ、グリーンドラゴン!!」
激昂したヤブンが、グリーンドラゴンに突撃の合図を出した。
それと同時に、他の4人も自分の使い魔をアスタロトさんへ突撃させる。
そしてそれだけでは終わらず、並行して5人は攻撃魔術を展開する。
流石は上位者、展開している魔術はどれも高レベルな魔術ばかりだ。
魔術には全部で10段階あるとされており、一般の魔術師は第2位階、魔術師団クラスでは第4位階、そしてサミュエル団長クラスになると第7位階まで使えるとされている。
それより上位の魔術は、一部の魔族や上位の存在が使えるとされているが、それも書物での伝承に記されているだけで本当に存在するのかどうかも分からない。
「死ねぇ!第3位階魔術 火の玉!」
ヤブン達は5人全員、第3位階魔術の火の玉をアスタロトさんめがけ撃ち込んだ。
使い魔5体を突撃させ、かつこんな高度な魔術5人分を1人に向けるなんて、いくらなんでも過剰戦力に他ならないじゃないか!
「危ない!アスタロトさん避けて!!」
「アルスよ。この程度問題にもならないから安心せよ。」
「え?」
そう言うと、アスタロトさんは無造作に右手を前に突き出した。
するとその瞬間、突撃をしていた使い魔達は見えない力に吹き飛ばされ、ヤブン達が発射した魔術も一瞬で消失した。
「なっ!?何をした!!」
驚きを隠せない表情でヤブンが叫んだ。
確かに、今一体何が起こった?
いきなり使い魔が吹き飛ばされ、撃ち込んだ魔法が消された。
ここにいる全員、全く理解が追い付かない出来事が目の前で起きたのだ。
「もう来ないのか?来ないならば、今度はこちらから行かせて貰うぞ?」
そう言うと、アスタロトさんの前に巨大な赤い魔法陣が展開された。
これは、アルスが召還した時の魔法陣と同じ色だ。
「第3位階魔術では、相手を確実に倒すには至らないというのに何を考えておるんだか。我に干渉したいのであれば、最低でもこれぐらい使ってみせよ。第9位階魔術 重力球。」
そう告げると、魔法陣から黒い球体が飛び出し、ヤブン達の上空で止まった。
「な、なんだあれは?それに今、第9位階って。。クソッ!」
恐怖に震えるヤブン達だが、咄嗟に上空に向かってシールド魔術を展開した。
だが次の瞬間、展開したシールド魔術ごと押し潰されるように全員地面に打ち付けられた。
これは、きっと重力魔術なのだろう。
こんな魔術があるなんて、授業で学んでいないのは勿論、どの書物にも載ってなどいなかった。
「なに、アルスが殺すなと言うのでな、力は加減してやっておる。あやつらは暫くああやって地面に這いつくばっているのがお似合いであろう。」
「う、うぐぁ、体が、、くそっ!」
「そこの先生とやら。」
「は、はい!」
「5分したら術は解いてやる。そのあとの面倒はお前に任せていいか?」
「え、ええ、分かりました!」
そう答えるのがやっとで、呆然と現場を見ることしかできない先生と、居合わせた生徒達。
「……ふむ、少し目立ち過ぎたかの。すまんな、アルスよ。」
「い、いえ、、アスタロトさんって本当に凄いんですね。。」
「我の実力は、どうやら現代でも十分通用するようで安心した。しかし、グリーンドラゴンごときが我に突撃してくるのを見たときは、笑いを堪えるのに必死だったぞ。」
そう言うと、アスタロトさんは光景を思い出したのかちょっとだけクスリと笑った。
今そんな事を考えてる場合じゃないのは分かるが、それでもその笑ったアスタロトさんの笑顔は、今まで見たどの女性のものよりも可憐で美しいと思ったアルスであった。