魔術組み立て
昼休みを終え、午後は魔術組み立ての授業である。
この授業が本日最後の授業になるので、皆食後の眠気を堪えつつ先生が来るのを待った。
魔術組み立ての授業は、クリストフ魔術研究所から研究員が来て授業してくれることとなっている。
クリストフ魔術研究所と言えば、世界でも屈指の魔術研究機関であり、そこに所属する魔術の専門家が直接授業をしてくれる事で、クリストフ魔法学校の卒業生は他所の魔術師よりもレベルが高い実力と知識を備えているとまで言われている。
正直、アルスにとってこの魔術組み立ての授業で知り得た知識が、1番自分にとっての財産になっていると思う。
この授業を通して、卒業してから村の薬剤師として活躍するための知識を数多く取り入れる事ができているという実感があるからだ。
そうしてしばらくすると、勢いよく扉を開けて先生が入ってきた。
この魔術組み立ての授業を教えてくれるルドルフ先生だ。
ルドルフ先生と言えば、先生であると同時にクリストフ魔術研究所の所長を務める程の凄い人だ。
魔法学校で学ぶ集大成として、僕達最高学年は特別に研究所の所長であるルドルフ先生が隔週で授業をしてくれる事となっている。
ただ、魔術の知識は国で1番とも言える人なのだけど、同時に性格に難がある人としてもこの国ではよく知られているのであった。
「ではさっそく授業を始めますよ。えーっと、前回は使い魔召喚の魔法陣の成り立ちについて説明しましたかね。魔法陣というのは、それそのものが既に完成されたものであり、知識により魔術を使いこなせる幅が広がるという基礎中の基礎は、これまでの授業で諸君も当然知っているな。」
挨拶も早々に、早速ルドルフ先生の授業は始まった。
先生の言うとおり、魔術というのはその1つ1つが完成形であるとこれまで学んできた。
従って、その組み合わせを少しでも間違えれば起動しなかったり暴発したりするリスクが高く、基本的に魔術は決まった組み立てを暗記し正確に展開する事で初めて扱うことができるものとされている。
魔術研究所とは、これら魔術に用いるパーツの持つ要素を研究し、それらの組み合わせによって新たな魔術の作成を試みるという、アルス達では想像する事すら出来ないような物凄い事を実践している機関なのである。
「既に君達が学んでいる通り、魔術の幅というのは己の知識と比例するものである。なので今日は、諸君の魔術知識の向上を試みようではないか。まだ学生の諸君らの知識量など正直知れているのだが、まぁ精々これから学んで極めて行くがよい。」
少し蔑んだ笑みを浮かべながらルドルフ先生はそう言うと、黒板に1つの魔法陣を書いた。
「じゃあまずはこの魔法陣が何か分かるかね。そこの君、答えたまえ。」
「えっと、その魔法陣は火の玉です。」
「この程度は流石に知っているか、正解だ。じゃあこれは分かるか?」
そう言うと、ルドルフ先生は似ているけど先程の物とは異なる魔法陣を黒板に書いた。
「……すみません、分かりません。」
「勉強不足だな、もっと勉学に励みなさい。正解は火の玉の上位魔術である炎柱の魔法陣だ。この魔法陣は上位魔術というだけあって、絶妙なバランスで組み立てられておる。つまり上位の魔術であればあるほど組み立ては複雑になり、暗記だけでの行使は難しくなるものとされている。」
確かに、ファイヤーボールとファイヤーインフェルノの魔法陣を見比べると、魔法陣に組み込まれる情報量はぱっと見でもファイヤーインフェルノの方が2倍以上はあるように見える。
「であるからして、これからより高度な魔術を使いたいのであれば、魔術のパーツを覚える事から始まる。例えば、この炎柱を解析すると、ここの火の要素の部分と、ここの風の要素の部分、2つの要素を魔法陣という形で連結させているわけだ。このように、複雑な魔法陣でも分割して成り立ちを覚えておけば良いという事だ。」
なるほど、これまではこれ程上位の魔術とは縁遠かったため考えもしなかったけど、確かに1つ1つに分割すると単純に暗記するよりも随分と簡単になるな。
……でも、それにしても複雑ではあるよなぁ。
正直このレベルがアルスの頭では分割しても暗記できる限界だと思う。
炎柱が第4位階魔術だから、それよりも上位の魔術っていうのは、本当に魔力と知識両方が成り立たっていないと行使は不可能なんだという事を再認識した。
……ちょっと待てよ、という事はそれよりもっと上位の魔術を平気な顔をして扱えるアスタロトさんって、どうやってあの複雑な魔術を扱っているんだろう?
あんな人知を越えた魔術を扱うには、相当な知識量が必要になるはずだ。
そう思ってちらっとアスタロトさんの様子を伺うと、なんだか腑に落ちないような顔をしていた。
なんだろう、先生の授業に納得がいっていないのかな?
「なぁ、アルスよ。ここでは魔術をこのように教わっているのか?」
「え、あ、はい。魔術の基礎知識は先程のお話の通り学んでいますけど。。」
「そうか、それではこの国の魔術レベルが低すぎるのも納得だな。」
アスタロトさんがそう呟くと、ルドルフ先生はその発言を聞き逃さなかった。
「ほう、君が噂のアスタロトくんかね。今、この国の魔術レベルが低いとかなんとか聞こえてきたようだが?」
「あぁ、そう言ったぞ。」
あ、ヤバい、ルドルフ先生の顔色が明らかに変わった。
アルス以外のクラス全員もルドルフ先生の変化に気が付き、顔を引きつらせている。
「面白い、実に面白いなそこの悪魔よ!我々魔術研究所の教える知識の何がどう低レベルなのか説明したまえ!!」
そう言うと、激怒したルドルフ先生は激しくアスタロトさんに問いかけた。
やっぱり……ルドルフ先生の怒りスイッチが完全にオンになってしまった。。
このルドルフ先生という人は、知識こそ人より群を抜いて優れているのだけど、アルブールの火薬庫とも呼ばれる程よく怒る人でも有名なのだ。
「そうか、なら遠慮なく言わせて貰おうか。まず、魔術の基礎を完全に履き違えておる。魔術は暗記するものなどではない。」
「ほう?ならば君は暗記もせずどう行使するものだと言うのだね?」
「簡単だ、イメージするだけでよい。お前らのやっているのは、誰かが作成した魔法陣をただ真似て展開しているだけという事だ。魔術というのは、本来己のイメージを魔力で具現化し発動するものだ。その結果としてのアウトプットは同じであっても、そこに至るプロセスがまるで異なる。」
「ふん、下らん。そのような議論は我々の中でも散々話され実験もされてきた事だ。だが、結論から言ってそんな事は不可能である!イメージという不確定な物で、魔法陣のような高度で繊細なアウトプットなど出せぬのだよ。そこの悪魔よ、お前がそう言って人間の魔術を否定するのならば、証拠を見せてみよ!!」
ルドルフ先生は、嘲り勝ち誇った表情を浮かべながらアスタロトさんを挑発した。
「よかろう、ならばそうだな、暗記では不可能なレベルの魔術でも使えば納得がいくか?」
「ほぅ、面白い。やってみたまえ。」
「ふむ、ではこれでよいかの。第17位階魔術 時間操作」
アスタロトさんは淡々とそう詠唱すると、これまで見た中でも1番多数の魔法陣を並行展開した。
数にして、魔法陣が8つも展開されている。
「な、なんだと!?同時に8つ魔法陣を展開するだと!?しかもそのどれもが非常に高度な構造をしている!?」
展開された多数の複雑な魔法陣を見て、ルドルフ先生は驚愕を隠せずそう叫んだ。
ルドルフ先生だけではなく、第10位階を遥かに越える魔術の展開に、クラスの全員が同じように驚愕の表情を浮かべていた。
「どうだ、これが暗記で出来ると思うか?」
次の瞬間、そう声がする方向を全員が振り向くと、アスタロトさんはアルスの隣から一瞬でルドルフ先生の目の前に立っていた。
「なっ!?」
ルドルフ先生も何が起きたのか全く理解できなかったようで、ただ口を大きく開けて驚愕する事しか出来ないでいた。
「あぁ、そうか。我は今、時間操作で時間を止めてお前の目の前に来ただけだ。」
「じ、時間を止めた……だと!?」
時間を止める魔術だって……?
そんな魔術が存在するなんて、当然ながら聞いたことない。
誰しもが1度は思い描いたであろう時間操作の魔術を、たった今目の前で見せられたのであった。
「お前達のやっている方法を続けていては、1000年経ってもこの領域にはたどり着けぬという事だ。」
物凄い魔術を使っておきながら、アスタロトさんはこれで満足か?と興味無さげにルドルフ先生へそう告げると、ゆっくりとアルスの隣の席へと戻ってきた。