魔術訓練
授業の延長ではあったが、まさかアスタロトさんがこの学校の名前の由来にもなった、あのクリス・クリストフと1000年前関係があったなんて思いもしなかった。
そして、クリスの最期とアスタロトさんの人と魔族の殲滅が関係していて、更にそれにはディザスター帝王や魔族が関係しているなんて、魔法学校のただの生徒には正直重すぎる規模の話だと思う……。
でも、そんな事をただの学生であるアルスが考えた所で何も変わらない事だけは確かなので、今は深く考えずにこれまで通り勉学に勤しむ事にした。
次の授業は魔術の実践授業なので、クラス全員で訓練場へ移動となった。
ここクリストフ魔法学校の魔術訓練には、現役の王国魔術師団員が担当をしてくれる事になっている。
しかも、未来の魔術師団員候補が学ぶ場でもあるため、高位の魔術師が交代で授業してくれるのだ。
「よーし、全員揃ったかー?」
そう呼び掛けたのは、サミュエル団長直属の精鋭部隊に属するレスター先生だ。
いつもめんどくさそうに教えてくれるのだが、その実力は本物で次期団長候補の1人とも言われている程凄い人だ。
「あー、そこの君がアスタロト君だね?」
「あぁ、そうだが。」
「なるほどねぇ……こんな小娘が信じられないねぇ、なんかの冗談だと思いたいなぁ。まぁいい、授業はじめるぞー。」
アスタロトさんを小バカにしたように観察していたレスター先生だったが、ふんと鼻で笑うとそのまま授業を開始した。
先生、アスタロトさん相手にその態度は少々不味いと思います……。
心配になってアスタロトさんの様子を伺うと……うん、うっすらと悪魔的笑みを浮かべてますね。
これは早速不味いことが起きる予感がする……。
「よーし、じゃあ今日はそうだな、氷魔術について教えてやろう。まずは百聞は一見にしかずだ、術を見て覚えろ。第4位階魔術 氷結波動。」
レスター先生は早速魔術を詠唱し、氷結波動を起動した。
すると、前方に並べられた藁の的の1つが一瞬にして氷付けになってしまったのである。
凄い……こんな魔法使われたら、アルスなんか一瞬にして氷付けにされてしまうだろう。
本当に上位の魔術っていうのは、簡単に人の命を刈り取れるような凄まじい力を有してるものばかりだ。
「いいかー、これが氷結波動だ。まだ学生のうちからこの魔術を扱うのは難しいと思うが、戦闘においては非常に有用な魔術となる。己の魔術力が高まれば、遠距離の敵相手に広範囲に起動する事も可能になる。」
そう言うと、レスター先生は表情1つ変えずに再び氷結波動を起動した。
すると今度は、訓練場の藁が同時に5つ氷付けになった。
なるほど、これが広範囲起動か……最早凄いとしか言い様がない。
「このようにな。いいかー、これから君達にはこの氷結波動の修得を目標にして、まずは下位魔術の氷球の錬度を上げていこうか。氷球の威力が充分であると判断した者から、氷結波動の詠唱を教えてやる。」
氷球か。
第3位階魔術で、氷の球を生み出し相手にぶつける魔術だ。
これならばアルスにも扱う事ができる。
……とは言っても、皆より小さい球しか生み出せないけど。。
こうしてレスター先生の一言で、クラスの皆が一斉に藁の的に向けて氷球の詠唱を開始した。
当然クリストフ魔法学校の最高学年にもなれば、全員難なく氷球の起動は可能であった。
そんな中でも、スヴェン王子やクレア、マーレー他数人については、氷球はすぐにクリアし早速氷結波動の詠唱にも成功していた。
流石にレスター先生ほどの威力はないが、それでも既に学生のうちから第4位階の魔術まで起動できるなんて凄い。
「ふむ、氷結波動か。確かに有用な魔術ではあるな。」
そう言うと、悪魔的笑みを浮かべたアスタロトさんもまた、氷結波動を起動して見せた。
アスタロトさんならば、第4位階の魔術ぐらい簡単にこなせる事は分かっていた。
けれど、今目の前に起きている現象は先程のスヴェン王子やレスター先生のそれとは大きく異なっていた。
藁が氷付く。
そこまでは同じであったが、氷付いたかと思ったらそのまま藁の的の周りに巨大な氷塊ができあがっていた。
幅にして10mはあると思う。
「な、なんだこれは……!?」
レスター先生も、見たことの無い魔術に驚愕していた。
「このぐらい氷付けにしなくては、相手に簡単に突破されてしまうぞ?」
そう言ってニヤリとレスター先生の方を向くアスタロトさん。
うん、この相手を嘲る感じ、まさに悪魔だ……。
「これは……今後は魔術師団共々アスタロトさんに魔術を教えて貰った方が良さそうだね。」
なんて、後ろではスヴェン王子が呆れたように呟いていた。
「物のついでだ、上位魔術を見せてやろう。第8位階魔術 氷結暴風。」
レスター先生に向かってそう告げたアスタロトさんは、氷結暴風を起動して見せた。
「ば、馬鹿な!氷結暴風だと!?それは人では扱う事などできない、一部の上位魔族にしか扱えぬとされる魔術だぞ!?」
普段気だるそうにしているレスター先生だが、アスタロトさんの魔術が信じられないといった具合に目を大きく見開き驚きの表情でそう叫んだ。
氷結暴風。
展開した魔法陣から、例えるなら激しい吹雪のような激流が勢いよく飛び出した。
すると、ただでさえ激しい激流なのだが、それだけではなく氷結暴風が触れた藁の的や壁一面全てが一瞬にして氷付けになってしまった。
「この程度扱えねば魔族となど到底戦えまい。そうだな、もしこれを修得出来たならば、記念にもう1つ上位の魔術を教えてやろう。」
あまりにも圧倒的な魔術を目の当たりにして、訓練場にいた教師も生徒もこの場にいる全員、驚愕の表情を浮かべたまましばらく固まる事しかできなかった。
これより更に上位の魔術って、それはもう人の領域を越えてるんじゃ……。
こうして、アスタロトさんの出鱈目に規格外な魔術を目の当たりにする形で、魔術の実践授業は終了したのだった。
アスタロトさん最強!