アルブール王国の歴史
マリア先生の授業は続く。
「そんな世の中のために貢献をしたクリス・クリストフですが、最後は悲劇の死を迎えました。」
そして、マリア先生からクリスの最後が語られる。
当時、まだアルブール王国は存在しておらず、この地域は2つの国に治められてた。
1つは、今もアルブール王国と双璧を為す大国ディザスター帝国。
ここアルブール王国は元々、国ではなくディザスター帝国の公爵家の1つ、アルブール公爵家の領地であった。
そしてもう1つは、自由の国グルノーブル共和国。
この2国は共に協力し合い、攻め入る魔族との戦いを日々繰り広げていた。
しかし、魔族との戦いが激化していく中で、魔術師としても相当な実力を有していたクリスにも、魔族との戦いへ参加するよう帝国から命じられた。
だがしかし、クリスが戦いに参加した所で魔族との争いは収束などせず、徐々に魔族に対して人間側が劣勢となっていったのであった。
そしてその時、この世界でも大きな別れ目となる大事件が起きる。
それは、人間側の敗北を悟ったディザスター帝国が、あろうことかグルノーブル共和国を見捨てて魔族側と秘密裏に手を組んでいたのである。
それを知った当時のアルブール公爵家当主のダレク・アルブールは、何故グルノーブル共和国を見捨てるのだとディザスター帝国と衝突し、結果、帝国の指示には従わずグルノーブル共和国と共に魔族と戦う道を選んだのであった。
それを知ったクリスもまた、人々を守るためディザスター帝国の元を離れアルブール公爵と共に魔族との戦いを選んだ。
しかし、アルブール公爵の裏切りを知り激怒した当時のディザスター帝国の帝王アレク・ディザスターは、裏切り者としてクリスとダレクに対して暗殺を命令したのであった。
その結果、ダレクとクリスは魔族ではなく人の手によって殺されてしまった。
それを期に、グルノーブル共和国は瞬く間に魔族によって滅ぼされてしまい、その後魔族とディザスター帝国軍は瀕死状態のアルブール領地へも侵略を開始し、まさにアルブールは絶体絶命の危機に晒されていた。
だが、その時だった。
突如として大地が割れ、暴風が吹き乱れ、落雷が荒れ狂い、各地で未曾有の天変地異が連発したのである。
この天変地異により、一夜にしてディザスター帝国は半壊、魔族達も大半が滅んだとされている。
その結果、アルブールへ侵略していたディザスター帝国軍と魔族軍は壊滅し、アルブール領地は奇跡的に侵略の危機から免れたのであった。
アルブールの人々は、この天変地異の事を「神の裁き」と呼んでいる。
―――その神の裁きは、全て平等に終焉をもたらせた。
―――ただ神の気まぐれにより、一晩にして人だろうと魔族だろうと、それがどれほどの強者だろうと等しく滅ぼされたのである。
その後、アルブール領地はディザスター帝国から独立し、正式にアルブール王国として建国する事となった。
こうして建国したアルブール王国は、後に国のため人々のため戦い抜いたクリスを称え、そしてクリスの意思を次ぐためにも、ここクリストフ魔法学校を建設したというのがこの国で起きた歴史である。
「以上が、この国の成り立ちです。このお話は、皆さんは勿論アルブール王国民ならば誰しもが知っている歴史です。では何故今さらそんな事を授業で扱うのか。それは、、」
マリア先生はそう言うと、アスタロトさんの方を向きこう続けた。
「神の裁き、この国の人々はそう呼んでいますが、ディザスター帝国の一部の人々にはこうも伝わっているのです。あれは大悪魔による災いだと。……大悪魔アスタロトにだけは逆らうなと。」
神の裁きの話は、アルスもこの国で起きた歴史として当然知っている。
でも、それをやったのが神々ではなく、今アルスの隣にいるアスタロトさんだというのか。
マリア先生は続ける。
「大悪魔アスタロトは、人も魔族も等しく滅ぼす大悪魔。。その逸話は、この時の出来事が神の裁きとは別の形でディザスター帝国側から広まった伝承だと我々は推測しています。アスタロトさん、当時この国を救って下さったのは貴女なのでしょうか?」
マリア先生の言葉に、クラスの皆もアスタロトさんの方を向き、返事を静かに待つ事しかできなかった。
「……クリスは、我を変えてくれた恩人であり、たった1人の友人であった。ただこの世の災いとして存在する我に、様々な感情を教えてくれた本当に変わった奴であった。」
そう言葉を噛み締めるように、アスタロトさんはゆっくりと語りだした。
「我の生涯において、あの時クリスを死なせてしまった事が唯一の失敗であり、そして後悔だ。だから我は、その贖罪として仇為す者全てを滅ぼした。人が人を滅ぼしたいと言うのなら、望み通り我が全て滅ぼしてやろうとな。」
アスタロトさんは、いつもの余裕ある表情ではなく、どこか思い詰めたような表情をしながらそう語った。
「そして、我は今もクリスとの最後の約束を実行中なのだ。……もし今後、我の元にたどり着く者が現れた時、それはきっとこの世界に再び災いが起きる時だと。だから、その時は我がそいつを助けてやってくれとな。この大悪魔アスタロト相手にそんな事を頼むふざけた人間など、クリス以外にはあり得ぬだろう。」
そう言うと、アスタロトさんは思い出すようにふっと笑った。
……それはつまり、アスタロトさんは約束のためアルスの使い魔をやっているという事になる。
そんな深い理由があったなんて、思いもしなかった。
正直、さっきの話は本当に色々ありすぎて、アルスはこれからどうしたら良いのか全然分からなくなってしまった。
「まぁどれも遠い昔の話だ。我は今、ここにいるアルスのただの使い魔だ。クリスとの約束があるというのは本当だが、1000年ぶりに我の元にたどり着いたこのアルスの事を我自身が気に入っておる。」
衝撃的な話が続きグルグルになっていたアルスの頭を、アスタロトさんはそっと優しく撫でながらそう言ってくれた。
約束のためではなく、アスタロトさん自身の意思で今アルスの隣にいるのだと、そう伝えてくれているのだろう。
アルスは、なんだかそれだけで安心する事が出来た。
「だからアルスよ、改めてこれからも宜しく頼むぞ。」
「は、はい!こちらこそ宜しくお願いします!」
「……うん、素晴らしい主従愛も見れた事です。マリア先生、この話はこの辺で宜しいですかね?」
「えぇ、突然踏み込んだ質問をしてすみませんでした。アスタロトさん自身の言葉で当時の真実を聞けた事、本当に感謝致します。貴重なお話ありがとうございました。」
一通り話を聞いていたスヴェン王子が、重い空気が漂っていた場を和ませるように話を終わらせてくれた。
それを受けて、マリア先生はアスタロトさんに感謝を述べ一礼をした。
―――普通の授業のはずが色々あったけれど、こうして一時間目の授業が終了したのであった。
ちょっと重たいお話になりました。
1000年前の話は、後程出てくる予定です。
次からはまた日常へ。
次回、魔術のお勉強。