来客②
「魔術師団から連絡が入りました。今日、サミュエル団長とアスタロトさんが決闘し、結果はサミュエル団長の惨敗であったと。」
「え!?あのサミュエル団長が!?嘘!?」
スヴェン王子の言葉にクレアが驚く。
そりゃそうだ、王国最強であるサミュエル団長でも敵わない存在がいるなんて、正直誰も考えもしない事だから。
それだけ、アルブール王国のサミュエル団長というのは、圧倒的存在として広く知られているのだ。
それがまさかものの5分足らずで、しかも放った魔術の全てをはね除けられて負けたなんて、それこそ誰も想像しないだろう。
「我々も、アスタロトさんの実力は実際に見ているからね、結果については驚かない。だけどね、この情報が国民や他国へ漏れると少し不味いんだ。ここアルブール王国の守護者であるサミュエル団長が負けたとあっては、国民は不安がるだろうし、他国から狙われるかもしれない。」
「狙われるって、サミュエル団長の強さは他国でも充分知れ渡ってるはずよ?」
「そうなのだが、サミュエル団長も歳を重ねているだろう?アスタロトさんのような圧倒的な存在を知らない他国はどう解釈する?」
「……そうか、サミュエル団長も歳を取り実力が落ちているんじゃないか。だからこそ、今ならアルブール王国を落とせるんじゃないかと思うかもしれない。」
「そういう事だよ。」
あの戦いの結果は、それほど大きい意味を持っていたんだなと再認識すると共に、やっぱり不味かったかな……と急な不安に襲われた。
「まぁでも、実際にはサミュエル団長は衰えるどころか日々技を磨いているわけだし、それが伝わればどうという事もないのだけどね。不安を煽るような言い方をして悪かったねアルスくん。」
「い、いえ。」
「……だがサミュエル団長が敗れたのも事実。アスタロトさん、我が王国魔術師団に魔術をお教え頂けるとのお話は本当でしょうか?」
「ん?あぁ、そう約束したな。」
「では、そこに私も混ぜては頂けないでしょうか?私はこの国の王族として、国民を守る義務がございます。ですが、今のままでは国民を守るなど遠く力が及びません。ですので、今よりもっと力をつけれる環境があるならば、私はどんな訓練でも受け入れるつもりです。」
「ふむ、それは構わんが、サミュエルとやらにも言ったが我の最優先はアルスだ。その前提での話だがよいか?」
「勿論です。」
こうして、なんとスヴェン王子もアスタロトさんに魔術を教わる事となった。
「だったら私も参加するわ。」
「いや、お前はダメだ。」
「ちょ!なんでよ!!」
「キィキィ煩い小娘が近くにおっては疲れるではないか。」
「なによぉ!」
ニヤニヤ笑うアスタロトさんに、だったら意地でも参加してやるとやっぱりキィキィ喚くクレアであった。
なんだか、一周回ってこの二人の相性は物凄く良いのかもしれないと思うアルスであった。
「……それにしても、アスタロトさんと出会って悪魔への印象は変わりましたよ。正直悪魔というのは、言い方が悪いのですがもっと狡猾で人間に仇なす存在だと思ってました。」
喚くクレアを無視し、スヴェン王子はアスタロトさんに話しかけた。
確かに、アルスにとってもこれまでの悪魔の印象とアスタロトさんとでは、あまりにも違いすぎるのは事実だ。
悪魔というのは、もっと理不尽で恐ろしい存在だと思っていた。
「お前の悪魔に対する認識は間違ってはおらぬ。我も1000年前までは似たようなものであった。」
「な、なるほど、ではどうして今のように?」
「1人の人間と出会い、我は変わったのだ……。ふぅ、今はこの話はあまりしたくはない。まぁ我とて色々あって今に至るという訳だ。」
「人間……ですか。分かりました、色々と踏み込んだ質問をして申し訳ありませんでした。」
「気にするでない。また時が来たら語るとしよう。」
こうして会話は終了し、そろそろ失礼しようとスヴェン王子はクレアを連れて帰って行った。
クレアは最後までアルスとアスタロトさんが一緒に住むのを反対していたが、スヴェン王子に引っ張られる形で今日の所は帰って行った。
1000年前にアスタロトさんを変えた1人の人間……か。
どんな人なのか気になるが、この話はこれ以上したくないようなので今は聞くのは止めておこう。
それに、そんな事よりアスタロトさんに伝えたい事がある。
「アスタロトさん。僕は最初こそ戸惑いましたが、今は使い魔がアスタロトさんで本当に良かったなと思っています。今日1日で、僕自身色々と変わることができたと思います。」
「ふむ、迷惑ではなかったか?」
「そんな事ありませんよ、こんなまだまだ未熟な僕ですけど、僕の使い魔になってくれてありがとうございます!」
アルスは両手でアスタロトさんの手を取り、そして感謝を伝えた。
アスタロトさんがその人のおかげで変わったと言うなら、アルスだってアスタロトさんのおかげで変わっているんだという事を伝えたかった。
たった1日でも、そう思える程に。
「そ、そうか?ならよいのだ。……もう夜も遅い、風呂でも頂こくとしよう。」
そう言うと、少し照れた様子のアスタロトさんはそのままお風呂場へと向かった。
あ、そう言えばお風呂がまだだったな。
この寮には各部屋にお風呂が1つずつ付いており、魔術装置を起動するだけで簡単にお湯を浴槽に溜める事ができる。
この辺の説明は、スヴェン王子がくる前に一通り済ませている。
おっと、じゃあお湯の出し方の説明とアスタロトさん用のバスタオルを用意しないといけないな。
お風呂場の戸棚に新品のタオルがいくつかあるからそれを出してっと、、
ってお風呂ォ!?!?
そこでようやく、こんな濃い1日の中でも一番の事態に陥っている事に気が付いたアルスであった。
次回、アスタロトさんお風呂へ。