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03. Troubles(不穏)



 ◆ 4 ◆


 裏通りよりも更に治安の悪い貧民窟。


 ここでは、エレーヌに絡んだチンピラたちが今日の収穫について話し合っていた。


「へへへ、あのヘナチョコ野郎、思ったよりも持ってやがったな」

「せっかくだ。綺麗どころんとこに繰り出してパーと騒ごうぜ」

「でもよぅ、兄ぃ。大丈夫なのかい」


 弟分の発言に興を削がれ、機嫌の良かった兄貴分たちは顔をしかめる。その様子に怯えながらも弟分は不安そうに口を開く。


「あの気味の悪い男から前金貰ってるんだろう。さっさと探さなくていいのかよ」

「いいんだよ。あんな面倒な話、早々叶うかよ。どうせ分かりっこねぇんだ。せっつかれたら探してるけど簡単には見つからねぇんだ、とでも言っときゃいい」

「だな。今日のあのネエちゃん、さらっときゃ済んだんだがよぅ。逃げられちまったんだからしょうがねぇ」


 行こうぜ、と声を掛け合うチンピラたちの耳に、ここには居ない筈の人物の声が届く。


「いけませんねぇ。私をたばかるご相談ですか」


 いつの間に現れたのか、チンピラたちのすぐ後ろに痩せ細った幽鬼のような男が立っていた。


 男の身形みなりは整っている。かつらに、クラヴァット、タイツにキュロット。明らかに高価な生地を使った飾りの多い衣装。と、こんな場所には不釣り合いな貴族の格好だ。

 だが、熱を帯びた焦点の合わない目つきに、荒れた肌。その顔に高貴さなどは欠片もない。口調は丁寧だが、話し方に抑揚がなく、感情を感じさせない平板な声。顔を見る限りおそらく四十位の筈だが、その声はまるで人生を終える老人のように生気がない。


 男は貴族たちが国外逃亡する中、何故か平然とパリに居座り続けている。そしてこの数年、時折貧民窟に現れては奇妙な依頼を行っていた。


 その依頼とは人攫い。確かに昔は人攫いを依頼してくる腐った貴族は他にもいた。だが、その者たちは攫う相手の容姿などの条件は決まっている。

 しかし、この男は毎回、性別や年齢、容姿など条件を変えている。一体何故なのか。誰もその理由を知らない。


 謎だらけの気味の悪い男だが、ただ金払いだけは良かったため、今回チンピラたちは依頼を受けた。


とうの立った見目麗みめうるわしい生娘を連れてくる。その約束で十分な額をお支払いした筈なんですがねぇ」


 震えの止まらないチンピラたちは、何とか男を押し止めようと両手を突き出し言い訳をする。


「待ってくれ、旦那。俺たちは欺す気なんてこれっぽちもねぇんだ。ただ。ただ、旦那の言う条件の女はそう簡単に見つからねぇんだ」

「おや。先ほどそちらの方が逃げられたとおっしゃっておりましたが」


 ヒィ。短い悲鳴を上げ、弟分はへたり込んだ。他の二人も真っ青になり、祈るような仕草で許しを請う。

 この男の依頼は報酬がよい。だが、もし万が一しくじった時には。


 男はまったく表情を動かさず、冷たく言い放つ。


「残念です。今回はあなた方で我慢いたしましょう」


 近くの腐りかかった小屋が弾け飛び、巨大な人影が現れた。修羅場に慣れたチンピラたちも恐怖に竦み歯を鳴らす。


 男が無造作に手首を振る。その動作にあわせ、巨大な人影から長い管が飛び出し、チンピラのうち二人に突き刺さる。

 人影は不気味な音を立てながら二人の体液を吸い上げる。一人残されたチンピラは逃げることも忘れ、二人の体が干涸らびる様を悲鳴を上げながらただ見ていた。


 巨大な人影は全てを吸い上げた後、残された二人の体を踏み潰す。

 ここに至って、初めて残されたチンピラは逃げ出そうとした。が、全ては手遅れだった。巨大な人影は一瞬でチンピラの肩を掴み、動けなくした。


「あなたは材料に使いましょう」


 真っ暗な路地に絶叫が響き渡る。

 そう、男の依頼をしくじった者は一人残らず行方知れずとなっている。

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