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01. Prologue(序章)



 ◇ 1 ◇


 一八三〇年、仲秋の昼下がり。

 フランス、アルザスの葡萄農家では今日も元気な声が響いている。


「こら、マルセル。遊んでばかりでいないで家の仕事を手伝いなさい」

「べぇー、トマと川に遊びに行くんだい」


 庭先から走って飛び出そうとする少年の襟首を、日に焼けた母親が引っつかんでいる。遊びに行こうとする子供と、お手伝いをしなさいと叱る母親。いつの時代、どこの場所でも見られるよくある光景。


 当然、次にやってくるのは、


「マルセル。お、ま、え、と、いうやつは、いつもいつも遊んでばかり。お母さんのいうことを聞け」


 父親からの拳骨。



 さっきまで楽しそうだった少年の表情はあっという間に崩れ、堰を切ったように大泣きし始める。子供の泣き声は実によく響く。両親はついまたか、とうんざりしたような表情を浮かべてしまう。



 その時、騒ぎを聞きつけ軒先から穏やかな声がかけられた。


「まあまあガブリエルさん、ったりしちゃいけませんよ。子供が遊びたがるのは当たり前じゃありませんか。アンナ、お前も大きな声を上げてみっともない。見てみんさい、ご近所さんがみんな笑ってるじゃないか。

 マルセルちゃん、さあさお婆ちゃんの所においで。あらあら、こんな大きなたんこぶをこさえてまあ、痛かったろう。よしよし、ほうら甘い甘い干し葡萄だよ。どうだい甘いだろう、おいしいねえ。さあもう、泣き止みんさい」


 ゆったりとした椅子に腰掛けた老女が少年に話しかける。老女は話し方そのままの穏やかな表情を浮かべ、少年の頭をゆっくりと撫でる。たんこぶに触れないように気をつけながら、少年が泣き止むまで何度も何度も声をかけながら撫で続ける。


 少年は次第に落ち着いてきた。落ち着き、泣き止んだ途端元気になった。元気いっぱいに祖母へ父親に対する文句を伝える。


「エレーヌばあちゃん、お父さんすぐに僕のことをぶつんだ。ひどいよ」

「そうだねぇ、つのは駄目だよねぇ。痛いもんねぇ」


と、祖母は一通り少年の言うことを肯定してみせる。だが、人生経験豊富な老人が甘いことだけを言う筈もなく、


「でもね、マルセルちゃんもいけないよ。今は取り入れの時期だからね。お父さんも、お母さんもみーんな忙しい。手伝って欲しいことはいくらでもあるんだ。マルセルちゃんが手伝ってくれるとみんな嬉しいんだよ」


と、さとしはじめる。


「でも、毎日毎日もうあきたんだもん」

「おやおや困ったねぇ。マルセルちゃんが手伝ってくれないと取り入れが間に合わないし、甘い干し葡萄も作れなくなっちゃうよ。おいしいおいしい干し葡萄が食べられなくなっちゃったら、お婆ちゃんは悲しいねぇ。

 それにねえ家のお手伝いをしない悪い子はこわーいおばけが連れ去っちゃうんだからね」


「なにいってんだい、おばけなんていないもん。僕もう子供じゃないんだ、知ってるよ」

「おや、マルセルちゃんはおばけがいないと思ってるのかい。それは違うよ。おばあちゃんは若い頃に怖い怖いおばけに会ったことがあるんだからね。どれ、ひとつ昔話をしてあげようじゃないか」


 ここまで見守っていた両親は、あとは祖母に任せたとばかりにそれぞれの仕事に戻っていく。

 そして祖母はゆっくりと昔を思い出しながら少年に語り始める。


「そう、あれは今から四十年ほど前。儂がパリの食堂で働いていた頃じゃった」



 一七九三年。エレーヌは彼と出会ったあの夏を思い出す。

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