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《夏のホラー特集》

猫又旅館の噂

作者: 賀茂川家鴨

《修正履歴》

2018/07/25 本文微修正+あとがきにQ&A追加。

----------------------------------------

「おいしいXXXXが食べたい!」

 わたしは山河さんが鈴音すずね、小学6年生の黒髪女子です。いまは外出用の浴衣姿です。自宅は和風旅館で、お客さんはそれなりにやってきますが、連休前だと案外暇です。

 愛称は「すずねん」です。とりあえず「ん」を付けておけばいいみたいです。カステラが好きです。カスドースも好きです。卵かけご飯もおいしいです。

 自宅用の別館からとびだして、厨房で簡単な朝食をつくります。鮭のおにぎりです。力を入れずにふわっと握ります。ひとつはいま食べて、いくつかはお弁当箱につめたり、おじいちゃんの朝食にします。祖父は書斎にこもり、生きている間に世界中の本を読めるだけ読もうと頑張っています。あまり夜更かしをしないように言っても、なかなか聴き入れてくれません。酷いときは、全部読み終えるまで書斎を出ないというのです。でも、そのうちお腹をすかせて出てくると思います。入り口近くにラップをしたおにぎりを置いておきます。

 この市は、娯楽が少ないです。ですが、緑が豊かです。山、畑、自然がいっぱいです。外灯やコンビニ、スーパー、ファミレス、ガソリンスタンドなどがあります。道路も整備されています。駅前には大型ビルが建設中ですし、わずか一週間で閉園した遊園地もありました。以前は、遊園地の夢で怖い目に遭いましたが、最近は変な夢を見ることがなくなりました。

 今日と明日は土日で休日です。夏休みまでもう少しですが、夏休みのほうが宿題とお手伝いで忙しくなるのが現実です。いつもなら夜中までオンラインのPC用FPSゲームで陣取りして遊びますが、今日は遠足にいこうと思います。

 なんでも、友達が、人の姿をした猫さんと出会ったらしいです。

 近所の小高い山道の途中、茂みの中で、ぐうすかと寝ていたところを見たそうです。ちょっと気になりますよね。


   *


 小高い山道を木の下駄で踏みしめていくと、目当ての花畑に着きました。

 シートを引いて、小川のせせらぎを眺めながら鮭おにぎりを頬張ります。

「ねえキミ、それ、ボクにもちょうだい!」

「ふぁ」

 鮭おにぎりを頬張ろうとする手が止まりました。

 猫耳、猫尻尾を生やしたお姉さんがわたしの鮭おにぎりを狙っています。

 ……どうしましょう。適当にはぐらかしましょうか。

「すみません。知らない人に話しかけてはいけないと教わっていますので」

「みゃ? ボクは猫又だよ!」

「ふぁ」

 猫又さんは右手で招き猫のポーズをとりました。

 金色の髪の毛と猫耳の毛が風に揺られています。

「ちょっと確認のために猫耳を引っ張ってもいいですか?」

「えっ? 耳がさわりたいの? いいよ! あ、でも、それ、食べたいな!」

「じゃあ、半分どうぞ」

 鮭おにぎりを半分に割って、見た目から大きなほうを譲ります。

 猫又のお姉さんは、鮭おにぎりを手にすると、すぐにかぶりつきました。

「わーい、ありがとう。ねえ、これ、おいしそうな香りがするよ。なんて食べ物?」

「はい。おにぎりですけれど……。ちょっと失礼します」

 わたしは鮭おにぎりを三口で食べ終えて、猫またお姉さんの猫耳を引っ張ります。

 左右に強く引っ張ってみますが、しっかりとくっついています。離れません。

「むむむ……取れませんね」

「いたた……。あんまり強く引っ張ったらもげちゃうよ」

「あ、すみません」

 さわり心地がいいので、耳家を指先でさわさわします。

「えへへー、くすぐったい」

 しばらく猫耳を堪能して、持ってきた出納でお茶を飲みます。

 猫又さんはわたしの様子を見ると、小川に走っていきます。水を手で救って飲んでから、こちらに戻ってきました。

 ……あの水、飲めるんでしょうか?


   *


「お姉さんは、猫又さんですか?」

「そうだよ?」

「お名前は?」

「ええっ、猫又って名前じゃないの?」

「えっと……。猫又さんは、猫又さんなんですね。もうそれでいいです」

「わかった!」

 わかってないです。

「でも、お姉さん、尻尾は1本ですよね。猫又は、尻尾が分かれているはずですから」

 まあ、小学生並の知識ですから、どこまで正しいかわかりませんが。

「じゃあ、ボクは、ただの猫だね!」

「わたしは人の姿をしてことばを喋るただの猫を見たことがありません」

「みゃ?」

「ですから、お姉さんは、ただの猫ではないです。たぶん」

 猫のお姉さんは、うつむき加減で、猫耳を左右にきょろきょろと動かしています。

 白い蝶々がひらひらとやってきて、左の猫耳にとまりました。

「えっと、じゃあ、ボクは誰?」

「えっ。じゃあもう適当に……ミャーコさんでいいんじゃないですか」

「みゃ?」

 だんだん面倒になってきて、脊髄反射で答えてしまいました。

 みゃーみゃーいうからミャーコさん。われながら安直だと思います。

 ……ライトノベルに出てきた猫耳ヒロインの名前のほうがよかったでしょうか。

「わかった。ボクは、ミャーコって名前なんだね! ところで、キミは誰? ヒト?」

「それは言えません」

「みゃ? どうして?」

「知らない人に個人情報を教えてはいけないと教わっていますので」

 猫耳がぴくぴくと動き、蝶々が草花へとうつります。

「でも、ボクはヒトじゃなくて、猫又だよ? それに、もうお友達でしょ!」

 それもそうですね。先生は知らない猫又さんに個人情報を教えてはいけないとは言っていませんから。

「わたしは、山河さんが鈴音すずねです」

「すずねちゃんだね!」

「すずねんでいいです」

「すずねんだね!」

「はい」

「ボクはミャーコっていうんだ、よろしくね」

「知ってます」


   *


 わたしと一匹は、ビニールシートで仲良く寝転がっていました。

「あ、あの、すすねん」

「どうしました?」

「最近、ここに怖いヒトがやってきて、ボク達を襲ってくるんだ」

「怖いヒト、ですか。どんな感じでした?」

「うんとね、細長い棒を持っていて、ぱーん、って、音を鳴らすの。耳がもげちゃうかと思ったよ」

 ミャーコさんはひょいと立ち上がり、「ぱーん」と言いながら手を大きく広げました。

 話し終えると、また寝転がります。

 話を聞く限り、猟師とか保健所の方とかでしょうか。でも、猫又さんの見た目は人間そっくりですから、間違えて撃ったとしたら大騒ぎになっているはずです。とすると、何でしょう。ちょっと危ない人……密猟者でしょうか?

「ほかの仲間達は、みんな、そのお化けに食べられちゃったんだ。このあたりでは、最近めっきり仲間を見かけなくなっちゃった。あーあ、みんなと遊びたいなー。すずねんは、面白い遊び、知らない?」

 最近、学校で流行っているもの……うーん。鬼ごっこ? 体育の通知表が毎年「もうすこしがんばりましょう」のわたしには勝てる気がしません。かくれんぼ? きっと、ぐだります。スマホゲームは……ミャーコさんがスマホを持っていません。あとはなんでしょう。……あっ、そうだ。

「その怪物とFPSゲームをやりましょう」

「みゃ?」

「FPSゲームです。目には目を、銃には銃を、です」

「えっと……わかんないや」

「FPSゲームといっても、単なる実力行使です。悪いやつらをぼこぼこにやっつけてやりましょう」

「えー、やっつけちゃうの? ちょっと可愛そうだよ」

「わたしたちでミャーコさんの仲間の仇をとりましょう」

 もちろん無策ではありません。まずは偵察して、危ない人なら罠にはめます。

 保健所の人だったときは、驚かすだけにしましょう。


   *


「……名付けて肝試し作戦です」

「すごいや、こんなこと、ボク、思いつかなかったよ!」

「えっへん。軍師すずねんですから」

 わたしの作戦を聴いた猫耳さんは、ちょっぴりやる気になりました。

「ところで、怪物はいつごろ、どこにやってくるか分かりますか?」

「えっとね。夜になると、この辺りをうろうろしているのを、何度か見かけたことがあるよ!」

「わかりました。では、夜に待ち合わせの場所で会いましょう」


   *


 日が暮れ、夜の帳が下りたころ。

 みし、みし、と、木のきしむ音がします。わたしです。

 祖父は相変わらず読書に夢中です。お客さんも来ないので、堂々と自宅を抜け出します。

 寝巻きを脱いで、下に着ていた外出着姿になります……まあ、浴衣なんですが。

「ミッション、ステルスモードです」

 あらかじめ用意しておいた靴を履いて外に出ます。

 いつもの木の下駄ではなく、マジックテープ式の運動靴でいきます。このほうが歩きやすいからです。

 わたしは周囲に人がいないかどうか警戒しながら、待ち合わせの場所に向かいました。

 小高い山道をこそこそと駆けていき、茂みからとび出している猫耳にあいさつします。

「ミャーコさん、お待たせしました」

「みゃ、すずねん、こんばんは」

 茂みの中で、声を潜め、わたしと猫又さんは辺りを伺います。

「そろそろ来るころかな……?」

 わたしは理科の実験で覚えて作ったスライム手榴弾と、サプレッサーのついたおもちゃのライフルを構えます。

 おもちゃですので、BB弾しかとばせないエアガンです。

 猫又さんの獣耳が、ぴん、と立ちました。

「足音がするよ!」

 ミャーコさんの指差すほうに、暗い夜道を歩く人影がぼんやりと見えてきます。

「いた、あれが怪物だよ!」

「ふぁ」

 顔見知りの農家のおっちゃん2人組が猟銃を携えてきょろきょろと視線をさまよわせています。

 おっちゃん達は狩猟仲間です。市内会では、おっちゃん達を通じて、わたしははじめて実銃を直に見ることができました。

 それにしても……うーん、どういうことでしょう。農家のおっちゃんが猫耳をした人を襲っているのでしょうか。

 おっちゃん達は、何やらひそひそと囁いています。

「このあたりにいるはずなんだが、ちっとも見つからからねえなあ」

 背が高くほっそりしたおっちゃんがぼやきました。

 隣でうちわを仰いでいる丸顔のおっちゃんは、とても暑そうです。

「はあ、ここのところ暑いなあ。そっちは、今月、どんだけ喰われた?」

「未熟なやつも含めて全滅しちまった」

「そうか……。前回のやつは果物ばかり狙っていたが、今回はどんなやつだろう」

 細身のおっちゃんは肩をすくめます。

「さあなあ。そういや、うちの子どもが猫人間を見たっていうんだ。本当にいるんだろうか」

「やめてくれよ。こっちは食欲旺盛な猫に頭を悩ませているってのに」

「俺達が仕留めたやつがその猫人間かもしれないな」

「ばかいえ、そんな奇妙な話があってたまるか」

 なるほど。おっちゃん達には、猫又さんがただの猫に見えているわけですか。

 ミャーコさんは、耳と尻尾を折りたたんで屈みこみ、ぷるぷると震えています。

「あの、ミャーコさん」

「みゃ?」

 ミャーコさんは不安そうに顔を上げました。

「ミャーコさんは、人里で農作物を食べていませんか?」

「えー、そんなことしないよ」

「そうでした、猫は肉食ですもんね。でも、鮭おにぎり、食べましたよね」

「あ、うん。猫は肉食だけど、ボクらはヒトと同じ雑食だよ。でも、ボクじゃないよ?」

「ミャーコさんのお仲間で、農作物を食べている方はいましたか」

「いつもヒトのところに出かけていって、お腹いっぱいになっている子がいたよ。もう見かけないけれど」

「……そうですか」

 おっちゃん達が密かに談笑しながら、こちらに近づいてきます。

「なあ……市長が化け猫に遭ったて聞いたか。まあ、それは流石に冗談なんだろうけれど、なんでも子どもを狙う猫がいるから気をつけるように、だってさ」

 細身のおっちゃんがぼそぼそと呟きました。

「子どもに恨みでもあるんだろうか」

「あるとしたら俺達のせいだろう。最近は、猫に噛み付かれたやつもいたなあ」

「そりゃ、おっかねえ。でも、普通の猫は大人しいだろう?」

「なあに、普通じゃない猫がいるってことさ」

「違いねえ。家の猫は娘とごろごろしてばかりだ。……あんなにめんこい生き物が、噛み付くなんて考えられねえ」

 おっちゃん達がこちらにまっすぐ向かってきました。

 ミッション開始です。

 BB弾を遠くの木に数発撃ち込みます。

「何だ?」

 おっちゃん達が後ろを向いたところで、内心誤りながら、丸顔のおっちゃんの背中にスライムボールを投げつけました。

「ひええっ、何だってんだ!」

「おい、どうしたんだ」

 続けて、細身のおっちゃんの丸まった背中にもスライムボールを喰らわせます。

「ぎえっ」

 素っ頓狂な声を上げて、おっちゃん達は走り去っていきました。

 ふう、とため息をつくと、首筋に生暖かい感触が伝わりました。

「ミャーコさん。友達を食べないでください」

「ちょっと吸うのもだめ?」

「だめです」

「うぅ……。でも、お腹空いちゃって……。すずねん、ごはんちょうだい」

「じゃあ、わたしの家で一緒にご飯を食べましょう」

「やったー!」

 ミャーコさんはわたしから離れると、尻尾をぴーんと立てました。

「それから、今後、ヒトを襲わないと約束して下さい。そしたら、わたしがおっちゃん達に話をつけてきます。おっちゃんが言うことを聞かなかったら、わたしがまた2人を脅かします。でも、ミャーコさんが約束を破ったら、そのときは保健所に引き渡します。友達との約束です。いいですか?」

 わたしのいつもより低い声を聞いて、ミャーコさんは小さくなりました。

「うん、わかった」

「ちなみに何を吸おうとしたんですか」

「えっとね、タマシイってやつ」

「やめてくださいしんでしまいます」

「あのね。市長さんっていうヒトが、こころがこもっているものには、タマシイが宿るんだっていってたよ。それでね、ボクたちは、タマシイが宿ったものを食べて生きているんだって。そういう言い伝えっていうのがあるみたい」

 市長さんにはミャーコさんがヒトの姿に見えたということは、市長さんは、こころが子どものまま大人になったのでしょう。


 ちなみにミャーコさんの夜食は卵かけご飯になりました。

 わたしはカスドースをつまみ食いしながら、明け方までFPSゲームをミャーコさんに教えていました。


 よい子は真似しないほうが健康のためになります。


   *


 今日、FPS仲間が増えました。

 新しい友達は、猫耳をした生き物です。

 もっとも、ミャーコさんはコントローラーを握るのが苦手で、FPSがあまり上手とはいえませんけれど。

 あと、パソコンにかじりつくのはやめてほしいです。


 それから、旅館に来るお客さんの間で、奇妙な噂が囁かれているのを耳にするようになりました。

 なんでも、猫耳を生やしたおかみさんがいるのだそうです。

 ご飯代くらいはちゃんと稼いでください。

「おいしいタマシイが食べたい!」

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《Q&A》

Q.猫又が人前で接客したら、猫又が猫に見える人がパニックを起こすのでは?

A.旅館の中では、彼らの常識の範疇において、その猫又は社会的な意味で人として認識されています。そのため、彼らの目には、せいぜい猫耳のある人程度にしか映りません。

Q.おっちゃんに仕留められた猫又はどうなりましたか。

A.保健所に連れていかれました。

Q.ホラーの割にはあまり怖くありません。

A.実は、根本的な問題は何も解決していません。これからも新種の猫又は増え続けるでしょう。小学生6年生である鈴音の頭脳は、自分の周辺以外の社会にまで、なかなか頭が回らないようです。直接的で消費しやすいThanatosやグロテスクな恐怖性は、饒舌体に慣れた方々がたくさん書いていると見受けられますので、ホラー要素に関しては婉曲的に、かつ、小学生でも読めるような内容にしようと心がけております。

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