7.思ったより苦戦した
ひな祭りですねー。お雛様出さなかったな……。
結果的に、講演中は何事もなかった。ややぞわりとするような感覚はあったが、ヴァルプルギスが襲ってくるようなことはなかった。講演が終わり、藤野社長が大学の職員と話しているときに、それは起きた。
まず、慧の携帯端末の着信音が鳴った。表示を見ると、由梨江だ。関が「出ろ」とささやく。
「……俺だ」
『あ、慧? 今、あんたたちがいる講堂の近くにいるんだけど』
「何してんだお前」
思わず突っ込んでしまう慧である。確実に由梨江の声だった。
『いや。ちょっと妙な感じがしたから、見回ってるんだよね。とりあえず、上には注意しなよ』
「上?」
『そ。上』
由梨江のこういった助言は結構参考になる。予言が当たるとも言われる。通話を切った慧は何気なく天井を見上げた。そして目を見開く。
「宮森!」
慧の声に、宮森がはっと反応した。宮森が藤野社長をかばうようにその場から突き飛ばした。そのまま覆いかぶさる。
「なんだ!」
藤野社長が怒鳴る。慧はその場で身構えた。
天井が崩落してきたのである。由梨江が『上に注意』と言っていたのはおそらくこのことだ。彼女の予言はよく当たるが、何が起こるかわからないのが玉にきずである。まあ、彼女の助言がなければ間違いなく護衛対象の藤野社長は天井の下敷きだったわけだが。
直感であるが、ヴァルプルギスがいる。慧は関を呼ぶ。
「関さん! います!」
「了解!」
ヴァルプルギスが出た場合、慧と宮森はその討伐が最優先となる。藤野社長の護衛は関がするしかないのだ。
慧と宮森は持ち込んだ機材の中からそれぞれ剣と刀を取り出す。しかし、肝心のヴァルプルギスが視認できない。
と、サイレンサーで音が消された銃弾が講堂を突き抜けた。慧から見て右手に着弾する。
「あそこだ!」
由梨江の援護射撃である。こちらに、ヴァルプルギスの位置を教えてくれたのだろう。まったくもってどこから撃ったかわからなかったが……。
狙撃地点がわからないのが狙撃の利点である。一発撃った彼女は今頃移動中か。慧は由梨江が示した地点に剣を突き立てる。手ごたえがあった。
「出てこいよ!」
慧は無理やりヴァルプルギスを引っ張り出す。その姿は人型であって人間的ではなかったが、他のヴァルプルギスよりも軟弱な姿をしているような気がした。
「……なんか、思ったより弱そうだな」
宮森が慧の隣に並んで言った。同じことを思ったので、慧も反論しなかった。
と、再び狙撃があった。まっすぐにヴァルプルギスを狙っていたが……。
「なっ」
声をあげたのは宮森だ。ヴァルプルギスを、周囲のがれきが浮き上がってかばったのだ。念動力を持つヴァルプルギスである。厄介だ。場合によっては飛べる奴かもしれない。
「これ、近づけない感じじゃないか……」
「さっきとどめを刺せればよかったんだが……」
慧が先ほど近づいた時にとどめを刺せればよかったのが、さすがにそこまでうまくは行かなかった。仕方がないので、宮森と協力して倒すしかないだろう。
「一応聞いておく。ヴァルプルギスとの交戦経験は?」
「……一度だけ」
「ないよりましだ。俺も、数えるほどだからな」
仕事を請け負った結果、ヴァルプルギスと遭遇するならともかく、ZSCの仕事はヴァルプルギスの討伐ではなく、あくまでも警護だ。一応。討伐師として国から討伐も行うように言われているので戦うが、本来なら、護衛対象を守れればそれでよい話なのである。
一応、関が藤野社長を連れて避難していることを確認する。あの二人は一般人のくくりだ。なので、巻き込まれたらひとたまりもない。
慧は床を蹴る。宮森も一瞬遅れて続いた。すぐに目の前にがれきが飛んでくる。それを剣でさばきながらヴァルプルギスに近づこうとするが。
「……駄目だな」
「あの瓦礫、すっげぇ邪魔」
慧も宮森もげんなりして言った。数多くの浮遊するがれきが防壁となってヴァルプルギスに近づけない。片手で数えるほどしかヴァルプルギスとの交戦経験がない慧だか、その中でも屈指の厄介さだ。
「ゆりならつっこんでいくんだけどな……」
由梨江は頭がいいくせに、戦い方は脳筋くさい。見ている方がはらはらする戦い方をする。それで、きっちり勝ってくるから、やはり腕はよいのだろう。
と、その由梨江からの援護射撃だ。瓦礫が銃弾を防ぐために移動する。慧がその瓦礫の隙間から剣を突き立てる。宮森は横に移動し、さらに刀でたたき切る。由梨江の射撃と慧の剣戟で意識がそちらに向いたらしく、がら空きの部分ができたのだ。
「宮森、そのままたたっ切れ!」
せっかく間近に行けたのだ。仕留めたい、と慧は思ったが、さすがに難しかった。瓦礫が宮森を襲う。慧もいくつか排除したが、結局無理で宮森は大きく飛びのいた。
「さすがに一発は無理だな」
「攻撃くらうの覚悟で、飛び込むか?」
「……香林、一流大学院に入学できるくらいなのに、考え方が脳筋」
余計なお世話である。とはいえ、慧も先ほど由梨江を脳筋扱いしていたので同じである。
そう言えば、由梨江の援護射撃が止んでしまった。彼女のみになにかあったのだろうか……と思ったが、心配するだけ無駄なので、忘れることにした。
由梨江の援護を期待できないとなると、これは慧たちが何とかするしかないのだ。
「一つ、気づいたことがある」
慧がそう言うと、宮森が「なんだ?」と尋ねてくる。
「あの瓦礫、ヴァルプルギスを中心に球状に動いてるんだよな」
基本的な動きはすべて丸い線の上。慧たちが飛び込んでいくと多少乱れ、たまに瓦礫がこっちに飛んでくるが、だが、基本的な動きは同じ。
「それがわかれば、ある程度攻撃が予想できるな」
宮森に「そう言うことだ」とうなずき、慧は剣を構え直す。宮森も低く刀を構えた。できれば、二人が同時攻撃するのが望ましい。
感覚で、動きを合わせる。同時に床を蹴り、飛んでくる瓦礫をよけ、ヴァルプルギスの間合いに入ることができれば、もう瓦礫の攻撃はない。代わりに、ヴァルプルギスが直接攻撃してくるけど。
宮森がヴァルプルギスの腕をたたき切る。さすがは日本刀。そちらに気をとられているヴァルプルギスに、慧は剣を突き立てた。ちょうど、鳩尾のあたり。さらに、宮森も袈裟切りに刀を振り下ろす。慧は力ずくで剣を横に動かす。上半身と下半身が切り裂かれ、ヴァルプルギスはその機能を停止した。
攻撃中にいくらか瓦礫攻撃を食らったので二人とも無傷とはいなかったが、重症はない。とりあえず赤点は回避だろう。
「……とりあえず、高坂さんに連絡入れよう」
「ああ……そうだな」
おそらく、ZSC社長の吉野から連絡がいっているだろうが、最新情報を伝えたほうがいいだろう。特殊能力対策課は対ヴァルプルギスを想定しているので、ヴァルプルギスがいるとなれば大軍を率いてやってくる可能性もなくはない。
吉野の方には関が連絡しただろうし、目下気になるところは由梨江だが、彼女はどうせ、しれっと現れるに決まっている。
「香林。今すぐ高坂さんが来るって」
「そうか。じゃあ、三十分くらいかかるな」
どうやってくるかにもよるが、車で来れば交通状況でそれくらいはかかるだろう。
「そう言えば、羽崎さんの様子を見に行かなくて大丈夫か?」
「あいつは心配するだけ無駄だからな」
それっきり会話が途切れる。何となく、二人で散乱した瓦礫を片づけていると、高坂が到着した。
「いや、お待たせしました」
「結構派手にやったねー」
高坂と一緒に現れたのは由梨江である。そこかしこに擦り傷切り傷がある慧、宮森に比べ、由梨江は怪我がない。もしかしたら打ち身くらいはあるのかもしれないが、見た目は服が汚れているくらいである。
「ゆり、ヴァルプルギスは?」
「倒したに決まってんだろ」
「彼女がヴァルプルギスの遺体を回収しているところに遭遇したので、一緒に来ました」
と、高坂。そちらのヴァルプルギスは先に回収してしまったらしい。
「宮森君。そのヴァルプルギスを運んできてください」
「わかりました」
宮森がヴァルプルギスの遺体を担ぎ上げる。そのまま、外に運び出した。
「さて。香林君と宮森君は、まだ藤野社長の護衛中ですね。では、由梨江さん。送って行きましょう」
「わーい。高坂さんありがとう。慧、私が社長に報告しとくから心配しないで」
にっこり笑った由梨江に、慧は「ああ」とうなずいたが、自分も非常に帰りたかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次は由梨江の視点ですね。
どうでもいいけど、スマホで由梨江が一発変換できなくて地味に面倒。