6.ゆりちゃん
「初めまして。宮森透と申します。よろしくお願いします」
「……ZSC所属、香林慧です。どうぞよろしく」
慧は、ZSC本社ビルで今回の相棒となる特殊能力対策課の新人・宮森と初顔合わせをしていた。
長身の慧と比べると背が低いが、だいたい昌人と同じくらいの身長だろうか。大卒の新人だと言う話なので、おそらく慧と同学年だろう。
スカンジナビアの血が入っている慧はややはっきりした顔立ちをしているが、宮森は日本人らしい顔立ちをしていた。だが、美男子に入るだろう。討伐師は美形が多かった。
「さて。いいこと。二人とも、仲良くやるのよ?」
と言う吉野は絶対に面白がっている。慧は宮森の方を見た。彼もこちらを見ていた。何となくにらみ合うような姿勢になる。
ここに関が加わり、三人で社長の護衛だ。とりあえず、慧と宮森は関について行くことになる。
「初めまして。今回、藤野社長の護衛を務める関と申します。こちらは香林と宮森。どうぞよろしくお願いいたします」
「社長の藤野だ。しっかり護衛してくれ」
藤野は彼らを一瞥すると、興味なさそうにすぐに視線を逸らした。そっちが依頼してきたのに、と慧も宮森も少しいらっとした。慧は顔に出なかったが、宮森は顔に出ていた。
「宮森君。護衛中は感情はあまり表に出すなよ」
「……わかりました」
年長者である関の言うことはすんなり聞くと言うあたり、訓練されていると感じる。
護衛、と言っても、慧は講義もあるので一日中張り付いているわけにはいかなかった。その間、宮森と関が護衛についていることになる。不在の間のことは、二人から聞くことになっていた。
「ヴァルプルギスがいる感じはしますか」
慧が二人に尋ねるが、関はそもそも、エクエスの力とも言われる浄化能力を持っていないから感じようがない。宮森も経験が浅く、わからないようだ。
といっても、慧もはっきりと認識できるわけではない。こういうことは、由梨江の方が得意だ。一応、吉野の許可はもらって由梨江にもある程度のことは話しているのだが、話を聞くだけではさしもの由梨江もわからないとのこと。
「だが、違和感はあるな。ヴァルプルギスかどうかはわからないが」
「……そうですか?」
関の言葉に、宮森がいぶかしげにする。慧は関に同意だ。
「ええ。それは俺も感じます。まるで、あの会社だけ隔絶されているような、そんな感じですよね」
「まさしく」
関がうなずいた。二人の意見は一致したが、宮森だけは感じ取れないらしく、怒ったように言った。
「そんな不確かなことでは動けないじゃないですか!」
まあ、それはその通りだ。確証がいる。だが、ヴァルプルギスがいる、と確定できるのは非常にまれだ。たいてい、先に被害が出る。
「っていうわけで、社長に言われてオール・システムズの被害状況を調べてみました」
と笑ったのは、最近梢にいろいろ教わっている昌人だ。すっかり情報部になじんでいるらしい。そう言えば、ここはZSC本社である。
「オール・システムズでは過去に一人の行方不明者が出てる。三年前だね。いまだに足取りはつかめていない。それから、明らかに不自然な状態でやめている社員も三人」
昌人が調べたことを報告した。他にもその時の状況など、こまごましたことを聞かされる。言われても覚えられないが、とりあえず限りなくクロに近いグレーであることはわかった。
「誰がヴァルプルギスかもわかっていないんですよね」
宮森が昌人に尋ねる。彼はホワンとした感じで「そうですねぇ」と言った。慧は少し考えてからつっこむ。
「いや。少なくとも三年以上前からいる社員だろう。……といっても、膨大な人数だが」
失踪事件が起きたのが三年前だからだ。昌人が言う不自然なやめ方、の社員もヴァルプルギスにくわれたのだとしたら、多少は年数が前後するだろう。
「おとり作戦でもできればいいんですけどね」
「ヴァルプルギスは突然姿を現すからな……」
基本的におとり作戦ができず、相手の出方を見てからの活動になってしまう。どうしても後手に回ってしまうのだ。人間側が不利なのはそのためである。
「……もう少し条件を絞り込めればな」
同じ部署だとか、同じ地域に住んでいるとか、と関が意見を出す。昌人がさらに検索をかけるが、ヒットしなかった。
「今のところ、共通点はないですねぇ」
相変わらずホワンとしていた。
「いっそ、社長がヴァルプルギスと言うことは?」
宮森がぶっ飛んだ意見を出す。それは考えたことがないわけではないが。
「おそらくないな。ヴァルプルギスなら、何となく『わかる』。まあ、俺の感覚はゆりほど正確ではないが」
「前から思っていたんですが、その『ゆりさん』って誰なんですか?」
そう言えば、宮森は由梨江の姿を見たことがないのか。慧が説明しようと口を開く前に、昌人がにっこり笑って、「慧の恋人だよ」と答えた。
「違う」
即座に否定する慧だ。考えるより先に口が出た。昌人が「冗談だよ」と笑う。誰に感化されたのかわからないが、出会ったころより確実に図太くなっている。
「討伐師の一人だ。力が強いのか、かなり直感に優れている」
関が簡潔に答えた。まあその通りだ。データよりも彼女の直感の方が信じられるかもしれない。まあ、対象にもよるが。
「……わからないなら仕方がないな。ただの護衛ですむかもしれないし。昌人。解析は続けてくれ」
「了解です」
関に指示され、昌人はうなずいた。確かに、関の言うとおりただの護衛で終わる可能性もある。しかし、もし本当にヴァルプルギスがいるのなら、慧たちがいる間に出てきてほしいものだった。
藤野社長が講義を行うと言うことで、慧たちはその護衛で大学に来ていた。まさかの慧が通う江州大学だ。
ここで、宮森はついに「ゆり」と対面を果たした。
「よう。みんな、ちゃんと護衛してんだね」
さらっと失礼な由梨江である。慧は真顔で「あほか」と突っ込む。由梨江は苦笑して「ごめんて」と言った。
「彼が特殊能力対策課の新人さん?」
「宮森透です。そう言うあなたは……」
「噂のゆりだよ。羽崎由梨江」
「羽崎……」
宮森はとっくりと由梨江を眺めた。
「日本人ですか?」
たいていの人はそう思う。由梨江は日本的な名前に疑問を覚えるほど、日本人離れした顔立ちなのだ。
「四分の一はね。残り四分の三はブルターニュ人」
「それ、ほぼブルターニュ人では?」
「よく言われるけど、日本で暮らした期間の方が長いんだけどねぇ」
由梨江はそう言って腕を組んだ。彼女は八歳ごろまではブルターニュにいて、それから日本に来ている。現在十八歳の彼女は、確かに日本で暮らした期間の方が長い。
「こいつは自称日本人だから気にするな」
「あ、慧ひどい。今日の晩御飯いくら丼にするぞコラ」
「それは勘弁してくれ」
ほかの魚卵なら大丈夫なのだが、どうしてもいくらのプチプチした触感が苦手な慧だった。
「夫婦漫才してないで、慧。行くぞ」
「ああ……ゆりはどうする?」
関にせかされて歩き出そうとした慧は由梨江に尋ねた。彼女はひらひらと手を振る。
「私はまだ講義があるんだよ~」
「暢気だな」
だが、彼女のことだ。何かあれば飛び出してくるだろう。じゃあねー、と手を振る彼女に見送られ、男三人は護衛に向かう。
「香林と羽崎さんは付き合ってるのか?」
「違うと前にも言った」
宮森の問いに慧はすげなく答える。関がため息をついた。
「悪いな。無自覚バカップルだから」
「ああ~……」
「……何故それで納得する」
関の言い方もひどいが、それに納得する宮森も解せない。
「まだ仕事だ。気を抜くなよ」
「はい」
関の言葉にうなずく宮森。宮森がだんだん関に飼いならされていっているような気がするのは慧だけだろうか。
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