4.思ったより強い
その日は進展なしで終わった。翌日からは全員大学やら高校やらなので、呼び出されたら急行することになる。院生である慧は、昼間多少時間があるので待機していたが、一人だとやや不安である。
そして、そんなときに限ってことは起こる。
「というわけで、事務所に物が投げ込まれたので少し調べてみた」
「なるほど。投げ込んだと思った場所に行ったら、誰もいなかったというパターンだね」
「……」
慧が自分の足で調べたことをさくっと答えられ、思わず沈黙した。自分の労力は何だったのだろうと思う。まあ、相手は由梨江だし、仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「すでに逃亡してたってこと?」
昌人が身を乗り出して尋ねる。今日の会議場は、江州大学の理学部キャンパスのカフェテリアだった。由梨江が勉強しているのは今は文系キャンパスであるが、来てもらったのだ。昌人に至っては高校生であるが、こちらも来てもらった。
「いや。初めから誰もいなくて、物だけそこから飛ぶようにセットしてあったんだ」
「それか、テレポート能力者だね」
と由梨江が別の可能性を示唆する。彼女は様々な可能性を導き出すが、そのすべてが当たるわけではない。
「まあ、遠隔念動力の可能性が高いけどね」
「テレポート能力者はめったにいないからな」
空間そのものを越えるテレポート能力者は、本当にほとんどいない。
しかし、慧たちはこの裏でこそこそしている族を捕まえるのが仕事だ。待ち伏せできればよいのだが、念動力であらゆる方向に動く物体を捕らえるのは至難の業である。やはり、見張りの方が効果が高い気がした。
「……念のためにゆり。お前、遠隔念動力で動いているものを狙撃できるか?」
「物と条件にもよるけど、普通に考えたら無理だね」
悪びれなく彼女はそう言った。まあ、確かに普通に考えれば無理なことだ。
「まあ、やっぱり待ち伏せるのがよさそうだね。慧が気づいたなら、あちらも慧に気付いた可能性が高い。早めにと考えて近いうちに再び行動を起こすだろう」
由梨江の読みがたまに怖い。そして、その読みはたいていあっているのである。ぽかんとしている昌人も連れて行くことにする。一応、何ごとも経験と言うことで。
夜、授業が終わった後慧は先に張り込みをしていた由梨江と昌人に合流した。と言っても、基本的に慧と由梨江が一緒にいると戦力過剰となるので、待ち伏せをするとき、二人は別れていることが多い。
慧は一人、由梨江は昌人と二人だ。由梨江は狙撃手であるので、彼女とともにいる方が後ろに下がっていられるのである。一方の慧は白兵戦要員だ。
「そちらはどうだ?」
『異常なし』
耳に付けた通信機から由梨江の声が聞こえた。昌人もつけているが、慣れないのだろう。反応はなかった。
「本当に来ると思うか?」
『ああ。少なくとも、明日までにね』
由梨江が確信ありげに言った。何故かと聞くと。
『私だったらそうするから』
基本的に由梨江はこんな感じである。たまにその演算能力に周囲がついて行けない。
「ん?」
慧は何かを感じ取って身を潜めている場所から外をうかがった。事務所の裏からNAOKIが姿を現したのだ。護衛の関たちも一緒である。マネージャーも含め、計五名。
慧としては、もう少し少ない方がいいのではないかと思うが、先方の要望なので仕方がないのだそうだ。
と、慧は何かがNAOKIに向かって飛んでいくのを感じ取った。視覚では認識できなかった。ただ感覚で感じ取り、慧は物陰から飛び出した。同時に剣を引き抜き、『何か』を切り裂く。
「……煉瓦?」
思ったより質量のあるものだった。真っ二つになったそれを慧は驚いて見つめた。
「な、何だお前!」
NAOKIらしき帽子を目深にかぶった人物が叫んだ。巧が「黙って!」とNAOKIを叱りつけた。
慧は関に向かって手を上げる。関は心得た、とばかりにうなずき、車に乗りこもうとした。しかし、その前に闇を切り裂く悲鳴のような甲高い音が聞こえた。
「うわああああぁぁああっ」
悲鳴をあげたのはNAOKIだ。しかし、その空気を切り裂いて迫ってきたブーメランのようなものは途中で叩き落された。由梨江が狙撃したのである。相変わらず、よい腕だ。
『慧さん! 後ろ!』
もう一度狙撃音が聞こえた。サイレンサーをつけていても、隠しきれない着弾音がある。そして、今の声は昌人の声だった。
慧はとっさに振り返り、剣を振り上げた。刃同士がぶつかり合う。黒いコートの男が慧に向かって剣を振り下ろしていた。慧はその剣を無理やり押し返すように弾き返す。
そのまま剣戟の応酬に入る。その間に、関たちがNAOKIを車に乗せて出発した。何かあれば、由梨江が彼らを援護してくれるだろう。そう思い、慧は目の前の敵に集中することにした。
白兵戦を主とする慧であるが、相手の動きがおかしくてついて行けない。
唐突に慧は身を沈めた。彼の頭上を弾丸が通り抜ける。銃弾は慧が打ちあっている相手に命中した。
「さすがだ!」
援護射撃を放った由梨江に感心しつつ慧は留めとばかりに剣を振り下ろした。袈裟切りにされた相手はその場に頽れる。
倒れて動かなくなった相手を、慧は剣先でつつく。
「人間……じゃないのか?」
「人間ですよ。『力』を植え付けられているんです」
暗闇から声が聞こえ、慧は振り返った。
「どうも。お久しぶりです、香林さん」
「見ていたなら助けてくれればよかったのに」
思わず恨みがましく慧は行ってしまった。疲れたような顔をしているその男性は、三十代半ばほど。慧も面識がある政府の役人だ。
内閣府特殊能力対策課所属の高坂。今回のような能力者の犯罪の場合、出張ってくるのは警察ではなく彼らになる。ZSCはその性質上、特殊能力対策課とかかわりがあるのである。
「すみませんね。しかし、手を出すと巻き込まれそうだったので……」
と、高坂は肩をすくめた。彼は特殊能力対策課の役人であり、彼自身も能力者であるが、戦闘能力はほぼ皆無なのである。仕方がない。
「この男、ひと月ほど前からマークしていたのですが、なかなか捕らえられなかったんです。助かりました」
しれっとそんなことを言う高坂である。慧も慣れているので「そうですか」と適当に返事をする。後始末をしてくれるのなら、頼まない手はない。
「やはり、戦闘面ではZSCの方が優秀ですね。我々も戦力強化したいのですが、どこから集めてくるのですか?」
「さあな」
慧がこの会社でバイトを始めた理由はかなり特殊なので参考にならない。思えば、由梨江たちはどうやってこの会社に属することになったのだろう。
「さて、それでは私はこれで。ちなみに、由梨江さんの方にも人をやっていますから」
「そうか」
由梨江がどのような態度をとるかはわかる気がするが、そんなことは慧の知ったことではない。
高坂は「失礼しますね」と微笑み、慧が倒した男を担ぎ上げて回収して言った。見ようによっては手柄を横取りされたようにも見えるが、慧たちには処理が難しい問題なので、特殊能力対策課がやってくれるのならその方が良い。それに、協力したと言うことでそれなりの報酬も出るとのことなので、吉野たちも文句は言うまい。
慧は由梨江たちと合流するために、あらかじめ決めておいた合流ポイントに向かう。ちょうど由梨江たちもそちらに向かっているところだったらしく、合流ポイントに到着する前に合流した。
「慧」
「ゆり、昌人。無事か」
「もちろんだよ」
由梨江が自信満々に答えた。慧は「ナイスアシストだった」と彼女の援護射撃をほめた。
「だが、俺にあたるかと思ったぞ」
「当てるわけないだろ」
すごい自信である。
「高坂さんに会ったが、そっちも対策課の人間にあったのか?」
「まあねぇ」
由梨江がうなずくと、昌人が「特殊能力対策課の人に初めて会ったよ」と言った。心なしか嬉しそうだ。ふと気になって、慧は尋ねた。
「そういえば、そもそも昌人はなんでZSCのスパコンにハッキングしてみようなんて思ったんだ?」
「あー、それ?」
昌人は人のよさそうな顔にのほほんとした笑みを浮かべ、恐ろしいことを言った。
「人食い鬼について知りたかったんだよね」
「……」
剣を装備する慧も、狙撃銃をかつぐ由梨江もその胆力に沈黙した。
△
後日、慧たちはNAOKIの周囲で起こっていた現象の結果について聞いた。やはり、実行犯は慧が倒したあの能力者だったが、それを頼んだ人物は別にいたらしい。かつて同じ業界でライバルだった男がNAOKIの人気を落としたいと仕組んだことだったらしい。
『かつて』と言っているだけあり、その男はすでに芸能界を引退している。NAOKIが、彼に関するあることないこと、誹謗中傷を広めたからだ。その男地震にも後ろ暗いことはあったのだが、NAOKIが広めた中傷もひどかったと言うことだ。
「結局、逆恨みだったと言うことね。まあ、その復讐のために雇った人間がシャレにならなかったのだけど」
と、吉野が報告書をぽいっと投げ捨てた。それを西條が拾い上げる。
「慧様に感謝状が来ておりましたよ。今回の犯人を捕まえた礼金も入りました」
「今月のお給料、ちょっと奮発するわよ」
と、吉野が満面の笑み。給料が上がるのはうれしいが、吉野の笑顔に嫌な予感を覚える慧であった。
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