31.最後に
最後に「最後に」、というタイトルをつける神経。
アランはベアトリス王女の護衛であるので、急きょ帰国することになったベアトリス王女について彼も帰国することになった。しかし、ランドールは残っている。
「父さんいつまでいるの」
「佐竹とWワクチンをヘルウェティアに移送するまでだ」
ZSC本社でのランドールと由梨江親子の会話である。ここは社長室だ。
結局、あのあと、佐竹が日本に持ち込んだWワクチンは組織が壊れた不活性ということで、ランドールがヘルウェティアに移送することになった。単純に、アランには護衛任務があって運べなかっただけであるが、どちらかと言うとこの指示はアランの上司であるブルターニュの危機対策監室主席調整官から出されたものらしい。
吉野は、ベアトリスが……というか、アランが入国したときからこの三つ巴になるかもしれない状況がわかっていたのだろう。彼女は最初から自分が出ていく気だったのだ。
夏生の能力は探査能力に優れている。吉野は、ランドールやアランより先にWワクチンを見つけたかったはずだ。由梨江を動員したのは、探しに来るのがアランとランドールだとわかっていたからだろう。同じ国から、違う命令系統で同じ命令を受けてきた親子に、その家族をぶつける。吉野が腹黒すぎる。
さて、佐竹であるが、彼は両親を亡くし、孤児院で育った慧を引き取った人物である。佐竹が慧を引き取ったのはもちろん、彼に吉野を暗殺させるためだ。
三年間一緒に暮らしていて知らなかったのだが、佐竹はブルターニュで生態学の学位を取得した人物であるらしい。基本的な拠点はブルターニュなのだそうだ。国籍がどうなっているかは知らないけど。
だが、もともと日本人だ。日本での活動を行う時、一番目立たない。だって日本人だし。自称日本人の由梨江よりなじんでいるだろう。
佐竹はとある国のとある組織に所属しており、そこがWワクチンの『兵器』としての可能性に目を付けた。その実験の舞台に日本を選んだ、と言うことらしい。
しかし、日本で活動を行うにあたって障害となったのが吉野だ。彼女はヴァルプルギスを倒す浄化能力は強くないが、それに付随する能力である冷却能力が強い。それは本気を出せば一つの地域を絶対零度の世界に出来るほどの力であるらしい。
その干渉能力は繊細なWワクチンにとって脅威だ。佐竹の立場で考えた場合、実験の障害となりうる吉野を排除しようとしても不思議ではない。
だが、自分では勝てないために『討伐師』の力を持つ慧を孤児院から引き取り、教育した。その三年間は慧としても思い出したくないほどであるが、その教育があったから慧は今討伐師として活動できている。
それでもまあ、知ってのとおり慧は吉野に届くどころか、四歳年下の少女、つまり由梨江に敗北した。そのまま吉野が慧を引き取ってくれたから、慧はある意味幸せだったのかもしれない。
その後、佐竹は高飛び。しかし、最近になってまた入国したらしい。欧州の方に飛んだらしいが、何でもそこで国際討伐師連盟に目を付けられたらしい。以前由梨江も言っていたが、何故ヘルウェティアに逃げ込まなかっただろう。あそこは国際討伐師連盟の本部があるとはいえ、国際法的には中立国であるのに。
一方のブルターニュ側も日本でいろいろやらかしているブルターニュの学者佐竹の存在を放っておけなかった。Wワクチンあるところにやつの陰あり。と言うことで、国王直轄のランドール、それに危機対策監室のアランを派遣した。アランについては、ベアトリス王女が日本に行きたがっていたので、隠れ蓑にちょうど良いと同行することになったらしい。
そこから先は知っての通りだ。ちなみに、ランドールは五年前に姿をくらました際に一度ブルターニュに戻って以降、ずっと日本に在住していたらしい。
まあ、あまり深く知らない方がいいこともあるので、慧が聞いた今回の件の顛末はだいたいこんな感じだ。こちらがある程度解決すれば、気になってくるのは。
「父さんと社長ってどんな関係なわけ?」
恐れを知らない由梨江が慧の聞きたかったことをあっさりと尋ねた。彼女の辞書には恐れや遠慮と言う言葉が欠如しているらしい。
「特殊能力対策課時代のバディなのよ。ね」
吉野がランドールに笑いかけたが、ランドールは表情を変えなかった。こっちもどうなってるんだ。
「……父さんが日本の特殊能力対策課にいたのって、二十年近く前だよね。高坂さんと所属時期かぶってないもんね」
ランドールは三十代半ばほどに見えるが、実年齢は五十歳手前くらいだろう。慧と同い年ほどの息子がいるのだ。
そのランドールと吉野が特殊能力対策課時代にバディだったと。二人が戦闘員、つまり討伐師として登録されていたと考えても、吉野は少なくとも三十代半ばは越えていることになる。見た目、三十歳を超えているように見えないのに。
「……まあ、強すぎる力は外見に影響を与えるっていう学術的根拠もあるらしいしね……私はよくわかんないけど」
と、由梨江、やはり恐れを知らない。吉野はおおらかに笑った。
「佐竹とはその当時からの因縁なのよねぇ。対策課時代に取り逃がして、そのままずっとこの調子」
と吉野は肩をすくめる。由梨江が「ふーん」とうなずく。ランドールも何か喋ればいいのに。いや、慧もか。というか、何故慧がここにいるのか、彼自身にもよくわからない。
だが、さすがに疑問を覚えたので慧は尋ねた。
「ランドールさんって、ブルターニュ王のナイツ・オブ・ラウンドなんですよね。でも、二十年前は日本で対策課の討伐師をしていたと言うことですか?」
そのあたりの流れがわからない。二十年前までは日本にいたと言うことか? だが、現在十八歳の由梨江はブルターニュで生まれている。彼女は日本とブルターニュの二重国籍者だ。
「そう言えば、私もそのあたりの流れわかんないわ。でも、父さんと母さんって日本で出会ったって言ってなかった?」
「もともと私は日本生まれの日本育ちだ」
「いや、それ、どや顔で言うことじゃねーわ」
いつも慧が由梨江に対していしているようなツッコミを、由梨江は父にいれた。
「私と組んでいたのっていつだったかしら。四半世紀くらい前?」
と、吉野。本当にこの人、何歳なんだ……。
「そのころに危機対策監室のエージェントだったイザベラと出会ったのよね。確か、アランが生まれたのは日本でじゃなかった?」
「……そうだが」
付き合いが長いためか、吉野がどんどん暴露していく。慧は隣の由梨江に尋ねた。
「アランって日本名はなんていうんだ?」
「昌弥」
「めっちゃ日本人だな……」
由梨江は割と外国的な名前でもあるが、昌弥はがっつり日本的な名前な気がする。というか、そうか。ランドールが『克弥』だからその息子は『昌弥』なのか……。
「でも私、ブルターニュ生まれだよね。何で父さん、ブルターニュに行ったの? その時、特殊能力対策課やめたの?」
「ああ。イザベラに帰国命令が出たからな……」
一緒に行ったのか。この時は仲が良かったんだな……。
「もう、あれだよね。父さんふわっとしてるよね。結局、ブルターニュで国籍とって、そのまま居ついちゃったってこと?」
「うむ」
うむ、じゃねぇ。全然わからなかったが、とりあえず由梨江が生まれるころにはランドールはナイツ・オブ・ラウンドだったらしい。ナイツ・オブ・ラウンドと言っても、昔とは意味合いが違うらしいけど。
「まあとりあえず、私たちの因縁も解決したってことで。ゆりちゃんも慧君も、ありがとね」
吉野がさすがにこれ以上引っ張れないか、と締めにかかる。由梨江が出ていた(自分で淹れた)ココアを飲みきった。
「じゃあ父さん。きっちり佐竹を連れて行ってよね。それと、母さんによろしく」
「お前も帰ってこい」
「帰ってないのは父さんだっつーの!」
もっともな指摘である。五年間音信不通だったのだ。会っていなかったのはランドールの方だった。吉野が腹を抱えて笑い転げた。
△
「お前の家族、濃いな」
「母さんはもっと濃いよ」
「だからお前もキャラ濃いのか」
「うっさい!」
キレられた。キャラと言うか、設定も濃い。
「……まあ、それはそれで楽しいからいいんだが」
由梨江の性格は楽しい。一緒にいると飽きないし。慧のテンションが低めなので、ちょうど良いのかもしれない。
「楽しいんなら、もっと笑えばいいのに」
「つつくな」
由梨江に頬をつつかれ、慧はその手を払い落した。だが、由梨江は楽しそうに笑った。
「でも、それが慧なんだよね。まあ、私らが殺し合った原因も捕まったし、よかったねってことでいいよね?」
「……いいんじゃないか?」
えへへ、と由梨江は笑った。彼女も結構怪しい行動をしているが、いつものことなので会社のみんなはスルーしている。
「ねー、ご飯食べて帰ろう」
「俺はお前が作ったオムライスが食べたい……」
「えー、そんなこと言ったら作っちゃうけど」
なんというか、がっつり胃袋をつかまれている自覚がある。
「なら、スーパー寄って帰ろう。卵ないし」
などと言う由梨江の横顔を見て、慧は思った。そう言えば、ランドールに由梨江と同棲していることを言わなかった。
……まあいいか。
とりあえずそれはばれた時に考えることにして、慧は由梨江と手をつないで夕食の買い出しに向かった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本当にありがとうございました!
とりあえずこれにて『ZSCへようこそ』は完結です。
ゆりちゃんと慧はまだ友達以上恋人未満ですが、お手て繋いで帰っていきました(笑)




