30.娘は父似
5月ですね!
何とかヴァルプルギス二体を片づけたが、結構本気で死ぬかと思った。特に四足歩行の方は、戦いづらかった。やはり、慧がいつも人間を相手にしているからだろうか。今日だけで四体のヴァルプルギスに遭遇していることになる。
「慧!」
若干Kay的な発音で名を呼ばれ、慧はそちらを見た。アランが駆け寄ってくる。
「アラン。そっちは誰かと遭遇したか?」
「売人らしい男を確保しました。そちらで裁いてください」
「さりげなく押し付けようとしているな」
関係のない人間を確保しても、その後が面倒なので日本警察に任せてしまおうと言う魂胆なのだろう。面倒だと言っても、慧も関わっていないから何とも言えないけど。
「慧は? ヴァルプルギス……ですね」
「出たところで襲われた。あ、あと、主犯と思われる男を確保した」
「本当ですか!」
叫びはブルターニュ語だった。さらに確保された佐竹を見てアランは「クレイジー!」と叫ぶ。一般的に『狂っている』で日本で知られているクレイジーであるが、この場合は『素晴らしい』と意味するのだろう、と解説を頭の中で繰り広げる。
「彼を連れて行ってもいいですか?」
「俺には判断できないから、うちの社長と交渉してくれ」
慧がそう言ったとき、「ううっ。さっむーい!」と叫びながら由梨江が出てきた。そして、ここまで引きずってきたらしい男が非常口から投げ出される。
「あっれ、こいつ、慧がやったの?」
「死んでないぞ」
「そう言う意味じゃないよ!」
由梨江が叫びながら近づいてくる。寒い、と言ったのは本当のようで、かすかに彼女から冷気を感じた。と言うか彼女、半そでだった。
「お前、ジャケットきてなかったか?」
「凍ったんだよ。いや、正確には凍らせたんだけど」
ちょっと意味が分からない。深く追求するのはあきらめて、慧は由梨江に自分の上着を貸した。かなりだぼっとした感じになるが、ないよりましだろう。
「ありがと。そう言うところ、好きだよ~」
由梨江が軽い感じでそう言いながら慧の上着を羽織る。アランがちらっと慧を見たので、居心地が悪かった。
居心地が悪かったので逸らした視線の先に、由梨江が連れてきた男、粟島がいた。顔の形が変わっている……と言うほどではないが、思いっきり殴られたであろう痣が頬に出来ている。
「……ゆり」
「いや、こっちの方が体格的に不利なんだから、思いっきりやらないとだめじゃん?」
言い訳がましいことを言い訳がましく無く言うのが由梨江だ。さも当然と言うように言う。
「剣で戦わなかったのか?」
「それじゃあ殺しちゃうでしょ」
「……アラン、お前の妹、何とかならない?」
ついに慧はアランに助けを求めた。妹のふざけた言動を傍観していたアランは話をふられてゆっくりと瞬きする。
「……まあ、いいのでは? お似合いだと思いますよ。妹をよろしくお願いします」
「さりげなく妹まで押し付けないでくれ」
「えー、何それどういう意味?」
由梨江が悪乗りしかけて収拾がつかなくなりかけていたが、その前に分別ある大人が合流した。
「あら、みんな無事なのね。さすが」
正確には、慧と由梨江は怪我を負っていたが、まあ、命に係わるほどではないので無事は無事だ。声をあげた女性、吉野は、何故かランドールを引きずっていた。
「父さん何やってんの?」
「また逃げようとしたのか」
娘と息子からの鋭い指摘に、ランドールは肩をすくめた。まさかの図星か。
「そんな事より、佐竹じゃない。やだ、四年ぶりに見たわ」
吉野が佐竹をつま先でつつきながら言った。近くに粟島もいるのだが、彼には目もくれなかった。
「とりあえずどうすればいいの? 警察に通報すればいいの?」
由梨江が吉野に尋ねた。吉野は笑って「お馬鹿さん」と由梨江の額を指ではじく。
「そんなことしたら、あんたも慧も捕まっちゃうわよ。特殊能力対策課を呼びなさい」
「呼びましたか!」
やや息を荒げた男の声が聞こえた。聞き覚えのある声。宮森だ。
「あら、ナイスタイミング」
「そう言えば俺、電話したわ……」
夏生が思い出したようにつぶやいた。彼は、アタッシュケースの中のWワクチンを確認し、問題なかったのかケースを閉じた。
「香林と羽崎が転がしてたホテルにいた女性とヴァルプルギスは回収しました。それと、Wワクチンに関するものは、特殊能力対策課が担当しているので、こっちにお願いします。今、高坂さんも来ますから!」
事務関係は高坂に丸投げらしい。まあ、宮森は戦闘員だから仕方ないけど。
「そう言えば、ゆりたちの探し物はWワクチンだったってことだったな」
慧が確認のために尋ねると、由梨江はうーんと微妙な表情になった。
「それもそうなんだけど、私は父さんも探し物だったから」
「……何やらかしたんだ、ランドールさんは……」
非常に気になる。人数が増えてわちゃわ茶してきたところに、高坂が合流した。分別ある大人(吉野と夏生)のほかにも頼りになる大人(高坂)が来てくれたので、何となく安心する。
慧が特殊能力対策課を訪れるのは初めてではない。今回は少々客人が多いが、課の人たちはさほど気にせず自分の仕事に取り組んでいる。
「ブルターニュからエージェントが入国しているのは聞いていましたが、なんでよりによってカーライル家が勢ぞろいなんですか」
開口一番、高坂はそう言った。由梨江含むカーライル一族は目を見合わせる。
「……まあ、成り行きで?」
由梨江が適当にはぐらかした。まあ、確かに成り行きだけど。
「由梨江さん。ややこしくなるのでまじめに」
「了解」
高坂に釘を刺されて由梨江は黙った。彼女はまじめになると黙る。夏生が椅子に座った由梨江の背後にまわり、駄目押しとばかりにその肩に手を置いた。実の父親であるランドールより、夏生の方が由梨江の父親っぽいかもしれない。
「さて。早速ですが、日本特殊能力対策課としては、国際討伐師連盟よりWワクチンを回収後、速やかに引き渡すように言われています」
国際討伐師連盟本部は中立国ヘルウェティアの首都に存在する。本部をどこに置くかで、様々な国がもめたからだそうだ。百年近く昔の話なので、正確なところはよくわかっていないのだが。
「佐竹はこの国でも指名手配犯です。おそらく、国際指名手配もされていて、Wワクチンを開発したのは、生態学者でもある佐竹だと思われますが、どうします?」
高坂が尋ねた。先ほどアランは「そちらで処理してくれ」などと言ったが、ランドール的にはどうだろうか。
「……まあ、ヘルウェティアに送還すればいいのでは?」
ランドールが適当に言った。高坂が由梨江の方を見る。
「由梨江さんはお父様似ですか?」
「まあ、性格は父さん寄りだけど」
由梨江が言葉少なに答えた。要するに、てきとーだと言うことだ。
気を取り直して。
「では、佐竹の身柄はヘルウェティアに送り、国際討伐師裁判にかけることにしましょう。余罪もありますしね」
ちらっと高坂が慧を見た。彼は顔に出すことはなかったが、高坂は四年前の顛末を知っているのだろうなあと思った。高坂は夏生と同世代だ。もちろん、慧と由梨江がやりあったことを知っているだろう。
佐竹が慧に吉野を暗殺させようとした目的は不明である。慧にやらせたと言うことは、本人には不可能だったのだろうし、それでも排除したいほど吉野が邪魔だったのだろう。吉野は何者なのだろう。
「問題はWワクチンなのですが……吉野社長、確信犯でしょう」
慧たちは実物を見ていないが、そのワクチンは凍っていたらしい。Wワクチンは繊細で、一定の温度で保管しないとすぐに組織が壊れてしまう。アタッシュケースはそのあたりが万全だったのだが、吉野はそれを越えて、ワクチンを凍結させたらしい。この辺りが、佐竹に吉野が狙われた原因なのかもしれない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
何気に次で最終話だったりする。




