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28.カーライルの家族









 いわく、未だにブルターニュのエージェントであるランドールはWワクチン……つまり、夏生や由梨江が探していたヴァルプルギスの力を植え付けるのに使われるワクチンらしい。これを、ブルターニュ側も追っているようだ。


「アランも同じ命を受けて動いているはずだな」

「つまり、家族三人で同じもの追ってたってぇわけ? ってか、結局のところ、父さんと兄さんの所属って同じなの?」

「アランは危機対策監室のエージェントだろう。私はナイツ・オブ・ラウンド……つまり、陛下の命令で動いている」

「つまり指揮系統が違うってわけね……面倒だねぇ」


 由梨江が体の機能を確認しながら言った。由梨江も違うところから命じられているので、これは家族で三つ巴の面倒なことになりそうな予感。

 と、慧の携帯端末に着信があった。昌人からだ。

「慧だ」

『あ、慧君。今どこ? こっちは王女様たちとZSC本社にいるんだけど』

「何故に」

『一番近かったし』

 まあ確かに、このホテルからZSC本社は近いけど。

「わかった。俺たちはまだホテルの裏だ。お前たちはそのままそこにいろ」

「昌人君? ちょっと代わって」

 いいと言う前に、由梨江が慧から端末を取り上げた。勝手に出る。

「おい」

「あ、昌人君? そこにうちの兄貴いる? うん、社長に頼んで実剣を兄貴に持たせてほしいんだ~。うん、うん。駄目なら連絡して」

 はい、と携帯端末が返されたがもう切れていた。彼女の父親が見ていることも忘れて慧は思わずいつものように彼女の頭をはたいた。


「お前な!」

「いてっ。ごめんて。怒ってる?」

「怒ってはいない。勝手に人の携帯端末を使うな」

「はーい」


 って言ってもまたやるんだろうな、と思いながら視線を上げると、ランドールと目があった。慧はぎょっとする。そう言えば、由梨江の父が見ていたのだった。娘の頭を思いっきり叩いてしまった……。

「……慧君はエイリーの恋人か?」

「やっぱり! 見えますよね!!」

 全力で同意したのは夏生だ。それに悪乗りした由梨江が慧の腕をつかむ。

「かっこいいでしょ」

「違うだろ……」

 慧が呆れてツッコミを入れたところに、由梨江が呼びだした人物が到着した。

「エイリー……と、父さん」

 さしものアランも戸惑った様子で父ランドールを見た。単体で見るとみんな似ているなー、と思ったが、集まってみると、言うほど似ていない。アランとランドールは似ているな、と思った。


「何となく、疎外感ねえ?」


 夏生に囁きかけられて慧はこくこくうなずいた。というか、半分以上がカーライル家ってどういうことだ?

「……っていうか、さっきからブルターニュ語で聞き取れない」

「夏生先生って合衆国連邦の大学でたって言ってませんでした?」

「大昔の話だぞ、それ」

「大昔って、せいぜい十五年くらい前でしょ……」

 夏生は三十代後半だったはずだ。大昔と言うには結構最近である。

「俺は自分の名前を呼ばれるときにKayという発音に聞こえて戸惑っています」

「ああ、ケイってブルターニュでは女性系の名前だしな」

 夏生は納得した様子で苦笑を浮かべた。二人の視線の先では由梨江があらんから実剣を受け取っていた。

「ねー。私ら今からWワクチンを追うけど、二人はどうする?」

「……俺もついていくべきだろうが、大丈夫か?」

 夏生が責任感から言った。由梨江は「慧が護衛につけば大丈夫じゃないの」と適当な反応。最近そんな役回りが多いな……。


 由梨江たち的にも夏生がついてきてくれた方がいいのだと思う。彼は医師であるし、何よりその追跡能力は強力だ。正直、スカンジナビアへ瀬川を追って行った時も、彼がついてきてくれればもっと早く解決できたのではないかと思う。

 夏生が倒されたヴァルプルギスから得た情報を元に方向を指示し、慧たちはそちらに向かう。

「そんなに遠くには行っていないな……。つーか、俺、過去の情報を読み取ることはできるけど、行先まではわからんぞ」

 どちらかと言うと夏生は残留思念を読み取る能力を持っているので、未来のことについてははっきりとわからないらしい。そのあたりは、由梨江が補完してくれるので心配していないが。

「というか、人間を無理やりヴァルプルギス化して、何をする気なんだ、そいつは」

 先導する夏生について歩きながら慧は首をかしげた。ブルターニュ組は口をつぐむが(日本語は理解できているはずである)、由梨江は口を開いた。

「まあ、普通に考えたら軍隊的なものを作ろうとしてるんじゃないの」

「軍隊?」

 慧が問い返すと、由梨江は「うん」とうなずいた。


「ヴァルプルギスって、兵器として考えたら優秀なんだよね。言い方は悪いけどさ」


 由梨江が冷静に言った。確かに、無条件で人を殺すヴァルプルギスは『兵器』と考えたら優秀かもしれない。由梨江本人が指摘したように、言い方は悪いが。

「スカンジナビアでも問題になってるって感じだったじゃん。もっとも、あっちでは討伐師を軍隊に組み込もうとしていたみたいだけど」

「国家機密レベルじゃないか? どうやって知ったんだ」

「話を聞いてればわかるよ。確定じゃなくて、噂段階だったし。討伐師を軍に組み込むなんて、スティナさんがうなずかないだろうしね」


「スティナ・オークランスに会ったのか」


 ここでランドールが口を挟んできた。由梨江は「まあね」とうなずく。


「めちゃくちゃ美人だった」


 いや、それ、キリッとして言うことじゃないだろ。


「若いのに、しっかりした女だ。世界最高の討伐師の一人だろうな」

「……父さんがそこまで言うなんて、珍しいな」

 アランが少し驚いたように言った。慧は由梨江を見たが、彼女も肩をすくめた。

「ま、ここでWワクチンを回収できなかったら、日本人にヴァルプルギスの能力を植え付けられて戦わされちゃうかも~ってことだよ」

 何となく由梨江の口調が軽いので大したことがないように聞こえるが、かなり重要なことだと思う。由梨江は軍と言っているが、そんなものを使うのは正規軍ではないだろう。

 当たり前であるが、ヴァルプルギスを使うのなら、それを抑え込める人間も必要になってくる。スカンジナビアが討伐師を軍に加えようとしているのは、そのためだろう。

「ん?」

 由梨江が立ち止った。慧は振り返り、「どうした?」と尋ねる。

「うん……ちょっと、そうだねぇ……」

 要領を得ない由梨江の様子に、男四人が首をかしげる。何だこの状況。


「兄さーん」


 ちょいちょいと由梨江が手招きする。アランは何度か瞬きして足を踏み出した。その途端。

 アランの後ろに銃撃があった。由梨江に呼ばれなければ、たぶん直撃していた。サイレンサーがついているのだろうが、着弾音はごまかせない。

「うーん。やっぱり。狙撃。どこからだろ」

「暢気だな!?」

 非戦闘員である夏生が叫んだ。一応、それなりの訓練は受けているはずだが、実際に戦闘の中に入るのは初めてだろう。

「二人以上いるぞ」

「下からじゃあ狙い撃てないねぇ」

 ランドールとやっぱり暢気な由梨江の会話である。由梨江が右手に実剣、左手にブーム・ブレードを持った。これが由梨江の本来のスタイルである。慧が最初に戦った時も、この状態だった。当時はビーム・ブレードなんてなかったから、両方とも実剣だったけど。


「とりあえず狙撃手片づけてくるわ」


 由梨江がさらっと怖いことを言ってランドールの襟首をつかんで近くの家の屋根に飛び上がった。魔法を使っているのだろうが、頭がおかしいとしか思えない。

「とりあえず、私たちは先に進みましょう」

「ゆり……エイリーたちは?」

「あとで追ってきますよ」

 兄にもこんな扱いをされる由梨江。というか、由梨江に性格は父親似なのだろうか。

「うーん。たぶん、このあたりだと思うんだが……」

 夏生があたりを見渡した。慧とアランもつられるように周囲を探る。


 と、唐突に。凍るような冷気があたりを満たした。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『ZSCへようこそ』と『What remain』はリンクしています。話に出てくるスティナは『ヴァルプルギスの宴』のスティナ氏です。

ゆりちゃんの母方の実家であるカーライル家は『What remain』のリリアンの実家。つまり、ゆりちゃんとリリアンは遠い親戚といういらない設定です。でも、時代の開きが150年くらいあります。


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