26.探し物はなんですか
「それで、探し物は見つかったのか?」
「いやぁ?」
由梨江がへらへらと笑う。慧は呆れたが、一応兄アランの目があったので殴るのはやめた。
「由梨江、やり過ぎだ」
由梨江とアランが倒した三人を診ていた夏生が呆れて言った。夏生は褐色の髪に黒い目をしているが、八分の一ガリア人の血が入っているらしい。そのためか、掘りの深い顔立ちをしていた。
「ごめんなさい。手加減って難しいよねぇ」
可愛く言っても結果は同じである。そこに、ベアトリスの様子を見に行っていたアランがやってきた。
「ベアトリス王女は?」
「無事です。みんなに頼んできました」
とりあえず、護衛対象が無事でほっとする。ちなみに、麻友と昌人は中に入ったが、山瀬は慧たちと一緒にいる。
「兄さん久しぶりー」
「ああ。年明けに会って以来か」
結構最近会っていた、と思ったのは慧だけだろうか。二人とも日本語で話しているが、アランの敬語は身内以外に向けて話す時のものらしい。
「驚いたか?」
「いいや? 想定の範囲内。母さんは元気?」
「エイリーに会ったら連れ帰ってこいと言われた」
「絶対にいや」
笑顔で言い切った。こいつ、本当に帰らないだろうなぁと思った。つまり、まだしばらく慧との同居が続くわけだ。そう思うと、うれしい気がする。山瀬が慧をつついた。
「顔がゆるんでるぞ」
「マジか」
慧は自分の顔を押さえた。山瀬が問う。
「お前、ゆりちゃんと住んでること、お兄さんに言った?」
「恐ろしくて言えん」
「確かに」
アランはシスコンという感じはしないが、普通に考えて一緒に暮らしている少女の兄に『一緒に暮らしています』なんて言えない。
「そもそも、いつの間に兄さんはナイツ・オブ・ラウンドになったの?」
由梨江の声はよく通る。ブルターニュには昔から『ナイツ・オブ・ラウンド』という国王直轄護衛がいる。もちろん、国王の護衛が仕事だ。昔は全部で十二人で、選び抜かれたものが就任したというが、今では形骸化していて王族の護衛係はまとめて『ナイツ・オブ・ラウンド』と呼ばれることもあるらしい。
「私はナイツ・オブ・ラウンドになった覚えはない。変わらず私は危機対策監室のエージェントだ」
「父さんが涙を流して喜ぶね」
ため息をついて由梨江は言った。アランがまじめなので、由梨江も引っ張られて結構真面目に話している。
「じゃあ、目的のものは同じ?」
「かもな」
由梨江と夏生の『探し物』か。エージェントであるアランは、日本に『探し物』をするためにベアトリス王女に同行したのか。戦力的にも申し分なさそうだけど。
「アランも討伐師なんですか」
慧が何気なく尋ねた。アランはうなずく。
「ええ。エイリーの方が強いですが」
「そんなことないでしょ」
アランの謙遜なのかわからない言葉に、由梨江がツッコミを入れた。由梨江はそう言うが、たぶんアランの言うことが正しい。由梨江は本当にシャレにならないくらい強い。
「というか、ゆりちゃんたちの探し物ってなんだ?」
山瀬に問われて、さすがに困ったように由梨江はアランを見て、夏生を見た。こちらに近づいてきた夏生はさらりと言う。
「ワクチンだな」
「……ワクチン?」
山瀬と慧の疑問の声が重なった。何だそれ。っていうか、話していいのか?
「ほら、最近、日本やほかの国でも取り沙汰にされてるけど、一般人にヴァルプルギスの能力を無理やり植えつけるという事件。洗脳系能力も関わっているけど、大本となっているのはそのワクチンらしい。何でも、ヴァルプルギスの細胞組織から作られてるらしくて……」
「詳しい話をされてもわからないんですが」
話が分からない方向に行く前に山瀬が止めた。夏生はおほん、と咳払いをして話を戻す。
「とにかく、俺とゆりはそれが日本に入国している可能性があるってことで調べてんの」
山瀬と慧の口から洩れたのは二人とも同じで「へえ」という声だった。関心がなさそうな声音に、由梨江が笑って「まあ、実感ないよねー」とこちらも実感がなさそうに言った。
「そう笑ってもいられない。ブルターニュでは何件か使用例が報告されていて、特にパラディンの力を持つ者が摂取した場合、簡単には抑えられない」
妹に忠告するようにアランが言った。由梨江が首をかしげる。
「それって人間扱いでいいの? それとも、ヴァルプルギスって考えればいいの?」
確かに、微妙な問題である。
国際討伐師連盟の規約では、討伐師(エクエス、パラディン等)の力はヴァルプルギス討伐のために使用するものであって、ヒトに対して使用してはならないとある。もちろん、例外は存在して、直近だと瀬川の事件がそうだ。相手が明確な意思を持って討伐師の力を使ってこちらを攻撃してくる場合、それに対抗するために力を使うことは認められている。
だが、この場合はどうなるのか。ヴァルプルギスというには微妙な感じだし、たとえ力を使ってきても、それが明確な意思を持っているか不明だ。ゆえに、攻撃していいのかわからない。
「……お前だったら力を使わなくても制圧できそうだな」
「あはは。できるわけないだろ」
慧の言葉に、由梨江が笑って答えた。本当に怖い女だと思う。内面が読めない。何でこの女に惚れたんだろう。
唐突に警報が鳴った。しゃがみ込んでいた由梨江が立ち上がる。避難するよう促すアナウンスが日本語とブルターニュ語で流れる。バタバタと扉が開く。廊下にいた由梨江が目を細める。慧はそれを横目で見て尋ねた。
「お前、どう見る?」
「誤報だね」
即答だった。由梨江は声を低めて「誰かがわざと鳴らしたんだろう」と言った。
「客を外に出すためか」
「そう言うこと。警報が鳴ったらみんな外に出る。中に残るのはこれが誤報だと気付いたものだけだ」
由梨江が言いきった。危機的状態になると、由梨江の頭脳がフル回転し始める。
「ベアトリス王女にはこのままホテルの外に出てもらった方がいいだろう。兄さん、お姫様連れて外にでなよ。あれなら、社長が保護してくれるし」
「吉野さんか。そうだな」
アランは妹の指示に従い、すでに部屋を出ていると思われるベアトリスたちを追って行った。山瀬もアランに続いたので、残ったのは由梨江をはじめ、慧、夏生の三人。
「俺も逃げていい?」
「ダメに決まってるじゃん」
由梨江に即答されて夏生は肩をすくめた。
「でも俺、戦闘では役に立たないぞ」
「自分の身くらい守れるっしょ」
由梨江、やる気満々である。ホテル内に誰もいないのは、敵にとっても都合がよいだろうが、慧たちにとっても都合がいい。
「夏生先生にはワクチンの確認をしてもらわないと」
「……わかってるって」
あきらめたように夏生は言った。由梨江は腰に下げていたビーム・ブレードを取り出すと、軽く振って光刃を出した。白っぽい光がヴゥゥンと音を立てて現れる。
対する慧は竹刀用の袋から実剣を取り出した。どちらも持っているだけで警察に捕まるようなものであるが、身を護るためには必要だ。
慧も由梨江も気づいていたが、何か気配が近づいてくる。慧は立ったまま身構えたが、由梨江はしゃがみ込んで構える。どんなものが来ても、どちらかが対応できるようにするためだ。
「ま、よろしくね、相棒」
「ああ。無茶するなよ」
「りょうっかいっ!」
いい返事をしながら、由梨江が飛び出していく。一瞬遅れたが、慧も床を蹴った。
「待って!」
先に飛び出した由梨江が慧の方に腕を伸ばして彼をとめた。光刃は出したままだが、由梨江はビーム・ブレードを振り下ろすことはなかった。慧と由梨江は同時に身を引く。二人のいた空間を、切っ先がないだ。
「明らかに一般人だよな」
「意思がありそうにも見えないよね!」
慧と由梨江の会話である。鋭く剣を振るったのは三十代くらいに見えるパンツスーツの女性だった。眼の焦点があっておらず、こちらを攻撃してくるがどう考えても一般人である。先ほど話していた、討伐師が攻撃できる対象には含まれていない。
「とりあえず取り押さえて縛り上げようか」
由梨江が容赦なく言った。女は見た目からは想像できない正確さで剣を振り下ろしたが、それを食らう由梨江ではない。由梨江は身をひるがえして剣戟を避けると、逆にその手をつかんで女をひっくり返した。女が逆の手で拳銃を取り出して由梨江を狙ったが、それを視認した途端、由梨江は顔を傾け、射出された弾丸をよけた。すでに人間の動きではない。
「ごめんねー」
と言いながら由梨江は女を気絶させて本当に縛り上げた。男性二人は引き気味である。
「お前……」
「容赦ないな……」
「んなこと言ってないで、夏生先生、この人確認して」
由梨江が冷静に指摘した。やっていることは過激であるが、ちゃんと理由がある。夏生が言われたとおり由梨江が確保した女を見ている間に、由梨江は彼女の服をあさった。
「あ、IDカード。これによると、関西圏の証券会社の社員さんみたいだね」
慧が由梨江の背後からそのカードを覗き込む。確かに、所在地が関西圏の会社だ。名前も書いてある。江州には何かの打ち合わせなどに来ていたのだろうか。
「一般人だよな」
「昌人に頼めば、詳しく調べてくれると思うけど」
そんな場合ではないので、二人の勘である『一般人』ということで話を勧める。
「検査結果から見て、ワクチンをうたれているな」
夏生の検査結果だ。簡易検査なので正確なことまではわからないのだが。
「じゃあ、少なくともワクチンは上陸してるんだ」
やはり冷静に由梨江が言った。夏生も「そう言うことだな」とうなずいた。
「その場合、どうなるんだ?」
「速やかに回収するしかないだろうなぁ」
夏生が慧の疑問に答えた。まあ当然か……。
と、再び気配を感じた。
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