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24.その兄










 ブルターニュからお姫様が来た。結局、アパートに戻ってから由梨江がだいたいのことを教えてくれて、吉野からも情報をもらって、自分でも調べたが、それとも一致した十六歳の金髪のお姫様だった。ベアトリス王女である。

 小柄ではないが、長身なわけでもない平均的な身長。緩くウェーブがかった金髪。空色の瞳。典型的な美少女だったが、慧たちが目を引かれたのはそちらではなく、その護衛の男性だった。おそらく、慧たちと同じくらいの年ごろの男性。黒髪にヘイゼルの瞳と、どこかで見たことのあるような特徴をしている。


「ねえ慧君。あの人、ゆりちゃんに似てない?」


 すでに学期が始まっているが、顔合わせに参加できた昌人が言った。そう言えばこいつ、今年受験のはずだが、こんなことをしていて大丈夫なのだろうか。だが、昌人がかなり成績がいい、ということも聞いている。

「失礼。本日からしばらく、お世話になります。ブルターニュ王室警備係、トマス・ニコールです。よろしくお願いします」

「初めまして。ゾディアック・セキュリティー・カンパニー所属の警備員、山瀬巧です。後ろの三人は、右から森久保、四宮、香林です」

 山瀬がざっとメンバーを紹介する。トマスが日本語を理解できるらしく、日本語での会話だった。山瀬も心もちゆっくりしゃべっているので、たぶん通じていると思う。たぶん。誰か由梨江を呼んできてくれ。

「ヤマセ、モリクボ、シノミヤ、コーリンですね。こちらは私も含めて五名で、ヘクター、アラン、アリシア、ジラです」

 三人男で、二人女性だ。護衛対象が女性なので、女性の護衛がいることもうなずける。でもやっぱり、黒髪の男が気になる。ものすごく聞いてみたい。あなたに妹はいるかと。だって由梨江にそっくりすぎるだろう。由梨江が男顔の女なら、彼は女顔の男だ。

 昌人と麻友どころか、山瀬も気になっていたらしく、そわそわしている。それに気づいたからか、黒髪の男アランの方から声をかけてきた。

「いつも妹がお世話になっているようで」

「……妹と言うのは」

「エイリー……由梨江のことです。申し遅れました。私はアラン・カーライルと申します」

「……香林慧です」

 名乗られたので、名乗りかえした。というか、彼はまっすぐに慧に話しかけてきた。何故だ。普通、妹のことで話しかけるのなら麻友を選ばないか? もしくは、同世代の昌人。


「別に私とエイリーは仲が悪いわけではありませんからね。たまに近況報告のメールなどは来ます」


 アランはそう言って、そこに慧のことが書かれているのだ、と言った。彼女が自分をなんと書いているのか非常に気になるが、ブルターニュに帰りたくないと言って騒いだ娘も、結局家族のことは好きなのだろうと思った。


「……しかし、ゆり……由梨江は、ブルターニュに戻らないと言ってごねたと聞いていますが」


 思わず尋ねた。すると、アランは「その前から私はブルターニュの大学に行っていたので、現場は見ていないんです」と答えた。どうやら、母と娘の攻防戦だったらしい。

「護衛をZSCに依頼すると聞いてから、由梨江も来るだろうと思っていたのですが」

「別の仕事を受け持っているらしいです」

 日本語での会話であるが、アランがやたら丁寧な言葉遣いなので、慧もつられる。昌人が振り返ってあははとばかりに笑った。彼も相当心が強いと思う。

「そうですか……残念だ」

「来る前に連絡を入れたりとかは……」

「していません。今回はお忍びですので」

 ZSCに警備依頼が来た理由の一つはこれだ。実は、このベアトリス王女の来訪はお忍びなのである。その割にはトマスも身元をあっさりと名乗っているし、ベアトリス王女は女性の護衛二人をひきつれてどこからどう見てもセレブなお嬢様状態であるが。そのため人目を引いていることは引いているが、さすがにブルターニュのお姫様だとは気付かないようだ。


 総勢十名の団体は、そんなつもりがなくても目を引く。早速麻友がベアトリス王女に話しかけられてあたふたしていた。気にせずベアトリス王女はブルターニュ語で話しかけているけど。

「アラン、知り合いか?」

 トマスが前を歩くベアトリス王女たちを気にしながらアランに話しかけた。アランは真顔を崩さずに「いえ」と首を左右に振る。ちなみに、ブルターニュ語だ。

「初対面です」

 きっぱり言った。いや、初対面だけど。

「妹の友人なんですよ」

「ああ……妹が日本にいるんだったな」

 トマスが思い出したようにうなずいた。自称日本人の、四分の三ブルターニュの血が入っている由梨江エイリーのことである。

「来ないのか?」

「連絡していないので。別の仕事を請け負っているようです」

 と、アランは慧から聞いたことをそのまま伝えた。ニアミスするかもしれない、ということは言わないでおく。


「おい、慧」


 背後から山瀬に声をかけられ、慧は視線だけで振り返る。彼は無言で吹き抜けになっている上階を指さした。慧もそちらを見上げる。


 いつか、慧たちがしていたようにこちらを見下ろしている人物かいる。手すりに寄りかかり、髪をうなじで束ね、眼鏡をかけ、男物の服を着ているがどう見ても由梨江である。

 というかあの服。とても見覚えがあるのだが、慧のものではないだろうか。勝手に出してきたのか。別にいいけど。身長はともかく、体格はかなり違うのによく着こなしていると思った。

 由梨江もこちらに気付いたらしく、ひらひらと手を振ったが、隣にいる男に思いっきり頭をはたかれていた。由梨江ほどのインパクトがないのでわかりづらいが、おそらく夏生だろう。そのまま由梨江は撤退していく。本当にニアミスした。

「今の、ゆりちゃんだよな」

「ああ……何の仕事を頼まれているんだろうな」

 調査ものと言っていたが、何だろうか。これは依頼があったわけではなく、吉野個人の依頼のような気もする。そもそも、戦闘要員である由梨江を調査員として使うことがちょっとおかしい気もする。

「山瀬さーん。慧くーん」

 昌人が呼んでいる。立ち止っていた慧と山瀬は彼らのあとを追って小走りになった。
















 由梨江がちらっと話してくれたのだが、ブルターニュ王室の人間は討伐師の力を持つ人間が多いらしい。もちろん、全員ではないし、全くいない時代もある。だが、歴史的に見て発現率は高いらしい。

 このベアトリス王女が討伐師パラディンである可能性は低いと慧は思うが、由梨江の兄アランが護衛についていることから見て、ヴァルプルギスの襲撃に会う可能性があると思われていると言うことがわかる。由梨江は『うちは家族全員討伐師』と言っていたから、アランも討伐師なのだろう。

 ヴァルプルギスは討伐師の力があるものの肉を好んで食らう。そのため、討伐師がヴァルプルギスに負けると、その肉体はそのヴァルプルギスに食べられてしまい、帰ってこないことが多かった。

 一番危ないのは、対抗する力を持たない高坂のような後方支援系の力を持つ者や、力が弱すぎて訓練を受けていない者だ。ベアトリス王女は後者にあたるのではないだろうか。


 彼女の希望は、いわゆる日本観光だった。江州地域だけではなく、古都地域にも行きたいと言われて少し困った。日本文化に興味があるらしい。将来は留学したいとかなんとか。そのため、日本語も少しわかるし、少し読める。書くことはできないようだが。

 そのため、この目立つ一団は日本語とブルターニュ語が入り混じって使われる。通じているから別にいいのだが。

 ちなみに、今回のスケジュールでは古都に行くのは難しいのでトマスたちが説得していた。どうしても行きたかったらまた来てくれ。

 江州にも外国人観光客は多い。なので、はしゃいでいるベアトリス王女たちは言うほど目立たなかった。少なくとも、奇異の視線は浴びていない。うまく溶け込んでいると言えるだろう。


 そして、由梨江と夏生が何を調べているのか。それは割とすぐにわかった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ゆりちゃんの兄は、ブルターニュに住んでます。両親の離婚で母方に引き取られているので、ゆりちゃんも本当はエイリーと名乗るのが正しい。


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