23.ニアミスする仕事ってなに
連載再開です。最終章です。よろしくお願いします!
「今度はお姫様の警護よ」
「お姫様……」
吉野の言い草にその言葉を繰り返したのは、山瀬だ。いや、男として反応したくなるのはわからないではないが、ちょっと子供っぽくはなかろうか。
「むしろ、このメンバーでですか?」
そう尋ねた麻友の懸念はもっともだ。何しろ、ここに集められているのは全員二十歳前後の男女である。最年長の山瀬がこの状態なので、心配と言えば心配である。
「戦闘力としては十分だと判断しました」
西條が眼鏡をきらりと光らせながら言った。いや、そう言う問題じゃないだろ、と慧は思ったが、とりあえず黙っていることにした。
「一週間後、国際空港にブルターニュの姫君が到着するわ。滞在期間は五日間。しっかりと護衛するのよ」
などと吉野は言ってのけたが、普通、そう言うのは警察のSPが行うものでは?
という慧の疑問が顔に出ていたらしい。にっこり笑った吉野は言った。
「あちらさんの要望なのよ。できるだけ、お姫様と年の近い人がいいって」
「……そのお姫様はおいくつで?」
「十六歳」
「……」
尋ねたのは麻友であるが、彼女もさすがに沈黙した。十六歳のお姫様。とんだじゃじゃ馬などでなければいいのだが。
「そう言えば、ゆりちゃんは?」
麻友が慧に向かって尋ねた。どうしたもなにも、現在彼女は大学で講義を受けている。まだ大学は夏休み期間であるが、補講らしい。彼女は意外とまじめな学生であるので、出なくてもいいのだろうがいそいそと出ていく。
ちなみに、なんだかんだで慧と由梨江の同居状態は続いていた。
「どちらにしろ、ゆりちゃんには別の仕事を頼むわ。だから、お姫様の護衛は巧君、麻友ちゃん、慧君、昌人君の四人よ」
「……不安しかありませんが……」
年齢的にリーダーになりそうな山瀬が言った。自分がリーダーになると思うと、不安らしい。由梨江がいれば彼女が仕切ってくれそうな気もするのだが、残念ながら別の仕事があてがわれるらしい。
「まあ、途中でニアミスするかもしれないから、その時は頼めばいいわよ」
にこっと笑って吉野は言った。相変わらず人使いが荒い。でもまあ、由梨江の使い勝手がいいのだろう。演算能力と戦闘力の高さから一人で大概のことに対応できるのだ。
しかし、仕事中にニアミスするってどういう仕事を頼んだのだろうか。
「あなたたちは安心しなさい。ブルターニュ側の護衛がしっかりしているから、こちらはどちらかという観光案内がメインになるでしょうね。正直、あなたたちを出すのはもったいないと思うくらいだわ」
うふ、と吉野が妖艶に笑う。慣れている四人は死んだ目になった。秘書の西條が苦笑を浮かべる。
「四人とも、忙しいでしょうがよろしくお願いします。慧と昌人は学校の授業を優先してください」
「わかっています」
慧がうなずいた。帰ったら、由梨江が任された仕事を聞いてみようと思った。
△
「え、私?」
最寄駅でたまたま帰宅途中の由梨江を捕まえ、二人はそのまま夜は外食にすることにした。ハンバーグを一口サイズに切りながら由梨江が首をかしげている。ここは、夕食をとるのに選んだカジュアルレストランだ。
「まあ、確かに別の仕事は頼まれたけどね~」
夏生先生と一緒だよ、とさらりと言った。由梨江の言う夏生先生とは、ZSCの専属医師である。名前が女性っぽいが、れっきとした男性で、ちょっと童顔気味。名字は小柳であるが、みんな夏生先生と呼んでいる。
「夏生先生と一緒ということは、何かの捜索か」
「そう言うこと。だからなーいしょ」
小首を傾げて人差し指を唇に当て、にっこり笑った由梨江の頭を、慧は手を伸ばしてはたいた。思わず可愛い、と思ってしまった。
「お前、ブルターニュのお姫様と面識はあるか?」
「むしろ、なんであると思ったのか不思議だよね~」
「いや、お前の母親の実家は貴族だと聞いたんだが」
「この時代の貴族なんて、名前だけだよ。所領はあるらしいけど」
そもそも、由梨江は八歳ごろまではブルターニュで暮らしていた。父親の仕事の関係で日本に移り、そのまま十年近く居ついているのだ。彼女はブルターニュにも家があるため、ブルターニュへの渡航は討伐師にしては緩いはずだ。実際、何度か母親の実家に帰っていると聞いたことがある。
まあ、単純にブルターニュと言えば由梨江、という思考回路で尋ねただけなのだが、思いがけず冷静に返された。
「でも、私の従姉は面識あるかもね」
「いとこ?」
「今のカーライルの当主だよ」
その女性も討伐師……向こうではパラディンと呼ぶが、らしい。まあ、それはどうでもいい。
「っていうか、詳しい話をされなかったんだが」
「ネットで検索すればいいだろ」
今度はパエリアを食べながら由梨江が言った。討伐師全体に言えることだが、彼女も大食漢である。そう言う慧もよく食べる。だから、討伐師同士でこうして食事に来ると、結構じろじろ見られる。由梨江はもちろん、慧も細身の男に見えるし、どこにこれだけの食事量がおさめられているのか、自分でもわからない。
「……あんまり目立ちたくないんだが」
「その美貌でたぶらかしてきなよ。逆玉の輿だよ」
由梨江が楽しげに笑いながら言った。慧はぐにっと由梨江の頬をつまむ。
「俺が好きなのはお前だ、馬鹿野郎」
「なんでそんなキャラになったかなぁ」
と言ったのだろうが、頬を引っ張られていて声がくぐもっていた。スカンジナビアから帰国して以降、ことあるごとに伝えているのだが、由梨江は「はいはい」と流している。最初は動揺していたりもしたのだが、慣れるのが早すぎる。それでも拒否されたりはしないので、脈はあるのかな、と前向きに考えている。
そんな二人もすでにデザートまで食べている。カジュアルレストランなので値段は大したことはないだろうが、男女二人で食べる量にしてはやっぱり多い。
少し店員に驚かれながら会計を済ませ、二人はレストランを出た。すっかり日の暮れた道を歩く。とはいえ、ここは学生街なのでそれなりに明るい。むしろ、ネオンがまぶしい。
「都会にいると、夜空いっぱいの星が懐かしくなるよねぇ」
「……見たいとは思うが、懐かしいとは思わないな、俺は」
慧も由梨江に釣られて空を見上げるが、星は見えない。かろうじて月が見えるだけだ。今日はきれいな三日月だ。この街明りの中でもはっきり見えるくらい。
慧と由梨江が出会った日、つまり、本気で殺し合った時もこんな夜だったと思う。由梨江が「あはは」と笑ってうなずいた。
「そうだねぇ。もう四年も経つんだね」
当時中学生だった由梨江はもう大学生だし、当時大学に入ったばかりだった慧はもう大学院に進学してしまった。
「……ひとつ、聞いてみたいことがあるんだが」
「ん?」
自分を見上げてきた由梨江の手を取り、手をつなぎながら慧は尋ねた。
「あの時、お前、俺を殺すつもりだっただろ」
核心を持って尋ねれば、由梨江は「あ、わかる?」と満面の笑みで答えた。笑って答えることではない。
「あのころは、命令に従うだけでいいって思ってたから」
「……俺もだ」
二人とも、当時はまだ子供だったと言うことだ。いや、当時の慧と言えば、今の由梨江と同じくらいの年だったのだが。思考力がなかった、と言うべきか。
ただ、大人の言うことに従っていればいいと思っていた。由梨江も、当時はZSCに預けられたばかりで、吉野に学んでいる最中だったらしい。吉野が止めなければ、慧は由梨江に殺されていたと言うことだ。
吉野を殺せ。吉野を護れ。相反する命令を受けた子供たちが戦うと、そうなる。たまたま由梨江の方が強かったから二人とも生きているだけで、慧の方が強ければ、慧は由梨江を殺していた可能性が高い。そうならなくてよかったと思った。
「でもま、不思議だよねぇ。今はこんなに仲良しなのにねー」
ギュッとつないだ手に力を籠めて由梨江が顔を近づけていった。いろいろ言いたい慧だが、全て言うのをやめて、ただ「そうだな」とうなずくにとどめた。
「仕事の方、頑張ってね。ニアミスしたら手伝うし」
「……だから、ニアミスする仕事ってなんだ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
約2週間お待たせしましたが、終わりが見えてきたので投稿を再開しました。今回はちょこちょこ話に出ているゆりちゃんのお父さんのはなし、の、予定。




