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22.二人語り










「あの時、三人が消えた後にしばらくして、次元がずれていた空間が元に戻り、由梨江さんが気を失った瀬川を捕まえていました」


 ハンドルを握る高坂が言った。宮森が運転する、と言ったのだが、帰国直後なのだからおとなしく乗って置け、と言われて今に至る。宮森は助手席に、慧と由梨江は後部座席に座っていた。

 あの時、高坂は異空間(便宜上そう呼ぶ)に入れず、一人現実空間で待っていた。そこに、瀬川を捕らえた由梨江が現れたらしい。


「周辺は倒れた人だらけで驚きましたが、まあ、皆さん無事でしたしね」


 たぶん、高坂は本当に心配してくれたのだと思う。クールな人だが、結構人情あついところもある。

 そして、瀬川を再逮捕。このまま慧と宮森は意識を失っていたが、このまま二人の回復を待つよりも、戦闘員である由梨江と共に瀬川を連れ帰ることを優先したらしい。瀬川は今、後方支援系能力を持つ者たちが作りあげた強固な結界に囲まれた監獄に入れられている。警備がより厳重になったらしい。


「脱獄方法などを調べるのは、まあ、私たちの仕事ではありませんからね。瀬川についてだけお伝えしておきます。ここにいる全員に、知る権利はありますからね」


 そしてその話を、慧と由梨江は吉野に伝えなければならないだろう。たぶん、由梨江がより詳しいだろうけど。

「まず、五年前の大量殺人事件から。瀬川の供述によると、『力を試してみたかった』とのことでした」

 その力、というのは、ヴァルプルギスを操れると言う能力か。確かに、おいそれと使えるものではないし、使おうと思ったら犯罪者になる覚悟がいるだろう。

「当時は能力がコントロールできずに暴走し、それを、ブルターニュのエージェントであるランドール・羽崎……由梨江さんのお父様が止めた、という記録が残っています」

 ブルターニュのエージェントである由梨江の父、ランドールは、堂々と特殊能力対策課に出入りしていたらしく、由梨江父とは高坂も面識があるらしかった。

「そのまま瀬川は当時もっとも警備の厳しい、最重要犯罪者が入れられる刑務所に収監されました」

 その厳しさから獄舎、などとも呼ばれるか、この時代、刑務所しか存在しない。

「それから五年の月日がたち、今になって瀬川は脱獄しました。それで、スカンジナビアまで飛んだ理由ですが……」

 わざわざ警備の厳しい空港から堂々と、彼女はスカンジナビアに飛んだらしい。何故再び捕まるリスクを冒してまで、そんなことをしたのか。


「やはり、スティナ・トゥーレソンに会いに行ったようですね」


 由梨江の勘は当たったわけだ。本当に、よく当たる勘をしている。

 瀬川は、当代最強とも言われるスティナ・トゥーレソンならば自分と互角に戦えると思った、らしい。やはり、自分の力を試すには、力が拮抗するものを戦うのが良い。

 その後の対応は知っての通りだ。高坂と宮森が瀬川を追い、その協力者として慧と由梨江が抜擢された。そして、最終的に由梨江が瀬川を捕まえた。


「その後の瀬川の処遇などは、吉野さんを通じてお知らせしますね」


 慧のアパートの前で車を止めた高坂が後ろを振り返って言った。由梨江が「了解」とうなずく。荷物をおろし、何となく手を振って二人を見送っていると、由梨江がぽつりと言った。

「私、さすがに出ていこうかと思ってさぁ」

 慧は思わず由梨江の顔を見た。無駄に整ったその顔は整いすぎて感情が見えない。

「……俺としてはいてくれた方がいいんだが」

 そもそも、このアパートも一人ですむには少々広い。彼女が来てから、毎日楽しかったのも事実だ。やはり、帰ってきたら誰かいる、というのはいい。彼女が後から帰ってくるにしても、誰かが帰ってくると言うだけで心もちが違う。

 慧は由梨江の腕を引っ張った。不意を突かれた由梨江は足元をふらつかせて慧にもたれかかった。

「……ちょっと」

 由梨江が抗議の声を上げ、身を起こそうとするが、慧はぐっと彼女の体に回した腕に力を込める。単純な力では慧の方が強いのだから、由梨江が逃げられるはずもなかった。


「……なに? 突然甘えたくなった?」


 ため息を付き、さらりとそんなことを言う由梨江は、やはり感覚が日本人的ではなく、欧州的なのかもしれない。そんな事を考えながら、慧は言った。

「いや。お前にどこにも行ってほしくないと、思っただけだ」

「……何それ」

 由梨江が驚いたように慧を見上げた。慧は衝動的に見上げてきた由梨江の顎をつかむと、キスをした。

「ちょ、ちょっと待って!」

 由梨江が慧の顔を押し返した。

「何をする」

「それはこっちのセリフだっつーの!」

 元気な返答だったが、顔は真っ赤だった。何となく嬉しくて慧はにやつく。

「何笑ってんだよ!」

「いたたた。首折れる」

 顎を上に押されて、首が反り返る。慧よりは弱いとはいえ、由梨江の腕力なら本当に首の骨が折れる気がした。


「とりあえず中入ろう。まったく……!」


 その後に男ってやつは、とつきそうなものだが、由梨江も男装して女子高校生をナンパしていたことがあるので、人のことは言えないだろう。むしろ、彼女の方がたちが悪い。

 まだアパートの前にいた二人は、とりあえず部屋に入ることにした。由梨江が勝手に慧の荷物を持って行くが、階段を上がる段階になって慧は由梨江の手から自分の荷物を奪い返した。

「ほら、上がれ」

「言われなくても上がります~」

 すっかり拗ねたように由梨江が言った。慧は彼女の背中を押したが、彼女はするりと逃げて、部屋の鍵を開けて扉を開けてくれた。荷物を抱えていた慧は礼を言って中に入る。

 そんなに長く離れていなかったはずだが、懐かしく感じた。

「荷解きしてきなよ。私、夕食作ってるから」

「ああ……ゆり」

「何よ」

 ちょっと険のあるいい方なのは、さっきのキスの件が効いているからだろうか。

「さっきの、瀬川がスティナさんに会いに行ったのは、自分の力を試したかったからだって言う話。あれ、お前の考察か?」

「……いや。私はあれから瀬川に会っていない。特殊能力対策課の人間の見解だよ」

「やはりな。お前なら、ああいうことは言わないと思った」

 そもそも、高坂も納得しているか怪しいが、一組織の人間としてそれで納得しているように見せかけているだけのような気もした。


「で、お前の見解は?」


 吉野に伝えるのは、おそらく、特殊能力対策課の見解になる。そちらが、公式なものだからだ。だから、慧はここで聞いてみようと思った。流しからリビングのソファに座っている慧に向かって、由梨江は言った。

「瀬川が大暴れしたかったってのは、本当だと思う。でもおそらく、彼女は、誰かに自分を殺してほしかったんだと思う。そう言う意味では、互角の相手と戦ってみたかった、という見解は正しい」

「……誰かに殺されたかった?」

「そう」

 由梨江はうなずくと、鍋に入れていた水を止めた。今日は煮魚だそうだ。相変わらず顔に似合わず作るものが日本的。しかし、久々の日本なので、和食が出てくるのはありがたい。

「最初は本当に、出来心だったのかもしれない。心境の変化なんて、誰にもわからないからね。でも、彼女が脱獄したのは、殺されたかったからだと思う」

「ああ……日本には、死刑制度がないからな」

 たとえ、多く人間を虐殺したのだとしても、今のこの国には死刑制度がない。無期限禁錮になるだけだ。だが、由梨江が言いたいのはそう言うことでもないらしい。

「そう言うことじゃないよ。彼女は、限界まで戦って、その上でさばきを受けたかったんだと思う。勝手なことにね」

「……その相手に、スティナさんを選んだのか」

「外界から隔絶されていたからね。当時の情報では、スティナさんが一番強かったんだろう」

 由梨江はいつも通りの冷静さで言った。慧は「ふうん」とうなずく。

「だが、五年前、彼女を捕まえたのはお前の父親だろ? そっちに行こうとは思わなかったんだろうか」

「所在がつかめないんだから、仕方ないだろ」

 確かに。娘である由梨江すら、現在の所在を知らないらしい。たぶん日本国内にはいるんじゃないの、という投げやりな回答が帰ってきた。


 五年前、瀬川が収監されたころ、スカンジナビア王国で『ヴァルプルギスの宴』と呼ばれる事件が起こった。大量に発生したヴァルプルギスの多くを討伐したのは、当時はただの討伐師であった。スティナであったと、言われる。

 自分を捕らえたランドールの行方は不明だが、スティナは必ずスカンジナビアにいる。だから、瀬川はスカンジナビアに飛んだのだ。

「つまり、あんたが止めなければ、私は彼女の願いをかなえてしまっていた、ということ」

「そうか……それは止めてよかった」

 慧が真顔で言うと、由梨江は微笑んで、「私、慧のそう言うところ結構好きだよー」と言った。慧は立ち上がると、キッチンに回り込んで野菜を切っている由梨江を後ろから抱きしめた。

「……さっきから何?」

「正直、俺は少し瀬川の気持ちがわかる」

「おい」

 由梨江が低い声でツッコミを入れてくるが無視して彼女の肩に額を押し付ける。

 慧は最初、吉野を暗殺すべく育てられた。由梨江に負けた後、自分のしでかしたことを知り、罪悪感を覚えた。罰を与えてほしいと思ったが、吉野は慧に「では、自分の会社で働け」と言っただけだった。しかも、無償労働ではなく、ちゃんと賃金も渡されているので、バイトと相違ない。

 自分がこのままのうのうと生きていていいのだろうか、と思うこともある。最近は由梨江が乗り込んできて、毎日が楽しくてこれでいいのだろうか、とも思う。


「……馬鹿なこと言ってないで、荷解きしてきなよ」


 沈黙を挟んで、由梨江はそう言った。慧は由梨江から少し体を離す。由梨江はため息をつきながら言った。

「でも、瀬川と慧は違うだろ。慧は瀬川みたいな迷惑なことしないし。まあもし、四年前のようなことがあったら、今度は思いっきりぶん殴ってあげるよ」

 由梨江の容赦ない言葉に、慧は相好を崩した。

「……俺は、お前のそう言うところが好きなのかもな」

 そう言うと、再び慧は由梨江の唇をふさいだ。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


突然ラブコメる二人。でも、そうなる下地はあったのだ……。


それと、次から最終章なのですが、ストック不足のため、しばらくこちらは休載します……。申し訳ありません。

早かったら一週間後くらいに復活します。

本当にすみませんでしたぁぁあっ!(スライディング土下座)


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