21.帰国
「お世話になりました」
一応、日本政府職員である宮森が代表して礼を言った。特別監査室長フィリップと討伐師統括責任者スティナ、それに瀬川追跡に同行したイデオンとケヴィンに向かっての挨拶だ。
「いや、役に立てなかったからな」
最終的に由梨江が捕まえたのでスティナはそう言うが、しかし、アカデミーを壊してしまった。ずれた次元での戦闘だったが、現実空間にも影響を及ぼしていたようだった。
一足先に帰国した由梨江と高坂を追って、慧と宮森も日本に戻ることになった。先に行った二人は政府専用機を使用したが、あとからの二人は普通に一般旅客機に乗って帰る予定。その前にこうして挨拶に来ているのだ。
「いえ。そもそも、スカンジナビアに逃げ込ませたのはこちらの落ち度ですから」
宮森の言葉を聞きながら、慧はふと思った。そう言えば、瀬川が逃げてスカンジナビアまで来たのはなぜだったのだろう。理由を聞いてみただろうか。
「……そういえば、瀬川が何故スカンジナビアまで来たのか聞きましたか?」
こらえきれず尋ねてみると、スティナは「さあ」と肩をすくめた。
「日本に戻ったら瀬川本人に聞いてみろ」
「……そうですね」
一応、慧は納得した振りをした。おそらく、スティナはなにがしかを知っているのだろうが、話さないつもりのようだった。そんな相手の口を割らせるのは難しい。特に、スティナのような意志の固い人間だと、特に。
そう言えば、イデオンの狙撃の腕を見ることもなかった。実際には、慧が見ていないところで何度か発砲しているのだが、彼は見ていないので結局やっていないのと同じである。
まあ仕方がない。一般旅客機に乗る以上、時間は厳守。乗り遅れるわけにはいかないので、時計の時間を確認して言った。
「宮森、そろそろ」
「わかってる。……みなさん、本当にありがとうございました」
宮森に合わせて慧も頭を下げる。スカンジナビアの皆さんは笑顔で顔を左右に振った。いや、スティナは笑てないけど。
「出国手続きが大変かもしれないが、また今度は遊びに来てくれ」
「観光案内もするよ」
笑ってイデオンはそんな事を言った。慧も宮森も苦笑を浮かべ、彼らに分かれを告げる。……という時。
「あ、ケイ」
イデオンが慧を呼び止めた。何か忘れていただろうか、と思いつつも振り返る。
「エイリーちゃんに『予言は当たってた』って言っておいて」
「はあ……」
予言って何、と思ったが、由梨江がイデオンに言った「大切なものに気を付けて」のことか、と一人で納得した。イデオンの大切なものと言うと。
視線を動かしてスティナを見る。彼女はぷいっと視線を逸らした。子供か……。イデオンも笑うだけで答えは教えてくれなかった。
これから約八か月後、スティナが子供を生んだと聞いて初めて由梨江の直感の答えがわかるのだが、それはまだ先の話である。
男二人でビジネスクラスに搭乗する。空港で土産も買っておいた。スカンジナビアに出かける前に、「時間があったらお土産よろしくね」と吉野に言われていたので。あまり高いものではないが。時間もないし。もう少しゆっくりできれば、空港だけでもいろいろ見られたのだが。
「なんか、行きはビジネスっぽい高坂さんもいたし、羽崎もいて華やかだったけど、二十代男二人でビジネスって……」
「俺も思ったが、言うな」
はあ、とため息をつく宮森にツッコミを入れて慧は自分の座席に座る。まあ、確かに出国手続きが大変だが、次は遊びに来たいかもしれない、と思った。
宮森が言いたいこともわかった。この二人では、どう見てもビジネスという感じではないし、せめて由梨江がいれば華やかなのに、というのもわかる。あの女は本当に一人で華やかな奴である。
帰りも十時間近くかかるフライトである。慧も宮森も背が高いので、ビジネスとはいえ座りっぱなしは結構きつい。いや、これは誰でも一緒か。ついでに、着陸間際に乱気流に巻き込まれて宮森が酔った。まあ、わからないでもない。すごくゆれたし。
「うげぇ。気持ち悪い……」
「がんばれ」
慧は苦笑して言った。地面に足をつけたのでしばらく休めば大丈夫だろう。それにしても、宮森もだいぶ打ち解けてくれたものだ。まじめなのは変わらないけど。
到着ロビーを出ると、やたらと目を引く女がいた。もちろん由梨江だ。これだけの人が居るのに、目を引くと言うのは相当だ。国際空港なので日本人も諸外国系の顔立ちも入り混じっているのだが。
慧は目をそらしたが、こちらが由梨江を見つけてしまったので、あちらも見つけたようだ。さすがにしっかりした観察眼だ。って感心している場合ではない。とっさに逃げなければ、と思った。
「おいおいおい。何で逃げるのさ」
人が多いことも手伝い、慧はあっさりと由梨江に捕獲される。あいさつもそこそこ、わき腹をつつかれた。
「怪我は大丈夫?」
思ったよりも普通に話しかけられて、慧は内心ほっとする。
「ああ。少しかゆい」
治りかけの傷跡がかゆいのだ。ほとんどふさがっているのだが、痛みは耐えられるが、痒さと言うのは意外と耐え難いものがある。
「そう。それなら……いいわけあるかっ」
由梨江は叫ぶと、慧の襟首を両手でつかんで引き寄せた。幸いと言うか、人が多すぎて彼女の叫びは周囲にあまり響かなかったし、気づいた人たちも「なんだ、痴話喧嘩か」というような感じで一瞬視線をくれてからすたすた歩いて行く。
「……ゆり、苦しい」
一応訴えてみるが、由梨江はそのまま慧を揺さぶった。
「な、ん、で! あそこで自分から攻撃食らいに行くんだよ!?」
「それで、瀬川を捕まえられたんだろ」
反論すると、由梨江はさらに強くぎりぎりと襟首を締め上げる。慧が窒息死したら、その下手人は由梨江である。誰か捕まえてくれ。
「そんなことしなくても勝てた」
「……だろうな」
由梨江の言葉に、慧は同意し、無理やり由梨江の手を自分の襟首から放した。由梨江はおとなしく少し離れた。
「わかってたなら……」
「だが、あのままではお前」
瀬川を殺していたな?
慧がさすがに周囲をはばかって由梨江の耳元でささやくと、彼女は目を見開いて慧をじっと見た。そのヘイゼルの瞳に見つめられ、思わず謝りたくなる。目力がすごい。
「……高坂さんは生死を問わないって言ってた」
ぷいっと顔をそらして、目力の強さとは対照的なかわいらしい反応を見せる。慧は「ああ」とうなずき、由梨江の頭を撫でた。
「わかっている。だから、あれは俺の自己満足。俺がお前に瀬川を殺してほしくなかったからやったことだ」
「……今更そんなことを言われるほど、私はきれいじゃない」
「わかっている。俺も同じだからな」
慧は由梨江の頭に置きっぱなしだった手でもう一度彼女の頭をかき混ぜた。春ごろに比べてだいぶ髪が伸びている。肩に触れないくらいだった髪は、肩下までになっていた。
「いい雰囲気のところ申し訳ありませんが、由梨江さん、落ち着きました?」
高坂が割って入ってきた。宮森は微妙な表情をしている。慧はパッと由梨江の頭から手を放した。高坂は気にしていない様子で言う。
「さすがにここで話をするのはどうかと思うので、とりあえず、車に乗りましょう。詳しいことはそこで。ついでに由梨江さんと慧君は送って行きますよ」
「ありがとうございます」
せっかくなので、その後の説明がてら送ってもらうことにした。たぶん、来るときだって由梨江は高坂に連れてきてもらったのだろうし。本当に、図太い女である。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ゆりちゃん、対人戦ならスティナちゃんより強い。




