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2.美人な社長









 入学式の翌日。朝起きると、最近当たり前になりつつある、由梨江が朝食を作っていた。


「おはよう」

「ああ。おはよう」


 由梨江が愛想よく挨拶してきたので、慧も返事をする。由梨江は「もう少しでできるからちょっと待って」と卵の焼け具合を見ながら言った。その間に慧は顔を洗いに行く。これが、由梨江が慧の部屋に押しかけてきてからの大体のサイクルだ。

「あ、できたよ~」

 小さめのオムレツとポテトサラダ、それにロールパンにスープ。朝から良くこれだけ作れるものだ。と、朝が弱い慧は思う。なので、実は、朝食を用意してくれる由梨江がいるのはとても助かるのである。

「慧、社長に呼ばれてるんでしょ」

「ああ。お前もだろう?」

「うん」

 朝食をとりつつ、今日の予定の確認である。昨日、メールが来ていた通り、二人はバイト先に向かう予定だった。


 朝食の片づけは慧の仕事だ。由梨江が上がりこんできてから、何となく役割分担ができている。慧が片づけをしている間に、由梨江が洗濯物を干しに行った。

「おい、置いてくぞ」

「待って待って」

 玄関から由梨江に呼びかけると、彼女はあわてて出てきた。今日の彼女はボーイッシュだった。顔立ちが整っており、長身なのでそんな格好も似合う。


 二人そろって部屋を出る。由梨江がボーイッシュな格好をしているので男同士で同棲しているのか、と思われることもあるらしいが、気にしないことにしている。

 ここからバイト先までは地下鉄で向かう。駅五つ分くらいなので、比較的近い距離にあたるだろう。

 最寄駅で下車し、二人が入っていったのはビルだ。総合ビルである。土地代が高いので、この辺りでは一つの建物で一つの企業、と言うことは基本的にない。いくつかの企業や店、もしくはアパートが入っている場合もあるが、そんな総合ビルが多かった。


 ICカードを機械にタッチし、そのままエレベーターに乗り込む。十七階から二十五階までが、今回、慧たちが用事のある『ゾディアック・セキュリティー・カンパニー』が入っている階になる。

 二十五階まで一気に登り、社長室に向かった。扉の前でインターホンを押す。


『はい、社長室』


 秘書の男性の声が聞こえてきた。慧が代表して名乗りを上げる。

「香林慧と羽崎由梨江です」

『慧様、由梨江様。お待ちしておりました』

 しゅっとスライド式のドアが開く。すぐそばにはインターホンに出た男性が待ち構えており、ニコリと笑って「どうぞ」と二人を中に入れた。


「ああ。よく来たわね、慧、ゆりちゃん」


 赤い唇に弧を描き、紺色のスーツを見事に着こなした女性が立ち上がり、歩みよってくる。この会社の女社長、吉野よしの紗帆さほだ。長い黒髪を優雅に巻き、ばっちりメイクをきめ、スカートはタイトで靴はハイヒール。グラマラスな体つきの妖艶な美女だ。年齢は不詳。聞こうなどと思ったことはない。怖いし。


「さて。全員そろったわね」


 ぱん、と手をたたき、吉野が言った。部屋には彼女と秘書を含めて全部で八人の人間がいる。

 社長の吉野。その秘書、西條さいじょう幸弘ゆきひろ。今やってきた慧と由梨江。正規警備員の山瀬やませたくみ、ベテラン警備員のせき健一けんいち、そして、新入社員の森久保もりくぼ麻友まゆ。そして最後の一人は見知らぬ人物だった。


「誰?」


 遠慮なく聞いたのは由梨江だった。ほぼブルターニュ人である彼女は、こういうところで遠慮がない。吉野は「この子?」と一人正体不明の少年の肩に手を置く。


「彼は四宮しのみや昌人まさと君。無謀にもわが社のスパコンにハッキングをかけた猛者よ。まあ、すぐに梢ちゃんがカウンター仕掛けたけどね」

「被害はゼロです」


 西條からの補足も入る。というか、この会社のスパコンにハッキングをするとは、無謀と言うか、すごいの一言だ。セキュリティー会社だけあり、この会社のセキュリティーは固いのだ。まあ、だから四宮少年も撃退されたのだろうけど。

「で、うちにハッキングなんて仕掛けたのが百年目。うちのお仕事、手伝ってもらうことになりました~」

 吉野がさらりと言った。確かに、単独でZSCにハッキングをかけられるなら、かなりの逸材であるが。

「そんな。ハッカーですよね? 信用できるんですか?」

 不快そうに言ったのは麻友だった。ここはセキュリティー会社だ。安全は信用が大いにかかわってくる。

「大丈夫よ。何かあった時は慧とゆりちゃんが何とかしてくれるもの。ね?」

 吉野が慧と由梨江に丸投げした。つまり、二人に昌人と組め、と言っているのだ。

 確かに、慧と由梨江は任務成功率が高く、一人お荷物がいても大丈夫な余裕がある。とはいえ……。


「よろしくお願いします! 慧さん、ゆりさん」


 元気に返事をした昌人に、全く不安がないと言えば嘘になる。慧は由梨江と顔を見合わせた。

「……まあ、社長が言うなら」

 慧はそう言って昌人のお守りを引き受けることにした。それをちゃんと見越していたのだろう。吉野はにっこり笑って「ありがとう」と言った。

「さて。自己紹介も終わったところで、お仕事の話よ。西條君」

 吉野が呼びかけると、西條が資料を配り始めた。慧は何気なくそれに目を落とす。声をあげたのはやっぱり由梨江だった。


「へえ。NAOKIが帰国するのね」


 国民的アイドル歌手のNAOKIは、ここ三か月ほど海外にツアーに行っており、今度帰国することが決まっていた。その詳しい日程は不明であったが、このたび決まったらしい。そして、その警備の依頼がZSCにあったようだが。

「何故私たちまで動員するの? 普通の警備依頼に見えるけど」

 と、やはりずばずばつっこんでいくのは由梨江だ。慧もうなずく。

「関さんたちで事足りるような気もしますが」

「んんんっ。一見はそう見えるわね」

 吉野は微笑んでうなずいたが、唐突に真顔になった。

「最近、彼のまわりで超常現象がよく起きるらしいの」

「ラップ音とか、ってことですか?」

 尋ねたのは関だ。超常現象と言ってもいろいろあるので。


「気のせい、とか、たまたま、とかで納得しちゃうくらいの現象よ。でも、ちょっと気になるのよね。実際に、テレビのライブ映像で彼を見たけど、影みたいなものが纏っている気がするし」


 と吉野は首をかしげた。そんな姿も妖艶なので、反応に困る。

「何もなければそれでよし。あったらあったで私たちに動けと言うことですね。予定は空けておきます」

「さすがはゆりちゃん。話が早い! よろしくね」

 吉野が喜んでいった。由梨江はあっさりとうなずいたが、慧はひとつ言いたい。

「俺は実験があるから抜けられないこともあります」

「学生の本分は勉学だものね。存分に勉強なさい」

 やっぱり吉野はあっさりと言った。由梨江が顎に指を当てて考える。

「とりあえず、関さんたちの仕事が始まる、NAOKIの帰国時の様子を見に行ってみようよ。どうせ国際空港でしょ。離れてなら関さんたちの邪魔にもならないし、何かが取りついてないかとか、わかるかも」

 由梨江が提案した。それがいいだろうな、と慧も思ったので、うなずく。

「じゃあそれで決まり。メインの護衛は関さん、巧君、麻友ちゃんだからね。他の三人はおかしなことがないか見ておいて。ボーっとしてるけど、昌人君。あなたも行くのよ」

「あ、はい」

 名を呼ばれて反射的にうなずいた昌人である。慧はすでに不安を覚えていた。これは引率になりそうだ、と半ば覚悟を決めた。
















 ゾディアック・セキュリティー・カンパニーはいわゆる警備会社である。通常の警備から護衛などのSPまがいのことまで職種は様々。護る対象も様々だ。

 そんな中で、慧たちはバイト扱いで雇われている。普通、警備会社でバイトはあまり聞かない気もするが、彼らの仕事内容もまた特殊だった。


 時々、人の中には特殊な能力を持っている人間がいる。テレパシーやサイコキネシスなど、超能力や魔法と言い換えてもいい。数は少ないが、そう言った人間もいる。そして、そうした能力を持つ者にしか解決できない案件も確かに存在する。

 慧と由梨江はその魔法のような能力を持つ人間なのだ。二人とも基礎能力は念動力に近いが、多少の違いはある。

 ZSCの警備員は、大きく一般警備員と、慧たちのような能力持ちの警備員に分けられるのだ。能力持ちの警備員は、表ざたに出来ない案件を担当するので、基本的に表に出ることはない。


 社長の吉野は、今回の警備対象者NAOKIの周囲が怪しいと言った。彼女の勘は良く当たるので、無視できない。というわけで、通常の警備員のほかに慧たちが離れて様子を見守っているわけだ。

「ゆりちゃん、カフェオレだったよね」

「うん。ありがとう」

 ニコニコと、十八歳二人組は笑っている。慧は頭が痛い気がしたが、ため息をつくことでやり過ごした。

「あ、NAOKI、来たんだ」

「お前が買い物に行っている間にな」

 昌人と慧が会話をしている間に、由梨江がカフェオレを飲みながらNAOKIを観察するように見る。

「どう見る。ゆり」

「どうもこうも……」

 由梨江は芝居がかった仕草で両手を広げ、肩をすくめた。

「私には何も感じられないね。そもそも私は、社長ほど感応能力に優れるわけじゃないから」

「……少し遠いのかもな」

「それもあるかも。でも、そもそも力が弱いんだと思うよ」

 由梨江が感じられないのなら確かに、今は超常現象的なものは起きていないのだろうと思う。


「私たちよりむしろ、透視系能力者を連れてくるべきだったね」


 由梨江が苦笑気味に言った。確かに、そうかもしれない。そう思ったとき、昌人が「あ」と声をあげた。

「どうした?」

「あれ」

 昌人は指示語だけで返答したが、その示す方向を見ると彼が声をあげた理由がわかった。

「ああ……そこだけ警備が薄かったんだな」

 NAOKIの護衛依頼はZSCに出されているが、何もこの会社からの護衛しかいないわけではない。空港の警備隊や事務所のマネージャーなど、様々な人が彼を囲んでいる。しかし、どうしたのか、通常は近づいてこられないはずのファンたちが、NAOKIに押しかけていた。これはびっくりである。

「……これが社長の言ってたやつなのか?」

「さすがに違うんじゃないか?」

 慧の言葉にすかさずツッコミを入れる由梨江。社長ははっきりと『超常現象』と言っていた。これはある意味よくある光景である。


「むしろ、ほら」


 と言って彼女が示したのは一つの看板だった。普通に、店の看板だ。その留め具が……外れた。

 慧が手を伸ばし、念動力で看板の落下をとめた。外れたねじを同じく念動力で回収していた由梨江が器用に看板をとめ直した。

「報告書によると……NAOKIさんのまわりで物が落ちる、倒れる、壁に穴が空く、撮影担当者が風邪を引くなどの超常現象が」

 と、データを確認していた昌人。慧は「それ、超常現象っていうより不幸だろ」とツッコミを入れた。NAOKIを観察していた由梨江は「うーん」とうなっていった。

「これ、何かが憑いてるってより、呪われてるんじゃないの」

 そうだとしたら、その方がよほど深刻である。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ゆるゆるですね(笑)

この先は隔日投稿です。


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