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14.学校と言うか、寮










「あ! イデオン兄ちゃーん!」


 アカデミーの建物に着いた瞬間、十歳くらいの少年がイデオンに向かって突進してきた。突撃を受けたイデオンは受け止めきれずによろめく。


「げ、元気だねウルリク……!」

「こら、おとなしくしてろ。客も来てんだぞ。おーい、誰かオルヴァー呼んできてくれ」


 さっきから思っていたが、スティナの口調が男前すぎるのはなぜだろう。

「……本当に子供が多いんですね」

「討伐師になれる素養を持った子供たちをスカンジナビア中から集めていますからね」

 高坂のつぶやきに答えたのはイデオンだった。彼は微笑んで言った。

「訓練を受けても、全ての子供たちが討伐師になれるわけではありません。まあ、おそらく、日本でも同じでしょうが」

「……そうですね」

 人口の差の問題かもしれないが、日本にはもう少し討伐師が多い。正規ルートで討伐師になるには、スカウトを受けるか、そう言った学校があるので、そこで力を伸ばしていくことになる。軍人学校に近いだろうか。この国ではスカウトに力を入れているらしい。


「初めまして。オルヴァー・ダヴィッドソンです。ここの管理人みたいなことやってます。どうぞよろしく」


 出てきたその背の高い男性も、こちらに合わせてくれたのかブルターニュ語だった。そのため、高坂もブルターニュ語で返す。

「オルヴァー校長ですね。お言葉に甘えさせていただきまして、こちらにお世話になります」

「ええ。まあ、ちょっと人が多くて落ち着かないかもしれませんが、どうぞ。早く解決するといいんですけどね……」

 アカデミーの校長は、子供たちに戦い方を教える役割もあるらしい。オルヴァーは、先生でもあると言うことか。


 部屋割りでちょっともめたが、結局、慧はここでも由梨江と同室だ。未婚の若い男女が~、というお決まりのセリフは聞かないことにする。たぶん、スカンジナビアの人はこの二人は付き合っているのだ、と思ったことだろう。面倒なので否定しないけど。

 スティナとイデオンは別の家に住んでいると言うことで、夫婦そろって帰っていった。よくわからないが、見ているだけなら仲が良さそう。

 なんだか半分ホームステイ状態である。由梨江はすでに子供たちと仲良くなっているけど。高坂は校長のオルヴァーと何やら話をしている。慧はと言うと、子供たちが話すスカンジナビア語が理解できずにあたふたしている宮森を観察していた。

「お兄さんは日本から来たの?」

「日本にはニンジャがいるんでしょ」

「え、兄ちゃんニンジャなの?」

 という子供らしいと言えばらしい会話を、宮森はわからないのであたふたしている。ブルターニュ語ならば宮森もわかるはずだが、子供たちはそこまで気が回らないだろう。


「お兄さんも日本人?」

「そうだな。四分の一、スカンジナビアの血が入っているらしいけど」

「四分の一?」

「ああ。母が日本人とスカンジナビア人のハーフ……こちらではダブルと言うのか? らしい」

「らしい?」


 十代前半くらいの少年が首をかしげる。慧は少し笑って言った。

「物心ついたころには、両親は亡くなっていたからな」

「ふ~ん。よくわかんないけど、俺も親とあんまりあったことないからなぁ」

「……そうか」

「うん」

 どこの国も、討伐師の確保に困っているのだな、とわかる。半分誘拐じみた方法で討伐師の力を持つ子供を連れてくる国もあると言うが、スカンジナビアはそれに近い方法をとっていると見える。


「このままじゃ、完全に楽しいホームステイだね。レポート書けそう」

「お前、そう言うレポートあるんじゃないのか」

「課題にはないけど、出してみようかな。追加単位もらえるかも」


 二段ベッドの上の段からそんなことを言ってくるのは、もちろん由梨江だ。最初は慧が上の段に上ってみたのだが、天井に頭をぶつけてあきらめた。下の段にぴょこっと由梨江の顔が上から覗き込んだ。

「一緒に寝ていい?」

「お前、女の自覚はあるか?」

 慧がツッコミを入れると、由梨江は「冗談だよ」と引っ込んでいった。しばらくしてお休みーと声が聞こえた。

 この先大丈夫だろうか、とちょっと不安になった。
















 翌朝から、慧たちは始動しはじめた。まず、直接戦闘をする係と後方支援係に分けた。スティナ、ケヴィン、慧、宮森が戦闘班、イデオン、高坂、由梨江が支援班だ。


「正直、自分は役に立つと思えません。戦闘力ほぼ皆無です」


 高坂がさらりと言った。そこで「期待してないから大丈夫だよ~」という由梨江はいろいろひどい。


「狙撃銃が運び込まれてたから、エイリーちゃんも狙撃手?」


 すっかり由梨江エイリーが定着している。こちらも本名らしいので由梨江は反応しているが、耳慣れないので慧たちが混乱しているという状況。


「ってことは、イデオンさんも狙撃手なんだ」

「まあね。大したことはないけど」


 と、イデオンは微笑むが本当かどうか。


 何となく会話が成立している支援班に比べて、戦闘班はあまり会話がはずまない。慧とスティナはあまり話す方ではないし、宮森とケヴィンはあまり言葉が通じていない感がある。通訳が欲しい。とりあえず、全員剣、もしくは刀の使用者だと言うことはわかった。

「やっぱり私、戦闘班入ろうか?」

「それだとバランスがおかしくなります。仕方ないので、皆さん頑張ってください」

「スティナちゃん、あんまり怒らないようにね」

 うん。やっぱり支援班は楽しそう。正直由梨江にこちらに来てほしいが、贅沢は言えない。そもそも、目標である瀬川がどこに潜んでいるかすら分からないのだ。まずは情報収集からである。

 もちろん、警察などにも協力は依頼してある。しかし、正直警察の機動隊くらいではどうにかなるレベルの相手ではない。何しろ、刑務所の人間が皆殺しにされていたくらいだ。


「始末としてはどうすればいいの」


 スティナが尋ねた。高坂が返答する。


「できれば生きたまま捕まえてほしいですが、おそらく、難しいでしょう。殺害許可が出ています」

「はーい」


 由梨江が手をあげた。この辺は、事前に高坂と協議していなかった部分なので、慧や由梨江も良くわかっていない。

「それって、私たちが殺しても大丈夫なの?」

「何のためにお二人を連れてきたと思っているんですか」

「わかった」

 由梨江が物わかりよく言った。もちろん社長の吉野はこの辺も理解してこの二人を選んだのだろう。

「由梨江さん。どう思いますか?」

 高坂が集められたデータを見ながら言った。今、宮森とケヴィンが二人でその辺の見回りに行っている。あの二人で会話が成立するのか気になるところだ。


 拠点となるのはフェルダーレンであるが、必要とあれば各地に飛ぶことになる。できればこの辺りで始末をつけたいと言うのがこちらの思いだ。

「まあ、少なくともフェルダーレン内にはいると思いますけど。そもそも、瀬川は何故わざわざスカンジナビアを選んで入国したと思います? 合衆国連邦や、中立国のヘルウェティアでもよかったはずです。亡命が目的なら、私なら絶対にそうします」

「なるほどねぇ。確かに、連邦合衆国やヘルウェティアは亡命先に適している。それでも、わざわざ彼女がこの国に来たのには何か理由があるとエイリーちゃんは思うわけだ」

 イデオンが察したように言った。高坂もうなずいた。

「つまり、この国に何か用があった可能性が高いと言うわけですね」

「そう言うことです。で、この国にあるものと言えば」

 由梨江がスティナを示す。彼女は「私?」と首をかしげた。


「私が見た限りでは、スティナさんです。まあ、実際にどうかはわかりませんが、スティナさんは当代最強の討伐師の一人です。瀬川が何かシンパシーを感じていたのかもしれません」


 慧も後から知ったのだが、スティナ・トゥーレソン……旧姓オークランスは国際討伐師同盟では有名な人物であるらしい。その可憐な容姿からは想像できない力。本当かどうかはわからないが、当代最強の討伐師と呼ばれているらしい。


「私より強い討伐師エクエスなんて、いくらでもいるが」

「理屈じゃありませんからねぇ、こう言うのは」


 由梨江が苦笑して言った。まあ、確かにこういうのは理論的に吐かれるものではないので、由梨江の守備範囲から少し外れてしまうか。

「じゃあ、スティナちゃんをおとりにすれば、セガワが釣れるかもしれないね」

「……イデオンさん、自分の奥さんおとりにする気ですか」

 この二人の関係が良くわからない。いや、夫婦なんだけど。イデオンは相変わらず暢気な様子で笑った。

「大丈夫だよ。スティナちゃん、強いから」

 そう言う問題ではないと思うのだが、スティナが平然としているから、別にいい……のか?

「ほら、あれですよ。慧君も由梨江さんを前面に出したりするでしょう。それと同じ感覚ですよ、きっと」

 と、高坂に日本語で言われて納得しかけたが、どういうことだそれは。確かに由梨江は慧よりも強いが……と思ったところで、高坂の言いたいことがわかって納得した。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


たぶん、慧も行ってこい、と送り出すタイプ。


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