13.外国に来るとこうなる
スカンジナビア王国首都フェルダーレン近郊の空港に降り立った慧たちは、まずぐっと伸びをした。かなりゆったりした席だったとはいえ、狭い空間にずっといるのは堪える。体が痛い。
入国審査を受け(一応ビジネスであると言うことで)、荷物を受け取る。宮森が入国審査でちょっと躓いていたが、ブルターニュ語だったので何とか通り抜けられた。さらに税関でも質問を受ける。税関は帰りに土産などを買ったら注意だな。
「……外国って感じだな」
「何しろゆりが浮いてないからな」
「慧、ちょっと失礼じゃね?」
由梨江からツッコミをもらったが、日本人の中で浮きまくっている由梨江も、この国では溶け込んでいる。むしろ、慧たちの方が浮いていると言うのはちょっと不思議な気分だ。
「さてと。迎えが着ているはずなんですが」
到着ロビーを出て、高坂が周囲を見渡す。彼は若者たちの旅行気分を軽くスルーしている。
「ミスター・タカサカ!」
駆け寄ってきたのはダークブロンドの男性だった。二十代後半くらいだと思うが、欧州人の年齢は外見ではよくわからん。近づいてきたその男性は、柔和な笑みを浮かべてブルターニュ語で名乗った。
「スカンジナビア王国司法省特別監査室監査官、イデオン・トゥーレソンと申します。初めまして」
「日本内閣府管下、特殊能力対策課の高坂です。同じく、討伐師の宮森。こちらの二人は、民間警備会社の登録討伐師、香林と羽崎です」
討伐師として紹介された三人も軽く頭を下げる。イデオン監査官は「よろしく」と微笑むと言った。
「僕はみなさんをお迎えに来たんです。とりあえず、詳しい話は車の中ででも」
というわけで、七人乗りの自動車に乗り、イデオン監査官がハンドルを握る。助手席に高坂が乗った。中の席に慧と由梨江が並んで座り、一番後ろに宮森が座った。
「このまま一度特別監査室本部に向かいますねぇ。そこにこちらから派遣する討伐師も待っていますから」
この国では討伐師をエクエスと呼ぶらしい。ちなみに、ブルターニュではパラディン、ガリアではシュヴァリエと呼ばれているとのことだ。
「わかりました。今回はご協力を感謝いたします」
「いえいえ。まあ、逃げ込まれてしまったのですから、仕方ありません」
暢気な口調だが、イデオン監査官の言葉は逃がした日本を責めているようにも聞こえる。どうにも読めない人だ。
スカンジナビアの対ヴァルプルギス組織である特別監査室本部まで一時間ほどかかった。普通の公務員であれば就業時間外であるが、特別監査室はまだ人が居た。本部は見た目、普通のビルだった。
「ただいま戻りました~」
のんびりした調子でイデオンが本部の中でも執務室にあたるらしい部屋に入りながら言った。その後に慧たちも続く。
「ああ、お帰り」
一番手前にいた男性が軽く手をあげてあいさつした。それから奥に向かって叫んだ。
「室長! 日本からのお客さん!」
と叫ぶと、一番奥から年かさの男性が出てきた。と言っても、四十代に突入したころと見える、室長と呼ばれるにはやや若い男性だった。
「ようこそおいでくださった。特別監査室長フィリップ・トーレンです。イデオンもご苦労」
室長フィリップのねぎらいを受けて、イデオンがうなずく。日本組は代表してやはり高坂が口を開いた。
「日本派遣団の代表で、高坂弘毅と申します。このたびはご協力感謝いたします」
「こういう時はお互い様ですよ。と言っても、私は受け入れ許可を出しただけで、実働は別のものになるのですが。おーい、スティナはどこ行った?」
高坂としゃべっている間はこちらに合わせてブルターニュ語だったが、その後に続いた言葉はスカンジナビア語で、慧も何とか聞き取れたくらいだ。高坂と由梨江はともかく、宮森はぽかんとしている。
やがて誰かに呼ばれてやってきたのは、銀髪の女性だった。どちらかというとかわいらしい系の顔立ちに見えるが、表情と言うものがほとんど浮かんでいないので、少し怖くも見える。
「……きれいな人」
由梨江がつぶやいた。確かにきれいな人だ。
「初めまして。討伐師統括責任者、スティナ・オー……ではなく、トゥーレソンです。今回、リオ・セガワの追跡任務のスカンジナビア側の責任者を務めさせていただきます」
なかなかきれいなブルターニュ語であった。高坂ももう一度挨拶する。
「よろしくお願いします。日本側の責任者は、私、高坂になります。あとは、討伐師の宮森、香林、羽崎です」
「よろしくお願いします。こちらは、私を含め、そこのイデオン、それにケヴィンが追跡に加わります」
簡単にそれぞれの紹介をする。あとでもっとちゃんと自己紹介をすればいい。今回は顔合わせのようなものだ。時間も遅いので、ひとまず今日はここまでで宿泊場所に向かうことにした。
「皆さんはこちらにいる間、どちらに宿泊する予定ですか?」
室長のフィリップが尋ねた。別の監査官と何やら相談していたイデオンと、お茶を片づけていたスティナが顔を上げる。というか、討伐師統括責任者はスカンジナビアでは討伐師を取りまとめる結構偉い人だったと思うのだが、そんな人に片づけをさせていいのだろうか。
「一応ホテルは押さえてありますが」
「そうですか……いえ、こちらのアカデミーの方に泊まられてはどうかと思ったのですが」
「アカデミー?」
宮森がこそっと慧と由梨江に尋ねる。由梨江が答えた。
「この国の討伐師養成所だね。スカンジナビア中から集められたエクエスの力を持った子供たちが暮らしてるって聞いたことがあるけど」
「な、なるほど」
何気に詳しい由梨江だ。遊んでいるふうに見えて、飛行機の中でちゃんと情報を集めていたらしい。正直、外国に来たら由梨江を頼りにしてしまうのでありがたい。
などと話している間に、フィリップと高坂の間でも話がまとまったらしい。このままアカデミー……正式には、討伐師養成学校に向かうことになった。こちらにいる間はここでお世話になる。日本大使館にでもお世話になれ、という話だが、慧と由梨江を連れているし、任務も特殊なのでそんなことはできない、とのことだった。
「学校とは言っているけど、実際には寮みたいな感じですよ。小っちゃいのが住んでるんで、騒がしいですけど」
と、さらりとイデオン調査官が説明してくれた。やはり、案内役は彼と、スティナが受け持ってくれた。
イデオン調査官と高坂が話しをしている間に、日本側の紅一点、由梨江が果敢にスティナに話しかけに行った。
「ねえねえ、スティナさん。スティナさんってイデオンさんのお嫁さん?」
流れるようなスカンジナビア語だった。慧も断片的にしか聞き取れなかったので、宮森はやっぱりちんぷんかんぷんだろう。
「……スカンジナビア語がわかるのか」
「まあ、日常会話くらいは」
ニコッと由梨江は笑うが、スティナはニコリともしなかった。
「……そうだな」
やはり、スティナとイデオン調査官は夫婦らしい。まあ、ファミリーネームが一緒だったし。
「新婚?」
「一応は」
言い間違えそうになっていたからな、と慧も心の中でツッコミを入れる。さらに由梨江は尋ねた。
「今幸せ?」
「……お前、名前なんだっけ?」
質問に質問で返す女、スティナ。由梨江は気を悪くした様子もなく名乗った。
「失礼しました。羽崎由梨江であります」
「ハザキ……すまん、もう一度」
「ま、良ければエイリーと呼んでください。こっちも本名なんで」
「エイリー」
「ええ。エイリー・カーライルと言います」
久々に聞いた、由梨江のブルターニュ名だ。聞くまですっかり忘れていたのだが。
「……合衆国連邦出身? いや、ブルターニュか?」
「四分の三ブルターニュで、四分の一日本」
「それ、ほぼブルターニュ人だろう」
スカンジナビア人にすらそう指摘出しされる由梨江の主張である。本人は「そうですか?」などと言っているが。半分確信犯なので慧は放っておいた。
「な、なあ。あの二人、何の話してるんだ?」
と、宮森が由梨江とスティナの方を見て言った。結構年が離れていると思うのだが、何か共感を覚える部分でもあったのだろうか。すでに仲良くなっている気がする。
「……まあ、世間話だな」
「そ、そうか」
あまりツッコむ気もないらしく、宮森はとりあえずうなずいた。宮森、すごい疎外感だろうな……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『ヴァルプルギスの宴』の二人が参戦です。ちょうど、結婚したばかりくらいですね。




