サンタクロース日本支部
今夜はクリスマスイブ……
奏17才。
この近くの公立高校に通う、可愛いものが大好きな
ごくごく普通の女の子。
奏は、家の近所のコンビニで買い物をしていた。
店内はクリスマス一色の飾り付けで、BGMも、
クリスマスソングが、引っ切り無しに流れている。
お気に入りのホットココアを買って、外へ出た奏。
店の北側にある、目立たない駐車スペースに、
サンタクロースの出で立ちをした男の人と、
2台のソリ、そしてトナカイが一頭いるのを目にした。
奏は、ホットココアをを飲みながら、何かのイベントかと
興味津々で様子を伺っていた。
ところが、サンタは頬が痩け、ガッリガリに痩せていて、
ソリにすがりつく様な体勢で、ゆっくりと、ソリに頭を
打ち付けながら、悲しくなるくらいの美声で、クリスマスソングを
歌い続けている。
その傍らで、トナカイは不定期に
「フォーッ ホゥァッアーー……」と奇声を発する。
このトナカイも、あばらが浮いて実にみすぼらしい……
「あのー……」奏は、サンタに声をかけてみたが、
虚ろな目のまま、相変わらず 美しい声で歌い続けている。
ふと、ソリに目をやると、一台の方には山積みのプレゼントが……
「あの、これ、これから配るんですよね」奏がそう言うと、
サンタの動きがピタリと止まった。
「もう、ムリ……もう無理なんです……
ずっと休みなしで、全然寝てなくて……」
サンタがそう言うと、同意する様にトナカイが、
「ファーーッ‼︎」と声を上げた。
奏は、意を決してサンタに言った。
「私が代わりに、このプレゼント配ります!」
サンタは、驚きの表情で、奏の顔を見上げた。
「サンタさん、その服脱いで!」
奏はコートを脱いでサンタに渡し、代わりに自分がサンタの
服を着て、プレゼントを配る事にした。
サンタには、空のソリの方で眠るように促した。
「サンタさんの仕事なんて、なんかメルヘン‼︎」
奏は、ワクワクしながら、トナカイの引くソリに乗り込んだ。
ソリはゆっくりと空へ浮かび上がった。
ただ、トナカイが ガリガリでスタミナが無いせいで
とんでもない低空飛行だ。
1階の屋根の辺りを、やっとの思いで飛んでいる。
サンタのリストを見ながら、1軒目の家に到着。
まさか玄関から行くわけににもいかないし……
どこか入れる所はないかしら……
都合良く、勝手口が開いていた。
家の人は、留守のようだ。
そぉっと ドアを開いた瞬間、後ろから肩を叩かれ、
奏は「キャッ」と、小さく悲鳴を上げた。
振り向くと、警察官が立っていた。
『最近、多いんだよね。サンタの格好した泥棒……』
警察官の言葉に、奏は驚いて、
「違います!私、サンタさんの代わりにプレゼントを配ってるんです」
と言った。
『じゃあ、免許持ってる?』
「え?免許?」
奏は、サンタの服のポケットを探ってみた。
何か手に触れた。
「あの……これですか?」
ソリの中で休憩中のサンタと、免許とを照合し、
警察官は、『行っていいよ』と言った。
奏は、ホッと胸を撫で下ろした。
次の家へ行こうとすると、近所のおばさんが やって来て、
「こんな所にソリ、止めないでちょうだい‼︎
邪魔でしょうがないじゃないのっ‼︎」
と、怒り心頭のご様子。
「ごめんなさい!すぐ動かします!」
奏は慌ててソリを動かした。
次の家へ行くと、待ち構えていたように、
そこの家の奥さんらしき人が玄関に立っていた。
「遅いっ‼︎」と、いきなり怒鳴られた。
「すみません……」
奏は悪い事なんて何もしていないのに、反射的に謝った。
奥さんは、奏の手から プレゼントを奪い取ると、
そそくさと、家に入っていった。
「ふ〜……」奏は、溜息をついた。
そこへ、突然ソリから無線が聞こえて来た。
『あー……サンタくぅん?本部だけど、プレゼントの配送は順調ですか〜?
サンタクロースとしてのプライドを持って、
キッチリお仕事してくださいね〜
お客様の“ありがとう’’が君達の給料ですからね。
では、よろしく……』
無線は一方的に途切れた。
給料が“ありがとう”ですって?
ありがとう、なんて一度も言われてないけど……
奏は、段々、腹が立ってきた。
次の家では、
「子どもが欲しがってたプレゼントと違う!」
と怒られた。
堪りかねたのか、奏の代わりにトナカイが
「ホワァァァッー」と奇声を発した。
次の家では、
「サンタはいいよな。一年に一度しか
働かなくていいんだから……」
と嫌味を言われた。
プレゼントを配っている最中にも無線が入る。
『プレゼントが遅いって、クレームが来てる』とか
『中身が壊れてた』とか……
こんなに頑張ってるのに!
こんなに必死にやってるのに!
だーーれも分かってくれない。
それでも何とか、ソリの中のプレゼントを配り終え、
元いた駐車場へ戻って来た奏。
「はぁーー……」欠伸をし、両手を大きく
伸ばしながら、サンタが目覚めた。
「ああ……よく寝た!君のお陰で、久しぶりに
ゆっくり眠ることができたよ。本当にありがとう」
奏はポロポロ涙を流した。
頑張っても、頑張っても、誰も言ってくれなかった
『ありがとう』を、サンタさんから言われるなんて……
「これで次の国へ行けるよ」サンタが言った。
「え?次?まだ お仕事があるんですか?」
奏は驚いた。
「そう。実は、イギリスから日本に来たところで、
次はアメリカ、カナダ、メキシコ、オーストラリア……」
ふと見ると、さっきまで空っぽだったソリの中には
また山積みのプレゼントが……
「だって、クリスマスイブは今夜だけでしょ?
他の国の事は、他の国のサンタに やってもらったら?」
奏は言った。
「いやぁ……この企業、このところ人手不足でね。
日本支部は僕一人なんだ。他の国もなかなかサンタを
やりたい人がいないらしくて……
時間の事なら大丈夫。
このソリに乗れば、時間は巻き戻せるから!」
サンタは親指をクイッと立てて、『いいね』をした。
「それじゃあ本当にありがとう……」サンタが言った。
「あんまり無理しないでね」奏は言った。
「こき使ってゴメンね」トナカイにも声をかけた。
トナカイは「ホゥェーーッ‼︎」と変な声で鳴いた。
サンタと、トナカイと、2台のソリは ゆっくりと空へ浮上し、
やがて、星の煌めく夜空へ消えていった。
奏が、空を見上げたまま突っ立っていると、
どこからか、無線で聞いた あの声が……
「あーー…… 本部だけど、どう?只今、バイト募集中だけど……」
どうやら、店の入り口に置かれた、小ぶりのクリスマスツリー
から聞こえてくるらしい。
「どう?いい仕事でしょ?アットホームで、やりがいがあって……」
「ムリ!絶対にムリ‼︎」奏は答えた。
「ムリ、出来ないは、思い込み。君ならできる。
絶対できる。ねぇ、やってみ……ピーーー……」
奏は渾身の力を込めて、ツリーを蹴り倒した。
店から漏れ聞こえる、クリスマスソングが、悲しげに感じる。
サンタも、トナカイも、心を殺して働いている。
クリスマスソングが、鎮魂歌に聞こえるのは、
自分だけだろうか……
そう思いつつ、家路につく 奏だった。