世界の守護者を人は勇者と呼んだ
読み専が初めて書いてみた習作
書いてみると一万字とか書ける人を尊敬します
剣と魔法のとある世界のとある帝国の僻地に二人の青年がいる。
その街は帝国の資源として高値で取引されている特殊な氷を算出する場所の一つであり、季節になれば保存した氷の売買で街の人たちは常にそれなりの生活を送れる場所でもあった。
そんな資源を狙って街道には盗賊が性懲りもなく現れ、行き交う人々を狙い食い殺さんと凶暴な魔物たちが森や山間に生息する場所でありながら二人の青年のおかげでとても平和と呼べる日々を送っている。
剣を振れば歴戦の騎士も唸り、弓を手にすれば高名な射手が驚き、槍を手にすれば岩すら貫く腕前を持つ。
街と交易隊の守り人としてそれなに名を轟かせている二人は仕官することもせず、生まれ故郷の街で悠々自適な日々を送りいずれは街の恋人と結婚し自分たちの技術を後世に伝えるものと楽観視していた。
街の人達からも二人がいてくれるならと頼りにされ、二人を常に手元に置いている領主も無理矢理な仕官や雇用話が来ないようにいつも気にかけていたが、平穏はとてもあっさりと崩れ去ってしまう。
「世界を壊すもの……魔王が復活しました。あなたたち二人は神託によって勇者となり世界を守護しなければならないのです」
「俺達が勇者なんて冗談でしょう? だって俺達は高名な血を引いている訳でも特別な力がある訳でもないなんですよ?」
「いいえ、勇者は血ではありません、神から与えられた使命なのです。あなた達のその才能や恵まれた環境も全ては生まれ落ちた魔王を打ち破り世界の平和を守る為にあるのです……どうか、どうか使命を果たして」
街で頼りにされ親しまれている神父の悲痛な言葉と下げられる頭に二人は自分達に突然やってきて背負わされたものに戸惑ってしまう。
そんな戸惑いを更にひどくしてしまうことが起きる、神託として勇者の力を測った結果が勇者アルフの力は歴代でも頭一つどころか二つ上を行くものであるのに対して、親友の勇者バルドは歴代でも平凡なものとして現れたことだ。
覚醒した力を試すとして他国から派遣されてきた神官と騎士団の前で行った戦いが証明した力量は、勇者として覚醒した力の差はあまりにも歴然としていて、以前は互角だった力量はもはや並び立つことはなく、バルドがアルフに唯一勝っていた槍の腕前すら放たれた一撃がどんなものかすら見えず防ぐことも出来ないほどの差が生まれた。
アルフは自分の前で膝をつき涙を流すバルドの姿に何も言えず、バルドはただ愛用の槍を握りしめられない自分の手にただ涙を流れ零れ落ちさせることしか出来ない。
「勇者アルフ様こそ真の勇者です、彼は何かの間違いでしょう」
勇者を選び出す神を唯一神として信仰する神官は嫌味を隠そうともせず、神官の周りを固める護衛の騎士達はアルフには礼をするがバルドにはしないばかりかまるで親の敵とばかりににらみつけている。
そんな自分達が周りからどう見られているかもわからない彼らは更にはアルフの力の強さが魔王の強さを物語っているとして早急に旅立つべきだと言いはじめ領主を始めとした人々から猛反発をうけるがどこ吹く風。
「……バルドも来てくれ、お前がいてくれると心強いんだ」
「いけませんアルフ様! 彼の力はあなた様とは天と地ほどもあるのです、連れて行ったところで足手纏いになるか何処かを守ることが関の山です! 彼よりも強い戦士は帝国や他国からも派遣されますゆえ必要ないかと」
親友を平然と馬鹿にする神官にアルフが握りこぶしを作る……それは誰がどう見ても神官を殴り飛ばす為のものだ。
「いや神官様の言うとおりだ、俺の力じゃお前の足を引っ張っちまう。俺よりも強い奴はいくらでもいるんだろ? ならその人達と頑張って来いよ、そうすればお前が無事に帰ってこれるさ」
神官を殴り飛ばす為に作られた握りこぶしは震えながら開かれた手は精一杯の笑顔を作ると槍を手に背を向けそのまま立ち去るバルドの背中には届かない、後日街の人達にアルフは勇者として旅立っていくが親友であるバルドは見送りにも表れない。
「アルフ……バルドからの伝言があるの」
「本当?」
「アイツね『俺は怖いんだ、外の世界が怖いんだ』って言ったの、私には判らなかった」
アルフの恋人であるリーナの言葉にアルフは何かを確信したのか、それまでの暗かった空気は消えいつもの明るく頼れる街一番の戦士の輝きを取り戻した笑顔はとても晴れやかだった。
小さく何かをつぶやいたがそれは見送りの喧騒に消え二人の間に何があったかは当人たちしか判らない、ただ晴れやかな笑顔と決意に満ちたその姿に街の人達はいつものアルフが帰ってきたと喜びながら見送った。
それからアルフの活躍は街にも交易隊を通して伝わる。
勇者アルフが剣聖ヴィードと共にドラゴンを打ち破る姿は吹き荒れる風よりも早く、その剣閃は一瞬のきらめきは火花よりも速く首を跳ね飛ばした。
「どうして衛兵隊を援護しなかった! お前の実力があれば怪我人もなくあいつ等を全滅されられたんだぞ!」
「みんな向こうに行ってるせいでこっちが手薄になってたから、もし何かあったら怖いじゃないか」
「魔物が絶壁のこっちを通れる訳ないだろうが、アルフがいなくなってからどうしちまったんだよ!」
そんな活躍が伝わるとき街では衛兵隊がゴブリンの群れを殲滅し、バルドは街を囲う防壁の上から全く別方向の山間を眺めていた。
「……魔物【は】な」
バルドに怒りをぶつけていた衛兵隊員はいない、その呟きが意味するものを理解するものはバルド本人以外もういない。
勇者アルフが大魔導士マーリンと四天王を打ち破った時、二人の魔法が天を覆いつくす暗雲を払い、魔術によって呼び出された太陽の滴が彼等を焼き払った。
「おいおいあいつ等弱すぎるだろ」
「どっかの勇者様にも出番を与えないなんて、俺達は優秀だよな」
オークの群れと彼らに率いられたブラッドウルフの群れが防壁からの矢と魔法の攻撃であっさりと撃退してしまったので門を守っていたバルドの出番はなかった。
「……オークはともかくウルフが壁攻めをしてきてるなんて怖いな」
バルドの視線はもう動かない死骸から使える部分を回収する人達よりも遠くを見ていることに誰も気づかない。
勇者アルフが聖女ルーナと魔王の腹心を名乗る死霊使いを消滅させた、その輝きは呼び出された無数の死霊を打ち払うだけでなく、救済された死霊が勇者たちの味方となり道を斬り開いた。
既に魔王城は目の前となり決戦が行われるという知らせに街の人々は平和の訪れを予期して細やかな宴を開いた、そこには街の守りの為に雇われた冒険者と呼ばれる傭兵達の姿もある。
「クメールが戻ってきてくれるなんてあたしゃ嬉しいよほんとに」
「実は母さんに報告があってね、アルフの坊やが魔王討伐を済ませて平和になったら彼女と結婚して安定した生活を送るつもりなんだ」
「本当かい! ここいらの治安維持に協力してくれるなら大助かりだよ!」
「でもこの街には勇者に選ばれたバルドの坊やがいるんだからそんな心配はいらないだろう?」
「あぁあの子はダメだよ、アルフがいなくなってから覇気はなくなるしいつもどっか変なところを見てるし、この間も門の警備をさせてたら他の子達が倒してしまって仕事をせずにすんじまったよ……他にもねぇ」
そんな話が街のいたるところでされている最中にバルドは自宅のベットで街の喧騒など知ったことではないとばかりに眠っていた。
そして勇者が多くの仲間達と決戦を始めた時、三メートルはあろう巨体に立派な鎧をまとい片手にはその身の丈はあろう巨剣を背に携えたオーガが陣頭に立ち、その後ろには配下と思われる魔物達が布陣していた。
街から放たれた矢と魔法はオーガの一喝によって撃ち落とされ、配下のオーガやオークは立派な武具を携えており今まで撃退してきた魔物達とは別格の存在を目の当たりにして街の人達は絶望していた。
衛兵隊も傭兵として雇われている冒険者達もオーガの一喝によって動くことが出来ない、ただ武器を構えて威嚇している置物同然のありさまに相手の魔物達は自分達の優位を信じて嗤っている。
「おいおい勇者の故郷なんだろ? さぞ警備が厳重かと思ったらこのありさまなんてハラワタがねじ切れて死んじまいそうだぜ、あぁそれともそれが作戦だってなら合格だぞ、すきっ腹に人間は格別だからな」
「それは困る、そんな怖いことはやめてもらわないと困るんだが」
「おいおい誰かと思えば噂に聞く臆病すぎる勇者様のご登場ときた、オークやゴブリンとの戦いでも戦わなかった臆病者がこの将軍である俺様と戦おうってか? お前は忌々しいあの勇者よりもはるかに弱いんだろ」
荘厳な装備と聖剣を携えていると謳われるアルフに対してバルドの装備はいつもの防寒着一式と愛用の槍が一本だけでとてもではないが威厳や強さを思わすような要素は一つもない。
ましてやオーガと比べれば全てが劣っていてるだけに、人間側からも弱いから逃げろといった言葉が飛び出し、魔物側があまりの貧相な身なりにドッと嗤い出していて雪が残ってれば雪崩が起きないか心配なほどである。
バルドは何も言わず槍を構えて走り出すがその動きは遅く、正確さもなく、誰が見ても殺されに行くような足取りだ。
(なんで将軍たる俺様がこんな僻地に飛ばされるんだ、四天王のようにあの勇者と戦うならまだしもどう見ても弱いあんな勇者モドキと戦わないといけないんだ……使い捨てにもならない雑魚共の相手すら出来ないような奴と)
将軍は身の丈ほどある巨剣を鞘から引き抜く、策略とはいえどうしようもない雑魚共の相手をさせられ、魔族の命運を賭けた決戦というここ一番に魔王の傍にいられない自分の境遇を嘆いた。
ため息がこぼれ、目をつむっても勝てるような足取りをする噂に違わないどうしようもない雑魚を消したあとのことを考えたが、目の前を見ようとしない将軍に二度目もこの後のなどない。
感じたのは痛みと熱。
静まり返る世界にふと目を開く。
「本当に怖かったよ、どうしようかと何度も、何日も悩んだけど、お前が俺より弱くて本当に助かったよ」
将軍の心臓をバルドの槍が貫いている、将軍が目を閉じていた時はまだ距離もあり足取りから見ても詰められるようなものではなかったはずだと誰もが思っていた。
ため息をついて、目を閉じて、剣を抜くために片腕を回した瞬間にバルドは勇者としての力を開放し槍を矢に、地面を弓に、足を弦として将軍の心臓目がけて全てを込めた一撃を放った結果の呆気ない勝利。
槍を引き抜くと噴き出した血が真っ白な防寒着を染め、矛先についた血と油を払い落とす為に槍を器用に回す姿は先程までの弱いとしか思えなかった姿とはかけ離れている、誰もが同一人物だとは思えずにいる。
「確かに俺はアルフに比べたら弱いが……それがお前より弱いなんて誰が保証したんだろうな?」
「お…まっ……まさか全部……だと」
「俺は戦えなかった訳じゃない、戦わなかっただけだ。それに街の皆が強いおかげで力を奮う必要もなかった、それでもお前のような強い魔物のことを考えると怖くて仕方なかったんだよ……この程度の力で撃退出来る奴で済むのかってさ」
親友が旅立ったその日からバルドの毎日は恐怖の連続に支配された。
弱い魔物を倒すにつれて自分達は強いと驕り酔っていく衛兵隊の慢心に、帝国の僻地なのに大量の魔物が襲撃してきているという現実の恐ろしさに気付かない街の雰囲気に、街に帰ってくる人達が本当に味方かどうか悩む日々に。
「俺の力は弱くて世界なんて守れない……色んな国とか人のいる世界なんて守れないけど」
もう事切れた将軍の身体は横たわりそれを踏み越えてバルドは槍に魔物達の陣地へとゆっくりと近づいていくにつれて、魔物達は彼をおぞましい何かとようやく理解したのか怯えていく。
「俺達の街と皆は守れる、アイツの世界を守れる! この小さな世界を守ることに全てを賭けられるのだから!」
特に身なりの良いオークの身体が槍で貫かれ、小さなゴブリンが頑丈な槍の柄で薙ぎ払い、斬りかかるオーガの顔を炎の魔法で焼き尽す。
肉が焼ける匂いが広がり負傷した者たちの恐怖の叫びが戦ってもいない者たちに勇者という暴力が降臨したと証明し勇者の恐ろしさを知るものは既に我先にと逃げ出していく。
「さぁ来い! もう恐れるものはない……俺は【臆病者】じゃなく【勇者】として立ち向かってやる!」
バルドは勇者として君臨する。
たった一人で群がる魔物を次々と薙ぎ、焼き、討ち果たしていくその姿はこの街の人達しか知らない小さな勇者の勇姿。
白い防寒着は血と灰で薄汚れ槍は役目を果たすとばかりに矛先は血と油で穢れていくその姿を馬鹿にするものはいない、バルドは間違いなく勇者であると誰もが認めたるに値する働きをするのだから。
全てを打ち払い追い払い街に戻ってきたとき、街の人々は感謝と共に謝罪の言葉を並べ汚れだらけになった手を取りその身体を抱きしめた。
そしてその数日後に勇者アルフが魔王を打倒したと発表され世界は感激に震える。
魔王を討ち果たし世界を救った勇者は恩賞として故郷での平和で静かな生活を望み三ヶ月後には街への帰還を果たすと恋人と街総出の挙式を挙げそれから一人の町人として静かな生活を始めバルドもそれからしばらくしてとある女性と挙式を挙げ、アルフとは家族ぐるみの生活をしていく。
「なぁバルド」
「うん?」
「街の皆を、リーナを、【世界】を守ってくれてありがとな」
「そういうお前は本当に【世界】を救ってくれてありがとうよ」
後に教皇に上り詰めたあの時の口の悪い神官は語る。
「人々は御二人を勇者と呼ぶが、本来は世界の守護者とよばれるべきです。故に勇者アルフは間違いなく世界を救うものでした……ですが勇者バルドは世界を救うにはあまりにも弱い力しか授けられなかった
ではこれは間違いか?いえ、神が力を授けることに間違いはありません。では何のために勇者バルドの力はあるのか、それは彼等の世界を守る為に与えられたもの、彼等の故郷であり恋人であり家族であり日常を守るものなのです
本来であればあの街で一生を終えたであろう当人たちにとっての世界は故郷の街でありそれ以上の広さなど持ち得てはいなかったでしょうしそれが普通というもの、その世界を押し広げるものが勇者バルドの役目
彼が自分の力を理解し街に留まったとき、勇者アルフは街という世界を守る為により大きな世界を守らねばならなくなるとともに誰よりも信頼できる世界の守護者を配置することが出来たのです
それは迷いを打ち払い、躊躇いを打ち破り、勇者や広大な世界という重荷を背負うに足る強い芯となって勇者アルフの足取りを確かなものとし、勇者という強大な力から生まれる恐怖の闇を掻き消す光となった
帰るべき日々こそ勇者たる彼等の守るべき世界だったのです」
女王となった聖女は語る。
「多くの者達が勇者を留めず故郷に帰した私を責めました、ですが私はともに旅をしたからこそ彼を帰したのです
彼は確かに強い存在ですがそれは武力としてのものであって魔王亡き後のものとしては不十分なもの、加え世界を破壊する魔王に首輪をつけられるものなど存在はしない、彼こそが最強なのですから
多くの家臣は褒賞や貴族階級などを与えればなびくなどと笑っていましたが、それこそ私にとっては嗤える言い草です、私たちの住む貴族社会や豪華絢爛な世界が彼を受け入れても彼がそれを受け入れるかは判らないのですのに?
どこかの馬鹿のやらかしを勇者バルドという守護者のおかげで事なきを得ましたが……もし街が悲惨なことになったのが私たちの権力闘争の末路だと知れば彼は命の全てを持って新たな破壊者となるのは明白
なぜなら【私達が故郷という世界を破壊した魔王となる】のですから復讐をしてくるのは当然でしょう?特にアルフには神の加護がある以上は世界の破壊者に対するあらゆる理不尽な幸運と力を発揮するのだから隠し通せるわけがない
だから私は彼を故郷に帰した……それによって私は理解ある戦友であり女王として彼等の心に楔を打ち込める、その楔はこの王国たる私の窮地となれば駆けつけてくれる人情の鎖と首輪と化す
私という担い手の窮地に現れる最強の剣と最高の槍を私は手にした、手元になくともあらゆる脅威を抑止する力を手に入れるのに比べれば多少の非難など安いものですわ」
世界はこうして守られ二人の在り方は後に美談として語られる。
強き者と弱き者・勇敢なる者と臆病なる者の支え合いと信頼の物語は、後の世に友情や信頼を尊ぶものとして。
当人たちが聞けばいささか話が誇張され過ぎていると苦笑いとしてしまうほどに、多くの者たちの手によって語り継がれていった。
もし最後まで読んでくださった方がいたら拙い作品ですが
読んでくださりありがとうございます




