愛されまくってるけど、相変わらずメンヘラです
私、六条ユキナには恋人が3人いる。
おっと、浮気女だ、節操のない女だ、ビッチだというのはちょっと待ってくれ。全部話を聞いてからなおそう思うなら甘んじてその言葉を受け止めて200キロ豪速球で返そう。とりあえず売られた喧嘩は片っ端から大セールで買う女なのだ。
ただ私の恋人形態が一般的なカップルと違うことはわかっている、まず第一に、何が違うかというと、
恋人たちはみんな、自分以外の恋人がいることを知っているのだ。
「あ、ユキナー!こっちー!」
「サキーっ、遅れてごめんねえ」
はいった店舗のカジュアルなバルは最近人気なスポットで、それに金曜の夜ということもあり混雑していた。
けれど待ち合わせしていたサキが声をかけてくれたおかげで迷わずそちらに向かう。彼女は大学時代からの友人で、お互い社会人になって3年たってもこうしてたまに食事や飲み会を行っている。
「ぜんぜーん。待ってないよー。ところで、そちらが聞いてた彼氏さん?」
サキは茶髪のボブカットをふわふわ揺らしながら小首を傾げる。そして私の隣に立っているシンイチに笑顔を向けた。
シンイチは青色の綿シャツにチノパンというラフな格好だ。いつもと特に変わらない。ちなみに私はオフショルダーのボーダーのトップスに黒のタイトのスカート。久々の飲み会ということですこし気合をいれている。
「どうも、神崎シンイチです。はじめまして。サキさんのことはいつもお話聞いてました」
「うおーこれはイケメンだあー。ちょっとユキナ、私の変な話したんじゃないでしょうねえ」
「え、大学時代に男3人を飲みで潰して最後まで生き残った話とか?」
冗談めいていうと軽くサキから小突かれる。ばか、と言われながらもこのネタは鉄板の話なので互いにそこまで気にしていない。
席は6人掛けのところをとっていてもらっていた。サキは一番奥に座っていて、その前に私が、私の横にシンイチが座る。
「いやーやっとユキナの彼氏さんに会えるって聞けてうれしかったよー。昔色々大変だったしさあ、ユキナ。でもなんでわざわざこんな大きなテーブルなの?誰かあとからくるの?わたしに紹介してくれる男とか?」
「まあーそれはあとでわかるよ。とりあえず最初はビールでおっけー?」
「もちろん。あ、シンイチさんは?」
「僕もビールで大丈夫です」
「とりあえずビール」派が3人いると楽だ。ささっと運び込まれたビールを互いに持って、「かんぱーい」と高らかにグラスを合わせる。
「ユキナさん、この鴨の香草焼きおいしそうじゃないですか?頼みます?」
「う。確かに。でも横腹が最近きになる身としてはなあ…」
「ユキナさんは十分綺麗ですから、そんなこと気にする必要ないですよ」
「ちょ、私をおいてさらっとラブラブモードにはいらないでよう」
「あ、ごめんごめん。シンイチのこれはいつものことだからさあ」
「ユキナさんはいつだって綺麗で可愛らしいですよ」
真顔で私を見てくるシンイチに呆れたように「ハイハイありがとう」と返す。シンイチの場合はこれが毎回だから、自分でも自分の顔は平均並みとわかっていながらも慣れてしまった。
「でもいいなあ、さらっと綺麗ーとかいってくれるひととか。いい人つかまえたじゃん、ユキナ」
「まあでも年下で、大学院生だからね、そんな遊んだりとかできないよ」
「そうなんです、僕には愛があってもお金がないんですよね」
「なにそれ、それはそれでかわいいじゃーん。愛があればじゅうぶんでしょー」
「いえいえ、大事なことですよ。ですから、お金は別に担当がいるんです」
「え?」
「お、見つけたぜマイスイートハート!」
サキが戸惑ったちょうどその時、テーブルの横に人がやってきた。私はビールを一口飲んでその人物を見上げる。
「あ、ショータ。思ったよりはやかったね」
「そりゃあユキナの親友に会えるっていうなら仕事も速攻で終わらすってもんだよ」
「ショータさん、おしぼりどうぞ」
バタバタと入ってきたショータはシンイチからおしぼりを受け取りながらサキの横、私の斜め前に座った。いつもきている黒ジャケットに中は何かのモンスターのようなイラストがかかれているシャツ。カジュアルシックな装いはシンイチ同様いつもと変わらない格好だ。
「ええっと、ユキナとシンイチさんのおしり、あい?」
急にやってきた追加人員にサキが少したじろいでる。しかもショータはわりとウェイウェイ系に見えるため簡単についていけないのも頷ける。
ショータはすぐにやってきたカクテル(ショータは意外とビールよりもカクテルが好きだ。ちなみに今頼んだのはテキーラサンライズ。ウェイウェイ)をあげながら軽快に笑う。
「知り合いも何も、俺はユキナの第二夫人の恋人ですよ、んじゃかんぱーい」
私とシンイチは「かんぱーい」に合わせられたが、サキは絶賛戸惑い中でグラスを持ったまま「かんぱーい」に合わせられなかったようだ。
「え、え?ユキナの恋人?それは、その、このシンイチくんじゃないの?え、なこれ修羅場現場?」
「いえ修羅場なんかじゃありませんよ。お互い仲良しですよ。僕が一応ユキナさんの第一恋人で、ショータさんがお金担当の第二恋人なんです」
「お金担当とか味気ないなあ、おい。まあ本当のことだけど。あ、サキさん、今日の会計は全部俺が出すんで何も気にせず好きなもん頼んでくださいね。シャンパンのボトルでもいれちゃいます?」
「え何それ飲みたいってそうじゃなくてちょっとまって整理させて、二人ともがユキナの恋人ってことでいいの?」
「うん、そうだよーシンイチもショータも私の恋人だよー」
「それって二股してるってことじゃないの!?」
「いや、二股とは違いますよ、サキさん」
「うん、二股ではないな、サキさん」
身を乗り出さんばかりにしているサキを尻目に男二人は腕を組みながらゆうゆうとしている。変なところでポーズが似るのがいちいち面白いひとたちだ。
「まず、第一恋人はシンイチくんなんだ。で、おれはシンイチくんの公認の第二夫人ってわけ。平安時代にもあったでしょ、なんとかの中宮とか桐壺の更衣とか。そんな感じ」
「えー……つまりそれって、逆ハーレム、ってこと?」
「あんまり好きな言い方じゃないけど、そういうことになるねえ」
私はビールを飲み干しておかわりを頼む。届いてきたタコのカルパッチョは美味しそうだが、サキはまだ食べられる状態じゃないらしいから、私が先にとってしまう。うん美味しい。
「あー……なんでユキナがずっと彼氏のことぼかして話してたのかようやくわかった。こういう事情だったのか」
「そうなんだよねえ。彼氏紹介してっていわれてはいたけど、『どれよ』って感じだったんだわ。でもちょうどまあ全員と半年くらいたったから一斉にご紹介しようかなあ、と」
「一斉に…て、あれ?これで終わりだったら4人テーブルでいいよね?それが6人がけってことは…」
「はは、なにいってんのーちがうよー」
「だ、だよね!まさかあと二人くるとかじゃ」
「あと一人だよー」
「結局くるのかい!」
ガクッとサキが崩れ落ちた。私は白レバーのパテを食べる。うん美味しい。
「お、ちょうどきたみたいだぜ。ソウジ、こっちだ」
「ソウジー!相変わらず顔色悪いよー」
「……ゆうべ、作品作りであんまり寝てないんだ。モルガンロック、ひとつ」
店員におしぼりをもらいながら注文をもらい、彼はショータの横についた。黒のフードパーカーにグレーにシャツにグレーのスラックス。相変わらずのモノトーン具合と、相変わらずの顔の青白さだ。
「サキ、これが最後のソウジだよ」
「…ども、ソウジです」
「あ、はい、サキです。どうも。ええっと…ソウジくんは何恋人なの?」
「第三恋人で、メディア担当って感じかな」
ソウジは自分からまあり話さないのでショータがそれをカバーする。しかし相変わらずメディア担当ってなんだ。
「え、三なのは流れからしてわかるけどメディア担当ってなに?」
うん、そこつっこむよね。
「…俺は映像クリエイターで、ユキナは俺のミューズだ」
「え?みゅ、みゅーず?女神ってこと?」
「そう。俺のクリエイティブの源泉そのもの、俺の女神だ」
「うんサキそのちんぷんかんぷんな表情、もっともだと思うよ、私もいまだにこれはよくわかってないよ」
あ、やっとサキが立ち直ったのかレバパテに手を出す。めちゃくちゃなほどの量のパテをトーストにのけってる。気持ちはわからないでもないから、そっと皿をサキの方に近づけてあげた。
「ええっと…シンイチくんと、ショータくんと、ソウジくん。これで全員ってことでいいの?」
「そうですね、僕ら3人が公認のユキナさんの恋人です」
「ちょっとシンイチ、その言い方だと非公認がいるっぽいからやめて」
「そうだそうだ、もしもそんな男がいたら4人目にするか審議しなきゃいけないんだからな」
「いやだから相手がいないっつーの」
「ユキナを自分の命より大切にしない男なら、認めない」
「やっと喋ったと思ったら物騒なこと言わないでよソウジ」
思わずため息が出そうになる。正直いって私はこの3人とそろって会うのは疲れる。それは気まずい如何の斯うのじゃなく、私自身なんでそんなに言われるかわからない礼賛の言葉が3倍になるからだ。褒められ慣れてない私には地獄に近い。
「というかなんでこんなことになったの?これうまくいってるの?ていうかなんのモテ期なの?」
「うんわたしもちょっとなんでここまでになったかはわかんないんだ。このひとたちがなんでこんなに私のことを好きなのかもいまだによくわかってない」
「それは心外ですね、ユキナさん」
「それは困ったな、いまからホテルのスイートルームとるか?ユキナ」
「ユキナ、俺の作品を今度見てみるといい」
「わかったからちょっとだけ黙ってご飯食べててもらっていい?」
無理やり三人の皿にシーザーサラダをとりわけて、押し付けて黙らせる。
「まあ…私はあんたが幸せならそれでいいんだけどさ…。でもそれうまくやれてるの?」
「うーん。まあ基本的にみんな活動時間違うから全員揃うのは月に一度か二度くらいなんだけどね。基本的には一対一で遊んだり、二人と私とか、そんなん」
「あ、みんなで遊ぶとかありなんだ」
「うん、ありあり。むしろ誰かと遊ぶ時は他のメンバーにも知らせるルール」
「なんか公平?な感じなんだね」
「まあね、第一とか第二とかいってるけど、ただたんに出会った順番みたいなもんだし。最初は一応モメたんだよ、誰かひとりにって」
「いやまあそうなるよね?それでどうしたの?」
「『じゃあ誰とも付き合わない』いったら三人で協議して、この結果になった」
私はラクレットチーズのかかった牛肉を頬張り、美味しさに頬が落ちそうになる。
「そうなんだー。じゃあいちおう三人ともそれで納得してるんだ?」
「まあ納得というか、俺たちは結局ユキナの幸せが一番なわけだし」
「そうですねえ、それで困らせたったわけではないですから」
もぐもぐとシーザーサラダを食べながらもソウジも頷く。
彼らはこんな関係だが、仲が悪いわけではない。私が忙しい時は男達三人で遊ぶこともあるらしい。タイプが全然違うこの男どもがなにをして遊んでるのかははたして謎だが。
「まあ、ほら、わたしも一時期うつ状態だったじゃん。1年前のあれでさー」
「あ…えっと、それは」
「あ、大丈夫、三人とも知ってるから。むしろそれで仲良くなった感じだし」
行儀が悪いと知りながらもフォークを持ったまま顔の前で手を振ると、サキがほっとしたような顔をする。
「そっか。そっかあ…うん、あのときユキナ大変だったもんね。それでいまがいいなら、私もいいと思う」
「でしょ、そこらへんはほんとうに感謝してる、と、い、う…か……」
不自然に声がとまってしまって、みんな私がおかしくなったことに気づく。
まずい、つくろえなかった、と思うけれど、その思考は頭の隅で少しあるだけだ。
私の思考のほとんどは、たった今店に入ってきたグループに向けられてる。
同じ会社の同僚達なのだろう、何人かのスーツ姿の男達と、オフィスカジュアルに身を包んだ女性が数人。
その中の一人から、目を離せなくなる。
『なに?俺の言うことがわからないの?だったらもういいよ、お前なんて』
『お前はいい女なんだから、俺のいってることがわかるはずだろ?ちゃんとできるだろ?』
『あいつと別れる気はないよ』
『こども?そんなん困るわ、堕してくれよ』
止まらないフラッシュバッグ。
視界が明滅する。
たった一人のその男を見ただけで、呼吸の全てが奪われる。
なんでなんでなんでなんでこんなところに。
転勤して、別の場所へいったはずなのに。
なんでなんでなんで、どうして、と思考がぐわんぐわんかき回されてる。
「ちょ、ユキナ、あれって…うわ、あんた大丈夫、ちょ、息して」
サキが私の肩を揺さぶる。それではっとして、やっと呼吸ができるようになる。
「あれが、やつか」
ぽつりとソウジが呟いた。私は何も言えなかった。
全員に話してること。
私がうつ状態になって、何度も自傷行為を繰り返す原因になった人物がいること。
私の様子を見て、それがあのグループの中の一人だとわからないはずがなかった。
「ヤってきてもいいよな?」
ショータが立ち上がる。ソウジもそれに続くようにテーブルナイフを右手に持って立ち上がろうとしてる。シンイチも拳を握りしめ、射殺さんばかりにその男を見つめてる。
サキはそれを止めようとしても、うまく声が出てないらしい。
それはサキも彼がどんな人物かしっていて、他の全員と同じく腸が煮えくりかえってるからだろう。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだからみんな、落ち着いて」
そう言いながらも私は手も膝も震えてる。血流の温度が一気に下がったように感じる。でも目だけ離せない。彼から、あの男から、目が離せない。
シンイチが心配そうに私の手を握る。私は笑って見せた。それは無理をしてじゃない。本当に、こんな情けない私を想ってくれる3人のために。
「ユキナ、つらかったら、店、でる?」
サキが心配そうに声かけてくれる。ショータとソウジは今にも殴りにかかりそうな勢いなのをシンイチが必死に手で制してる。
「だいじょうぶ、だって」
私は笑いながら親友の目を見つめる。
「ここで逃げたら、女がすたる」
すっと立ち上がって、私は歩き出した。
後ろで4人共が緊張しているのがわかる。
あの男のテーブルはやっとドリンクが届いたところなのか、こちらに気づかない。
ああ、と私は嘆息する。
変わらない、少し癖のかかった黒髪。
綺麗な横顔のラインも。
きっと一生忘れられない香りの、マルボロメンソールを吸っているのも。
「ユキナ」
誰かが後ろから呼び止めたけど、気にすることなんてできない。
全員の声だったかもしれない。だけど私は彼のほうに歩みをゆっくりと進めていく。
散々に、私を弄んだ、その男。
言葉ひとつひとつで、私の心を支配して、壊した男。
お金も愛情も尊厳も全て私から抜き出して、抜け殻になったらあっさりと捨てた男。
そいつが、目の前にいる。
誰のことも信じれなくなった私を、ひたすら「大丈夫だよ」と言ってくれたシンイチがいたから。
ベッドから抜け出せない私を無理やり引っ張り出して、病院の費用から何まで出してくれたショータがいたから。
傷ついても生きているその姿が美しいといって、描き出してくれたソウジがいたから。
たった一人の男から傷つけられた私の心は、
三人がかりでやっと立ち直せてもらったものだ。
だけど、と私は嘆息する。
三人の恋人がいるのは。
全員を平等に扱って、一緒に遊んで、暮らしていけるのは。
そんなことができるのは。
わたしはいまだにたった一人の男しか愛してないから、だ。
「−−−ひさしぶり、ね」
テーブルにあと3歩、というところで声をかける。
振り返る男。ああ、と私は嘆息する。
変わらない、少しくせのかかった髪型。
前から見ても整ったラインをしている鼻筋。
右手の薬指で煙草を挟む変わったそのくせも。
いまもいまもいまもいまも
「元気にしてた?」
愛しくて、たまらない。
「ぐうぜん、だね、ほんとうに、久しぶり」
男はすぐに声を発せられないようだった。
テーブルを見ると、彼の横に座っていたのは綺麗な女性だった。
ああ、次の犠牲者は、彼女かと、瞬間に悟る。
そして怒りと、わきだしたのは、嫉妬。
「そのひとのこと、しょうかいしてよ、ユウスケ」
みじんも思ってない言葉をつらねる。
体が自分のものじゃないくらい、熱くなっている。
懐かしさも。
愛しさも。
怖さも。
嫌悪感も。
怒りも。
嫉妬も。
私はたくさんの感情を彼に持っている。全てが爆発しそうなほど高ぶっている。
負けて泣き出して跪きたくなる。すがりたくなる。溢れ出しそうになる。
だけど、でも。
「でも、そのまえに、わたしから挨拶させてもらうね」
私には、私のことを大切に想ってくれるひとが、三人もいるから。
その三人のために、私は、かっこよく生きなきゃいけないんだ。
「−−−−−−−−−いっぺん死んどけこのクソ野郎!」
私は思いっきり全力で持っていたグラスをそいつにぶちまけた。