06 城山の行方
ジャリン、と重い鎖の鳴る音が響いた。
──痛い。
最初に感じたのは、その音と痛覚だった。
手首が異常に痛い。
ヒリヒリするとかそういうレベルではない。
骨が直接、手枷に当たっているようだった。
腕が重い。
鉄製の手枷で両手が塞がっている。
足にも枷が掛けられている。
足首はそれほど痛くはない。
いや、もちろん痛いけれど、手首に比べればまだマシだ。
うっすらと瞼を開ける。
俯いているのか、視界には紫色の、よく磨かれた石の床が見えた。
反射される光は、陽炎のように揺らめいていた。
そこに映った自分を見て、私は嘲笑する。
傷だらけの顔。
真っ白な醜い肌は血で赤く染まっている。
顔面の傷はそれほど酷くはない。
……酷くはない。他の手足に比べれば、こんなものは掠り傷同然だ。
──ああ、怠い。
「目が覚めたか、カンナ・シロヤマ」
前方から男性の声が聞こえた。
瞼を開き、首は動かさず視線だけをそちらへと向けた。
「魔王……!」
巨大な石の王座に腰掛け、肘掛けに肘をつき、手の甲で顎を支えている老人。
黒いローブを羽織り、袖や裾に文字らしき紋様が描かれた服を内に着込んでいる。
背は高く、ざっと自分の四倍くらいはある。
もちろん、自分がチビということではない。
相手が大きすぎるのだ。
再び鎖が音をたてる。
吊られている両腕が悲鳴をあげ、一筋の血が肘から滴り落ちた。
「お前は面白い力を持っている。我輩のためにそれを使ってはくれないか?」
「誰がお前なんかに──ぐぅあっ!?」
急に心臓の鼓動が早くなり、苦しくなる。
もがく私を見て、魔王は無慈悲に言葉を話す。
「答え方に気を付けろ。我輩はいつでもお前を殺すことができる。──さて」
魔王は脚を組み替えた。
恐怖が私を煽り、口をつぐませる。
「再度問おう。その力を、我輩のために使ってはくれないか?」
(くそっ……)
こうなってしまっては、もう従う他に逃げ道はなさそうだ。
私は心の中で悪態をついて、唇を噛んだ。
「……仰せのままに」
「はぁ……」
浴槽に浸かりながら、俺は一日の疲れを振りほどいた。
全く、本当に今日は災難だった。
……今ごろ、城山はどうしているだろうか。
ローブの集団。たしか、魔王の手下とか言ってたっけ。
『この娘は、我らが魔王様のために拐って行く』
あの男は確かにそう言った。
魔王──。
ヒト族と魔族の戦争において、敵方の最高位に属すると思われる、ゲームで言うならば最終ボスにあたる存在。
やつらは、それのために彼女を連れ去っていった。
これが最後の物語だとか龍の依頼みたいな名前のゲームとかでいう定番コースだと仮定するなら、魔王が城山を拐っていく理由は想像がつく。
すなわち世界征服。
そんなものでも企んでいるのだろう。
だが、これは飽くまで俺の想像にすぎない。
彼女の異世界を渡る異能を鑑みれば、魔王が欲する理由と照らし合わせれば、これが一番可能性の高いものだろう。
……だとしたら。
もしかしたら、あの魔王とここの魔王が同じではないかもしれないが、城山を欲して世界征服を企むなら、いずれにせよ、ここに来る可能性はある。
なら、何をするべきか。
答えはもう決まっている。
魔王を倒し、城山を救い出す。
その後の話はそれから考えればいいだろう。
俺はそう決めると、湯船のお湯を抜いて、浴室のカーテンを開けた。
するとそこには、トイレに起きてきたのだろう。ナツメの姿があった。
「「あ……」」
時間が制止した。
それと同時に、思考も停止した。