04 夜の来訪
校庭の案内板を確認して、俺は寮へと足を運ぶ。
寮は男女共用で、巨大なマンションのようになっていた。
……そういえば、寮のルール知らないな。門限とか、帰宅時の決まりとかあるのだろうか。
思いながら、俺は寮の門を開ける。
「あの、寮長居ますか?」
「はいはい、何かな?」
入ってすぐのところにあった受付から、白髪の幼女が出てきた。
「……えっと、寮長さん……居る?」
「……えっと、どういうこと?寮長のミーちゃんはここに居ますけど?」
えぇぇぇぇぇぇぇ……。
白髪の幼女(自称寮長のミーちゃん)は、怪訝そうに首をかしげて、その水色の瞳をこちらへと向けた。
その目はまるで、理解不能な、何か得体の知れないものを見るような目だった。
やめてくれ、俺をそんな目で見ないでくれ!
「……え、えっと、ウィリアム・マーキュライトさん、でしたっけ?ミーちゃんに何か用ですか?」
再度そう聞き返す自称ミーちゃん。
「……あ、ああ。俺、自分の部屋がどこか忘れてしまったので、確認し直してもいいですか?」
「良いよ!えーっと、ウィリアムさんの部屋は、最上階の550号室ですね」
ご、550って、部屋多すぎだろ……。
「道に迷わないでくださいね?昔、寮で迷子になって、部屋に帰ってこれなくなった人も居るみたいですから」
「え、何?ここは迷宮か何かなの?てか、寮で迷子って……」
──外から見た感じでは、そんなに複雑そうな造りにはみえなかったが……。
すると、寮長は暗い顔をして、こう返した。
「なんでも、その人は部屋に帰れなくて、道もわからず餓死してしまったらしいですよ?それで、その日からずっと、この迷宮みたいな寮を、今もさ迷い続けているんだとか」
「こえぇよ!?とんだホラーじゃねぇか!」
おいおい止めてくれよ!?俺そういうお化け系とか苦手なタイプなんだからさぁ……。
「まぁ、あくまで都市伝説みたいなものだよ。あ、でも夜中二時から三時の間は外にでない方がいいよ。何でかは知らないけど」
なんか、この話先が読めた気がする……。
俺はミーちゃんにお礼を言うと、自室へと戻った。
寮の部屋は、基本的にどこも4LDKの造りになっており、基本独り暮らしである。
独り暮らしなのに部屋数が四つもある理由は、まず儀式魔術と呼ばれるものに使用するための神殿と、その道具を色々と収納するための倉庫部屋が必要だかららしい。
俺は鞄をダイニングに下ろすと、ふぅと一息ついた。
「……さて、と。状況を整理するか」
今までは、他人に変に思われないように周りに合わせていたが、今は状況を整理する絶好のチャンスだ。
部屋の様子を見渡す。
部屋のイメージは現代日本とさほど変わらないな。変わる場所があるとすれば、テレビがない。電話がない。電子レンジも冷蔵庫もない。というか、電子機器が一切ない。
照明は何か黄色いキューブみたいなやつが宙に浮いていて、それが部屋を照らしている。
キッチンにはガスコンロっぽいものはある。釜戸もある。下は薪じゃなくて、照明とは別の赤いキューブだ。光ってはいないが、おそらくこれが薪の代わりなんだろう。
──たぶん、燃料は魔力だな。
部屋の壁は木製で、ざらついた触感の白い壁紙が張られている。
家具のデザインは、角が丸いシンプルな作りになっている。
ダイニングとキッチンを見終えた俺は、次に浴室へと向かった。
浴室とトイレは一緒になっていた。
トイレは水洗式だった。
脱衣場と洗面所が同じ部屋にあり、そこから浴室へと直結する形になっている。
浴室とトイレの間には、防水加工の施されてあるカーテンでしきられており、トイレから浴室が丸見えだった。
脱衣場には洗濯機と棚が置かれていた。
棚の中身は、タオル類、石鹸、洗剤等。他には下着類に部屋着が数着。
服のデザインは、ほとんど裾の長い物に、長めの厚地のズボンだった。
多分冬服だろう。
さて、次は部屋だな。
神殿は、これといった特徴はなかった。
強いて言えば、何もない部屋だった。
倉庫部屋には、いろいろな祭壇や柱、何かしらの植物とかロープとかがあった。
「うわ、何だこれ……」
棚の引き出しを開けてみると、何かの骨みたいなものが丁寧に保管されていた。
箱には、電気ネズミの頭骨とラベルが貼られてある。
──電気ネズミってピカ●ュウかよ。
てか、思ったよりでかいな、電気ネズミの頭。
2リットル入りの水筒並みはあるぞ……。
物を、元々あった場所に戻して、俺は書斎へと移動した。
ずらりと並ぶ本棚には、みっしりと本が敷き詰められていた。
入りきらずに、床に転がっているものもある。
「うわぁ……全部魔導書だぞ、これ」
感嘆の息を吐きながら、目についたものからパラパラと捲っていく。
儀式魔術入門、神との合一、錬金術、自然哲学実践編、降霊術、召喚魔法、喚起魔術……。
ヤバい。オカルトなやつばっかりだ。まともな物が全く見当たらない。
いや、この世界には本当に魔法があるんだし、オカルトとは言えないか。
俺は一息つくと、その場に座り込んだ。
「現時点でわかることは、兎に角俺は、こういう異世界へ転生と転移が組合わさったような、なんか変な事象にぶつかったってことだけだよな……」
この世界の俺に関しては、まだよくわからないが。
──変な気分だ。
なぜこうなったのかは、よくわからない。
前世の記憶も、今となっては少し曖昧になってきた。
例えるなら、夢を見ている感覚に近い。
明晰夢ではなく、単なる夢。
俺は寝転がって、天井を仰いだ。
うず高く積まれた本には、一部埃の被っているものまである。
天井をくるくると回る黄色いキューブは、夜の書斎を明るく照らしていた。
俺は、城山を助けるために死んだ。
彼女を助けるために、俺はあの組織へと乗り込んだ。
力及ばず、俺は彼女の目の前で突き落とされ、殺され、死んだ。
……たぶん、俺は死んだんだ。
実感がわかない。
ここが死後の世界なのか、転生先の異世界なのか。
城山はどうなったのか。
今となっては水の泡。考えたって仕方のないことだった。
しかし、その事が頭の片隅に引っ掛かって、頭の中がもやもやする。
──コンコンコン。
不意に、玄関の扉を叩く音があった。
「!?」
もしかして、さっき寮長が言ってた幽霊か!?
……いやいやいや。冷静に考えろ。
ミーちゃんが言ってたじゃないか。あれは都市伝説だって。
再び、ノックが鳴る。
「おい、いないのかウィリアム?」
な、なんだナツメ先生か。
よかった、安心した。
だよな、幽霊なんて居るはず無いよな。
「今出ます!」
俺はそう返事をすると、玄関へと向かった。