33 幕開けて、漸くの承
転生魔王の墜落詩 第二章 鯨行の信徒 開幕!
……あ、因みに鯨行は私の造語で、威嚇しながら歩く様、という意味です。言ったらアレですね。こう、ガタイのいいいかにも強そうなデカイキャラが、堂々と町中を歩いていたら、町人たちが何となく後ずさって道を避けていく、みたいな。あのときの歩いている主体の様を、鯨行と表現してみました。
この体の所有者だった彼を滅した後、俺は神路ことウィリアム・マーキュライトを気絶させて、ステージの下へと飛び降りた。
「待て!」
「チッ」
何という名前だったかは忘れたが、先ほどステージ上で対戦をしていた二人が、俺を拘束せんと走ってくる。
「眠りの蕀!」
小さな火の玉や石の槍を魔法で連続で飛ばしてくる二人に、俺は魔法を放つ。
幸い、この体のステータスレベルは4と前の体より二倍近く強くなっていたため、問題なく発動した。
「「なっ!?」」
地面からやや細めの、浅い紫色の蕀が音もなく生え出し、二人の体に絡み付く。
そしてそれの効果によって、二人は深い眠りへと誘われて行く。
俺は力が抜けていくことを見届けもせずに、選手用の待機室がある部屋へと走っていく。
「来たね、エヴュラ」
「あぁ。プラン変更だな。姐さんの言ってた通り種植えは功を成したぜ」
俺は完全無敗の女王に彼を引き渡すと、次の仕事に行ってくると言って、その場をあとにした。
ここは……どこだ?
半分だけ覚醒した脳ミソで、周囲の状況をおぼろながらに理解していく。
頭の下の芝生の感覚。ほほを撫でるそよ風に、心地いいくらいの太陽の熱。
まるで柔らかい光が体を包み込んでいるようだ。
目を開けると、青い空が広がっていた。
転々と浮かぶ雲は右から左へと流れていき、素性に繁る木葉は、顔面にその影を落としている。
「……」
途方もない幸せに包まれているような気がして、俺は寝返りを打った。
「ほらね?言った通りだったでしょ」
「……あぁ、そうだな」
芝生に頭を預けてこちらに微笑む、懐かしい赤い瞳を見つめながら、俺は今までのアレは夢だったのではないかと信じたくなる。
涙が目尻からこぼれ落ち、やがていつの間にか、俺は涙を流して、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「城山……」
「なぁに、神路君?」
微笑みながら、相槌をうつ綺麗な、陶磁器のような肌で、彼女は俺の涙をぬぐった。
あぁ。これは俺が、いつしか夢に見た出来事だ……。
それが今、こうして実現している。
今までの出来事はすべて悪夢で、彼女がいたずらでそんな世界を見せていただけなのかもしれない……。
「……俺、夢を見ていたんだ。とても、とても長くて怖い夢を」
「今も見てるよ、その夢」
「え」
瞬間、たちまちそれは、悪魔の形相へと変わって行く。
魂が抜け落ちたような、痩せこけて感情がなくなった、あの城山の顔が消えてなくなっていく。
「嘘……だろ?嘘だって言ってくれ!」
青々と萌えていたと思っていた芝生は、燃え盛る野原へと変わり。
寝そべっていた丘の向こうに見えた大きなお城は、禍々しく姿を変えて行く。
離れていく彼女を追いかけようとして、俺は手を伸ばす。足を伸ばす。
けれどもそれには追い付かず、そしてやがて世界は暗転した。
それから俺は、孤独を知った。
長い孤独を感じた。
絶望を感じた。
目玉をかきむしりたいほどの拒絶に駆られ、俺の手は次第に眼球へと迫る。
そして追に、その声が聞こえたんだ。
──あぁ、我輩はふつくしいものが大好きなのだ、と。
ガバリ、と勢いよく上体を起こした。
パチパチという焚き火の音と共に、微かな鈴虫のような鳴き声が聞こえてくる。
辺りは暗く、木に囲まれていることだけは理解できた。
「あ、リオンさん。起きたみたいっすよ?」
綺麗な、細い、とても男性とは思えないような男声が耳を打った。
声のする方向へ顔を向けると、そこにはリオン・クルスと、見覚えのない美少年が焚き火を囲っていた。
「あ、本当だ。気分はどう?キミ、すっごいうなされてたけど。お陰でここまで運んでくるのに手間かかっちゃったよ」
「……はぁ、すみません」
何の事かわからないので、とりあえず謝っておく。
……一体、何が起きているんだ?
「あ、そういえば──痛っ!?」
「あー、あんまり大声出さない方がいいよ。言うの忘れてたけど。キミ、結構な間気絶していたからね~」
気絶?
「とりあえずこれ飲みなよ」
そう言って元生徒会長は、木製のコップに紫色の液体を注いで俺の方へと美少年を介して運んでくる。
「あ、ありがとうございます」
ホットミルクのような香りに、少しドロドロとした質感の液体。
いったい、これはなんなんだろう?
そう思いながら、一口それを啜ってみる。
【電気ネズミの乳】
それを一口含んだ瞬間、アーカイヴスが遅れて起動し、その液体の正体を明かした。
「ぶふっ!?」
「あ、ちょっと!?」
「だ、大丈夫っすか!?」
いきなり何てものを飲ませるんだよ!?
俺は変なところに入った電気ネズミの乳に噎せながら、袖口で口元の液体を拭う。
「あ……いえ、その。スミマセン」
俺は水系統の魔法で服を浄化させると、あわてて雑巾を用意してきた二人に制止をかけた。
まったく……。なんだよ電気ネズミの乳って。
……そういえば、寮の俺の部屋の倉庫に電気ネズミの頭骨ってあった気がする。
確か二リットル入りの水筒くらいはなかったっけ?それくらいでかかった気がする。
「……すごいっす!詠唱も無しに魔法を使えるんすか!?」
そんなことを思い返していると、美少年がそんな風にはしゃいで尋ねてきた。
「まぁな……」
魔力が体を廻る感覚とか、その性質とか色々知っていれば、別に詠唱なんて必要ない。
そもそもあれは、イメージを定着させるためのものなんだし。
それに、魔法名だけ唱えるのも、それもおかしいとか最初に気づかなかったのだろうか?
思い返してみれば、ナツメ先生は詠唱していなかった気がするんだけど。
「いいっすねぇ。俺も無詠唱やってみたいっす!」
「ナツメ先生も詠唱していなかった気がするんだけど」
「あ~。あの人は特殊っすからねぇ」
「特殊?」
確かに、彼女の名前は日本人ぽいし、髪型も顔の作りも東洋系のそれだ。日本人形みたいな姿形に、あの背伸びしたような口調。
姿形を除けば、特殊なところなんてどこにもない。
つまり特殊が指す意味合いはその容姿にあると推測される。
……つまり、どういうことかはさっぱりわからんのね。
「まぁ、それはともかくとして。ウィリアム君、腹がすかない?丁度電気ネズミの肉が焼けてきたところだけど」
ネズミ食うとか、どうかしてるんじゃねぇのか?
……とはいえは、腹が減っているのもまた避けられぬ事実。
ここは、郷に入っては郷に従えの精神だな……。
「ありがとうございます」
そう言うと、俺は彼女から串刺しにされた肉厚のものを受け取った。
……そういえば、電気ネズミってどういう仕組みで電気作ってるんだろ?
【電気ネズミの発電の仕組み:
電気ネズミの発電器官は、筋肉の細胞が発電板に変化したものである。
数万個の発電板が並んだ発電器官は体長の三分の二ほどあり、後半身はほとんど発電器官であると言ってよい。
この発電器官は頭側がプラス極、尾側がマイナス極になっている。
発電する電圧は0.15Vほどであるが、数万個の発電板が一斉に発電することにより、最大電圧6000~8000Vほど、最大電流は10Aにも達する強力な電気を発生させることができる。
ただし、この電圧は10000分の1秒程しか持続しない。
しかし電気ネズミは、もっと弱い電流の電場を作ることもでき、弱い電場を作ることにより、暗い森の中でも狩りをすることができる。
電気ネズミは、その強力な電気を使って狩りをする。
中にはその電気を放出させ、中距離からレーザーガンのようなものを発射できる個体も確認されており、近づくのは非常に危険である。
発電するには、筋肉を動かすことと同じく、神経から指令を受け、ATPを消費する。
そのため、疲れたり老いたりしている個体は、極希ではあるが、発電できない場合もある。
またそれは、完全に疲労した状態まで追い込めば、比較的安全にハンティングすることが可能ということでもある。
これによって勘違いする人間もいるが、この発電は科学的現象であるため、魔法には分類されていない。
なお、発電する際、若干ながら電気ネズミ自身も感電しており、しかし体内に豊富に蓄えられた脂肪組織が絶縁体の役割を果たすため、自ら感電死することはない】
うわ、長っ!?
ていうか、ここは魔法じゃないんだな。
魔法ありありの世界だから、てっきり魔法で何とかしているのかと思ったけど……。
(案外、ちゃんとしてるんだな)
そう思いながら、俺はその肉にかぶりついた。
「どうっすか?俺が捕まえたんすよ。水蒸気爆発を使って自爆させて捕るって手法で、言ってみれば電気ショック漁法の逆バージョンみたいなものっすね」
「へぇ、水蒸気爆発か……」
水蒸気爆発。
水が非常に高い温度と接触することにより、気化されて発生する爆発現象のこと。
なるほど、それなら電撃云々は関係なく蹴散らせるってことか……。
おまけに、発生した水が絶縁体の役割を果たして、危険な電流の散布を妨げた。
「でもまぁ、そのお陰でバラッバラになって、あとでかき集めるのが大変だったんだけどね」
肩をすくめて、苦笑いを浮かべるリオン・クルスに、俺もあははと苦笑いを返した。
恥ずかしそうに後頭部に手を持っていくその美少年に、俺はそう言えばと話を振る。
「そういえば、俺はどうしてこんなところに運ばれてきたんだ?」
確か、目の前でエヴュラが撃たれて、それから……。
……俺はあの男に撃たれたんだよな?
「それについては、わっちから説明しようかの。のぅ、若造?」
ガサガサ、と後ろの方で茂みを掻き分ける音が響き、そこから現れたのは、一人の金髪の妖狐だった。




