32 金眼の悪魔
「くそっ!」
悪態を吐いて、俺はようやく現実逃避から目が覚める。
──パァン!ガキン!
次弾がベンチの背に当たり、跳弾する音が耳に響く。
「な、何が起こってるデスか!?」
外の喧騒にようやく脳が再起動したのか、マフユは口早にそう捲し立ててくる。
「知らんが、誰かが拳銃持って暴れだしたみたいだ」
「け、ケンジュウ!?……あれ、ケンジュウってナンデシタッケ?」
思わず彼女のボケに吹き出しそうになるが、緊急事態なのでスルーしておくことにする。
閑話休題。
それにしても、狙いはエヴュラ……じゃないみたいだな……。となると、狙いはケイか?
エヴュラが気づかれたとか何とか言っていた気がするが……。
いや、考えるのは後だ。
俺は、喧騒の隙間から、こちらに向かってコツコツと歩み寄る足音に気がついた。
さて、どうする?いつもみたいにあの黒い奴でなんとかなるか?でも、失敗したらどうする?武器なんてないぞ……。ましてや、ケイを使うなんて、到底考えられない……。
よし、プランは決まった!
まずは黒い奴で拘束する!無理だったら二人を脇に抱えて全力疾走で逃げる!
よし、これで行こう!
これなら行けるはずだ!
「……」
やっべ、怖くてチビりそう。
今までは相手が魔物だったからそんなに怖くなかったけど、拳銃となると前世での怖いってイメージを引きずってるもんだから、どうしようもねぇなぁ。
そんなことをしている間にも、足音はこちらへと迫ってくる。
(あーーっ!もう!どうにでもなれやい!)
俺は震える足を無理矢理に動かして、姿勢を整える。
そして、黒い奴を使って相手の背後から首に巻き付き、締め上げる!
「うぐっ!?」
よっしゃ!手応えあり!
危ないからついでに両手も拘束して、拳銃を取り上げる。
「ふぅ、なんとかなった……」
俺はそう確信して、ベンチの陰から体を出した。
──バギン!
「!?」
しかし、次の瞬間。
俺は意識を失っていた。
居た。あの男だ。
俺は三列前の席に腰を掛ける金髪の男を確認すると、その懐から一丁の拳銃を取り出した。
音に気づかれない様に、ゆっくりとハンマーを上げて、狙いを定める。
……あの男さえいなければ、魔王様の研究が阻害されることはない……。
「はぁ……。気づかれちまったか……」
気づかれた?
いや、そんな正か。
このローブは気配を消すことはできないものの、姿を認識しづらくする効果が与えられた、あのエリアス・バグクラフトの魔道具だ。
なぜ、気づかれた!?
「ちっ。くそったれ……!」
狙っていた男の隣に座っていた、茶髪の男が、しゃがれた声でそう唸り、こちらへと急接近してくる。
「!」
不味い、このままだと阻害される!
俺はほぼ反射的に銃弾を放った。
──パァァン!
つんざくような音がして、銃弾が弾け飛ぶ。
「何!?」
弾けとんだ場所に、わずかながら魔力の反応が見てとれた。
(魔性磁力で斥力を作ったのか!?)
それを確認したその直後、その音を合図にコロシアムの全出入り口を、俺の仲間が封鎖し、一部が突入を開始した。
証拠を隠滅するためにあらかじめ用意しておいた掃討班だ。
そんなことに気を散らしている間にも、もう既に俺は、彼の手の届く範囲内に入っていた。
「……っ!」
男の手が閃いて、俺の体を吹き飛ばす。
「ぐっ……」
頭を天井にぶつけたせいか、頬には赤黒い血液が滴り落ちている。
くそっ。俺よりレベルが低いくせになぜ……!?
そこでようやく、俺は周囲の状況をはっきりと、明確に理解することができた。
……空気が違う。
それに、音も聞こえない。
そこから導き出された結論が、現状の不利の理由と悟った。
「結界か!?」
「お~、よくわかったな?」
飄々とした態度で、俺を見下ろす茶髪金眼の男。
……ん?あいつ、目の色あんな色だったか?
いや、まてよ……。そもそもこの類いの結界が、レベル2程度の雑魚に張れるような代物か?
「……」
男は俺の頭を引っ掴むと、同じ目線になるように上へと持ち上げた。
「……ふーん、こりゃ姐さんも懸念するわけだ。魔王のやつが何企んでるかは知ったこっちゃねぇが……。これも仕事なんでな。悪く思うな」
そして、次の瞬間、騒音がもとに戻った。
しかし、最初と違っていたことがひとつだけあった。
それは──。
「!?」
銃口をこちらへ向けた自分が、目の前に居るということだった。
失楽園の王子 終
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