15 マーケット
学園の生徒が物品を購入できる場所は二種類ある。
一つは購買部だ。
さまざまな文房具や、魔法科の授業に必要な品々──魔具。そして、昼休みごろに限り、パンや弁当などを購入することができる。
そしてもう一つは、居酒屋である。
この国の法律上、20歳未満は酒の購入(調味料を除く)が禁止されているが、ここは酒以外にもジュース等も売られている。無論、アルコールは一滴たりとも入ってはいない。
ここの奥には、マーケットと呼ばれる、学生が食料品なんかを購入する部屋が設けられている。
因みに、入るのには学生証の開示が必要であるため、そこにいるのは、店員か学生だけとなっている。
どちらで食料品を購入する方がいいかは、一目瞭然である。
購買部は安いが日持ちしない。
しかしマーケットなら、少し値は張るが品揃えもいいし、日持ちもする。
それに、あと数分もすれば、一気に値段が安くなる時間帯にもなる。
そういう思惑で、俺はバーに足を踏み入れた。
中は、仕事を終えた冒険者たちや、学園の教師、宿題をしている生徒たちでごったがえしになっていた。
そんな喧騒に包まれる中、こんな話し声が聞こえてきた。
「なぁ、賭けをしようぜ!」
「お、いいぜ!で、何を賭けるんだ?」
「俺がバーの中で小便撒き散らしたら、マスターが喜ぶに大銅貨二枚だ」
……は?
いやいやいや。
喜ぶわけないだろ。そんなことしたらクレームものだぞ。
下手したら店が潰れる可能性だってある。
「いいぜ、賭けてやる!負けても泣き言いうなよ?」
賭けるのかよ!?
俺は呆れた風に頭を振って、ありえないと一言呟いた。
でもまぁ、面白そうだし見ていこうかな。
値下げの時刻までまだ時間あるし。
「んじゃ、ちょっくら一儲けしてくるわ!」
賭けを提案したスキンヘッドの男(多分不良なんだろうな)は、そう言うとカウンター席までがに股で歩いていった。
嗚呼、今からここが、奴の小便に汚染されるのか。
……嫌だな。
そう思いながらも、性根がチキンな俺は、何も言わずに遠くから見守ることにした。
「なぁマスター。賭けをしようぜ。俺が自分の右目を噛むことができたら、小銅貨一枚だ」
……あ、なるほど。
あいつ、右目が義眼なのか、もしくは入れ歯なのか。
スキンヘッドの男は、勝ち誇った表情でマスターにそう言った。
しかし、マスターは肩をすくめるとこう言った。
「舐めてるんですか、お客人?私はこれでも昔、獣人と洞察眼比べをして負けたことがないのですよ?その目が義眼なのか、もしくはその口が入れ歯かくらいは、話を聞けば推察できます」
「うえっ!?マジかよ……。じゃ、じゃあさ、今から俺が注文するウィスキーに小便が見事入ったら、大銅貨一枚って賭けをしないか?」
……。
だめだ、もう先が読めた。
マスターは酒瓶を整理する手を止めると、肩をわなわなと震わせて彼にこう言った。
「もし外したらどうするんです。この店は貴方の汚物で汚染されることになるのですよ?そもそも、そんなことに使ったグラスなんて、誰が使いたがるんですか」
やっぱり、こうなると思った。
「くそっ!」
スキンヘッドの男はテーブルを叩くと、大銅貨二枚を握りしめて、先程の賭け相手の所に戻った。
「ほらよ。ったく、ノリというものをわかっちゃいねぇ」
そんなノリで店内が無法地帯になったら最悪だよ!
そんな三人のやり取りを見て、俺は呆れて天井を見上げるしかなかった。
「……あと五分くらいか。そろそろ行かないとな」
俺は席を立つと、マスターのところへと向かった。
「いらっしゃい。何にします?」
「あ、いえ。マーケットに行きたいんですが」
そう言って、俺はポケットから取り出した学生証を、マスターの前に開示した。
「わかりました。では、どうぞこちらへ」
バーのマスターに案内され、俺はマーケットへと足を踏み入れた。
買うものはもう決まっている。
今日はこの世界でハンバーグを作ってみようと思ったのだ。
幸い、ここには必要な材料もすべて揃っている。
卵も置いてはいるが、流石に生卵を食べる習慣はここにはないようなので、別のもので活用することにした。
生の卵ではなく、調理済みの玉子しか並んでいないというのは、流石に初めての経験だったな。
他にも、食料の蓄えを買っておく。
「……ヤバい、金が底をつきそうだ」
一通り買うものを篭に入れて、金額を計算すると、16000円相当くらいの金額になってしまった。
確かに、食料品以外にも、あの幽霊のための食器も数セット買ったしな……。
手持ちあと三万ちょいくらいかな。
ま、いっか。
これであと一月は持つだろうし、学園側から生徒に対して出てる依頼とかこなせば、それなりに金は持つだろう。
無くなりかけたらまた干し肉生活だけど。
「あ、まーくんデス!」
そんなことを考えていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「マフユ!奇遇だね、マーケットで会うだなんて」
「ハイデス。ちょっとさいきん、ショクリョーナン?にあいましテ。まーくんもソーデス?」
「まあね。底をついたら買いに来るスタイルだから」
「ソレ、ワタシもおなじデス!あ、今夜ごいっしょドーデスカ?いっしょにホームパーティするデス!」
はしゃぐ彼女に、俺は苦笑いを浮かべた。
「生憎、俺もそんな余裕ないんだ。また今度ね」
「わかったデス!じゃ、そゆことデ!」
そう言うと、彼女は空いているレジの方へ向かって歩き出した。
ホームパーティ……ね。
家にあの幽霊がいる分、下手に友達とか招待できないよな……。
そんなことを思いながら、俺もまたレジへと並ぶのであった。