14 兆し
「この、惰眠が!」
「うっ……め、面目ない」
翌日……というより、今日だな。
今朝、俺は盛大に寝坊した。
その理由は皆も察してくれているだろう。
そう、それは、あの腹ペコ幽霊のせいだ。
かといっても、それをナツメ先生にいうわけにもいかず、事情説明を渋っていたわけだが。
彼女はため息をつくと、額に手を当ててかぶりを振った。
「まぁいい。ウィリアム。お前放課後時間空いてるか?」
「いえ。今日はその、買い物に行かないといけないんで」
食料危機だからな。
今日行かなかったら、絶対明日からひもじい生活を強いられるはめになる。
「わかった。なら、明日早朝に私の所に来い。話は以上だ」
彼女はそう告げると、俺に席につくように指示した。
「はぁ……」
これから先、俺はどうなるんだろうか。
そんな不安に、頭を抱えるウィリアムであった。
「また寝不足か、ウィル?」
授業が終わると、後ろからケイトが話しかけてきた。
「まぁな……」
そうとだけ答えて、俺は大きなあくびをした。
今は三限目が終わったころの休み時間である。
盛大に寝坊した理由は、午前四時ごろに寝たからだ。
朝目が覚めてみれば、もう十時を過ぎていたものだから、あれは結構焦ったな。
この世界には目覚まし時計が無いからな……。
いつか作って売れば、一儲けできそうな気がする。
そういえば、電車の車掌さんの仮眠室には、起きる時間になったら絶対に起こしてくれるってベッドがあるって聞いたな。
たしか、時間になると、勝手に布団が起き上がって、寝ている人の上体を起こすんだとか。
……正直なところ、そんなもので起きられるとは思えないのだが。
そんな雑念に耽っていると、ふと思い出したようにケイトが話しかけてきた。
「あ、そういえば昨日頭大丈夫だったか?」
「昨日?」
昨日って何かあったっけ。
あの幽霊の事が正直デカすぎて、何も覚えてない。
「ほらあれだよ。急に頭を壁に打ち付けてた奴。途中から血がどばーって出てきてさ?」
頭を壁に……?
……えっと、あれ、なんだっけ?
さーっと彼女の顔が青ざめていく。
(面白いこと考えた)
──ニヤリ。
「……ここはどこ?私は誰?そして、あなたは誰ですか?」(裏声)
「記憶喪失してもそんな台詞いわねぇよ!」
すかさずツッコミを入れるケイト。
「あ、ばれた?実はミーちゃんからエルフ族に伝わる秘薬ってのを貸してもらったから、何ともないんだよ」
「心配して損した!」
そう言うと彼女は、腕を組んでため息をついた。
一方その頃、魔界入り口に、一人の男が境界線となっている門の前にやって来ていた。
──かしゃん!
両脇に立っていた門兵が、男を通すまいと槍を交差させる。
男はそれを見ると、頭の後ろをガシカシと掻いて、門兵に尋ねた。
「どうしても駄目?」
「……」
しかし、彼らは無言で槍を交差させたままである。
彼はため息をつくと、その腰の剣に手をかけた。
門兵の一人が槍を中段に構えた。
「名乗る必要は無いよな……じゃ、秘宝、こっちに渡してもらうぞ!」
門兵が槍を突く。
男はそれをゆらりとかわすと、その懐の鎧の隙間に剣の刃を閃かせた。
この間、約コンマ1秒をきっていた。
デミ・ヒューマンであるセリアンスロゥプの動体視力をもってしても、その一挙手一投足は霞んで見える。
(これが、噂の『針』の力!?)
血飛沫が舞い、門兵か力なく前に倒れた。
このままでは門を突破されてしまう。
しかし、中の人に伝えるには、この場を離れなければならない。
本来は一人が相手をしている間に兵を呼んでくるものなのだが、その相手がこの様では元も子もない。
門兵は悪態をつくと、裏口へと走り出した。
きっと戦っても足止めにすらならないと考えたのである。
「お、案内してくれるのか。親切な魔族もいたものだな」
男はそう言うと、急いで裏口へと疾駆する彼に、歩いてついていく。
(なんだ、こいつ!?走っても走っても振りきれない!)
相手は走っている様子はないのに、後ろを振り向けばもうすぐそこまで迫ってきている。
何とも気味の悪い奴だ。
やがて、門兵は裏口につながる通路へと駆け込んだ。
通路の扉は、非常事態の備えで鍵はついていない。
「くそっ!」
重い鉄兜越しに悪態をつき、彼は扉に棒を立て掛けて扉を塞いだ。
──しかし。
「案内ご苦労さん」
通路に向き直ると、そこには剣の柄に手を当てて、ニコリと微笑む先程の男の顔があった。
「ひっ!?」
短い悲鳴が、通路の中に響く。
「冥土の土産だ。君にはここまで案内してくれたお礼に、名前を名乗ってやろう」
そう言って、笑顔のまま殺気の塊を身に纏った。
「反対勢力対魔王討伐隊斥候、我流武術針考案。怠惰のレイジーだ。あの世から俺の英雄譚をしっかりと見届けてくれたまえ」