11 疲労と絶句と唖然を披露します。
疲れた……。
本当に今日は疲れた……。
俺は、自室のソファーに腰掛けながら、頭の上に乗った赤いタオルをバケツの中へと放り投げた。
たちまちそのバケツには、赤い液体が容器の八分の一ほど侵食されていく。
……紛れもなく、それは彼の血である。
あの後彼は、寮長のミーちゃんに見つかり、エルフ族に伝わる秘薬を染み込ませたタオルで傷口を拭っていた。
何でもその秘薬とやらは、傷にすりこむとたちまち傷を塞いでくれるというものらしい。
ただし、人間やエルフにとっては、身体的にキツイらしく、タオルなどに含ませてから使用する必要があった。
まぁ、その分治りが遅くなるのだが。
……そして、そのお陰で現在頭の傷はほぼ完治している状態でして。
彼はため息をつくと、血液でかぴかぴになった金髪に手を触れた。
「ヤバい、頭痛がヤバい……」
なんだか頭もくらくらしてきた。
そういえば、部屋に帰ってきたのって何時ごろだっけ?
ミーちゃんに結構長い間診てもらってたから、かなり遅い時間になってるような気がしているのだが……。
(風呂に入るか)
ウィリアムは席を立つと、バケツを持って浴室へと向かった。
浴室は、以前説明した通り、トイレと浴場が一つになっている造りで、その間にはカーテンで仕切られている。
トイレに入るひとつ手前には脱衣場兼洗面所があり、そこに着替え用の衣服や、洗面具等を置いている。洗濯機も勿論そこに置いている。
洗濯機といっても、ドラム缶のやつじゃなくて、魔力で動く、洗濯から脱水、乾燥から折り畳みまで一挙にやってくれる超便利アイテムだ。
俺の家の洗濯機は、せいぜい脱水までしか自動でやってくれないのだが。
(文明が進んでいるのかいないのやら)
そんなどうでもいいことを考えながら、一度タオルを蛇口の水で手洗いする。
「……おなか、すいた」
「!?」
突如、俺の背後からそんな声が聞こえてきた。
女の声だ。
「……おなか、すいた」
まただ。
今度ははっきりと聞こえた。
(こ、これってもしかして、幽霊とかそういうんじゃないだろうな!?)
恐る恐る、彼は鏡越しに背後を確認した。
しかし、そこには何もいなかった。
気のせい……じゃないよな。さっきはっきり聞こえたし。
こっちに来る前に読んだ、仙術(当時中二病でしたが何か?)の本には、意識せずにじっと、静かなところで周囲の雑音を聞いていると、希に耳元で人の声が聞こえることがあるんだそうだ。
曰くその声は幽霊の声らしく、訓練すれば、自在に霊と交信できるようになる、という内容だった。
試してみたら、二、三回くらい幽霊の声らしきものを聞いた記憶がある。
当時は結構興奮して、途中から怖くなって寝付けなくなったというオチだけど。
……もしかして、今回もそれ……いや、今回はもっとはっきりとした何かだ。
中二病の頃聞いた台詞は、覚えているなかで衝撃的なものがこれだ。
『今日の夕飯は晩御飯やで~!』
……いやいや。
夕飯が晩御飯ってどういう意味だよ!?
あのときはつい反射的に突っ込んでしまったけど。
でも、今回のはシャレにならないかもしれない。
「……ねぇ、きこえてるんでしょ?」
声が近くなってる。
ヤバい。これは本当に不味い。
答えたらアカン奴や!
つー、と、俺の背中に冷や汗が伝うのを感じる。
寒気がして、だんだんと腹が冷えてきた。
俺、恐怖感じたら腹が痛くなるタイプなんです。はい。
俺は、それからビクビクしながら、血のついたタオルを洗うと、洗濯機の中に放り込んだ。
後ろを向かないように、慎重に、慎重に。
「……きみも、わたしをむしするの?」
……全部平仮名で読みにくいって人いますよね。でも、ポケ●ンって小学生の頃全部平仮名だったし問題ないよね?
↑↑そういう話ではない。↑↑
「……ぐすっ」
ふと、すすり泣きが聞こえてきた。
「……なんで、どうしてわたしは、いつもむしされるの?わたしは、ただおなかがすいたから、ごはんをおねだりしているだけなのに……!みんな、みんなどうしてむしするの?」
嗚咽。
ふと、俺は思った。
幽霊って、大変なんだなーって。
(……かわいそうになってきたな、この幽霊)
同情を覚えるレベルの可哀さである。
「……わかった。風呂入ったらご飯作るから、一緒に食べような」
可哀想だから。
そういう同情を覚えて、俺はその幽霊にそう提案して、後ろを振り返った。
しかし、そこには俺が想像していた、可愛い女の子の姿なんて欠片もなかった。
「…… ア リ ガ ト ウ 、 オ ニ イ チ ャ ン 」
そこにいたのは、女の子でもなく、ましてや人でもなかった。(幽霊の時点で人ではない)
「……」
絶句。
いや、これおかしいでしょ!?
なんで、何でこんなところに、もの●け姫に出てくるたた●神みたいな奴がいるんだよ!?