10 魔法祭
魔術には、基本六つの属性がある。火、水、風、土、光、闇だ。
属性にはそれぞれ相性がある。火は水に弱く、水は風に弱い。風は土に弱くて、土は光に弱く、光は闇に弱い。そして、闇は火に弱い。
それぞれの属性には陰性と陽性があり、陰性とは、概念的、魔術的な効果を発生させる魔力で、陽性とはその逆。しかり、物質的、物理的な効果をもつ魔力だ。
例えばナツメ先生が得意としている闇属性にも、陰性と陽性が存在する。
闇属性の陰性は隠蔽。物事を隠す能力で、その効果は、物を見えない空間に収納したり、相手の記憶を隠蔽したり、存在感を消したり。
一方で陽性は闇。真っ黒な霧を出したり、闇を作り出したりする能力だ。
え?難しい?なら、もっと簡単なものにしようか。
風属性を例にとろう。
風とは、大気の流れを意味する。よって、風属性の魔力の概念的、魔術的特性は、循環。
具体的に何ができるかといえば、あらゆる流れを御するので、大きなもので言えば、時間遡行だとか、相手を一瞬で塵にするとか、瞬間移動とか。簡単なものだと、物を移動させるくらいかな。
魔法っていうのは、ファンタジー系でも難しいでしょう?
実はこの世界の魔術には二通りある。
一つは『童話系統』。これは、ファンタジーっぽい、ゲームとかで出てきそうな魔法の種類だね。比較的簡単で、呪文を唱えるか魔力を練って放出すれば、大概は妄想力でなんとかなる。
もうひとつは『実践的哲学系統』。これは結構難しい。説明するのも難しいね。
何て言うかな。哲学を実践に移した魔術っていうのが、一番シンプルな答え方なんだけど、細かく言えばちょっと違う。
……まぁ、言ってる間に自分も意味わからなくなっちゃうけどね」
放課後。補修室にて、魔法科学担当のレイチェル先生が頭をかきながらそう言った。
黒板には先程説明したばかりの講義の内容が、分かりやすく纏められている。
「質問あるかな?」
レイチェル先生が、ケイトと俺の二人しかいない教室で質疑応答の場を設けた。
「はいはーい!先生の得意な属性って何ですか?」
ケイトが手をあげながらそう質問する。
「教えませんよ、そんなこと。授業に関係のある質問をしてください」
「ちぇっ……しっかしせんせー。ナツメちゃんとは真逆のボディだよな~。何か秘訣でもあるんですか?」
「ケイト・ハートフィリア。後で職員室に来い」
教室の角で講義を見学していたナツメ先生が、青筋をたてながら言った。
「え!?あ、いや冗談です冗談!えっと、ほら、先生もかわいいけどさ、ほら、何て言うか、その──」
「お前はよほど、反省文を書きたいらしいな。いいぞ?何枚でも書かせてやる。最低十枚は書けよ、問題児?」
確かに、レイチェル先生は出るところは出ているし、引っ込むところは引っ込んでいる。おまけに高身長に美人ときた。
幼女としてかわいいナツメ先生とは、また違った印象の美人である。
因みに、この学園には四人の問題児がいる。噂では教師の間でその四人は四天王と呼ばれているらしいが……。
はたして、誰のことやら。
そんな様子の二人を見て、苦笑いを浮かべるレイチェル。
「秘訣なんてありませんよ。ただよく寝てよく食べる。そういう健康的な生活をしていれば、私みたいになれますよ」
「「なっ!?」」
何を、と二人は目を見開き、彼女へと視線を向けた。
「そ、そんなことで、胸がでかくなるわけないだろ!?う、嘘だな。私はそんな事実、認めないぞ……」
「いや、ほんとですって」
自分の胸の前で、手をにぎにぎするナツメを見ながら、俺は思った。
(先生、幼女体型なの気にしてたんだ……)
「そんなことなら、私でもまだ間に合うはずじゃ……!」
希望を視る目で、ケイトがレイチェルを見つめていた。
授業が終わり、俺は鞄を手にとって教室を後にした。
「なぁウィル。そういえば来月魔法祭だよな?」
「あぁ、そうだな」
(魔法祭って何だ?)
俺は知っている風を装いながら、話にのって答えた。
「ウィルは何に出るんだ?」
「え?え~っと俺は……」
魔法祭……祭りって言うくらいだし、文化祭みたいなものか?
いや、でも同じクラスだし、出し物とかそんなのやるならいちいち聞かないだろう。
だったら、体育祭みたいなものか?
運動会が肉体的な競技なら、さしずめ魔法祭は魔法を使う運動会みたいなものだろうか?
選択肢Ⅰ:テキトーに障害物競走斗でも言う。
選択肢Ⅱ:忘れたかもしれないと誤魔化す。
選択肢Ⅲ:逆にケイトに聞き返す。
──ここは無難にⅠだな。
「俺はしょうが──」
いや待て、早まるな。考え直せ、魔法祭だぞ?障害物競走なんてあるわけないだろ。
「生姜?」
「あ、いや違う。何でもない。そんなことより、ケイトは何にしたんだよ?」
うん、ここはケイトに一度聞き返して様子見だな。
多分それが一番無難なはず。
彼女は、変な奴だなと言うと、指を立ててこう言った。
「エンドレス・タワー・オブ・ディフェンスだよ」
何だよそれ!?競技内容がさっぱりわからん!
終わりのない棒倒し?何それ、どんな競技だよ!?
みんなで永遠に棒倒しするの?いや違うだろ!?そんな競技たぶんこんな学園行事で出さねぇよ!言い切れないけど!ここが魔法魔術学園って時点で断言できないけど!
俺の記憶した本の中にそんな言葉無かったしな……。
さっぱりわからん。
ダメだな、選択肢Ⅲは完全に失敗したな。
これはもう最終手段、Ⅱ番だ。これ以外最初っからなかったんだよ、たぶん!
(今日はなんだか、多分って言葉多いな……)
「それで、ウィルは?」
「……忘れた。なんだっけな、俺の出る種目」
最終奥義、ごめん、忘れちゃったてへぺろ(笑)。
これなら、きっとどんなものにでも対応できるはず!
「……種目?ウィル、種目って何の話?」
……これなら、きっとどんなものにでも、対応できるはず……!
「え?」
俺は、自分の耳を疑った。
え、今こいつ、種目って何の話?って聞きやがったか?
てことはつまり、これは種目とか関係ないって話だよな?
え?じゃあこれは、魔法祭って何のことなんだ!?
「……ウィル、魔法祭って、カップ別に一対一の魔術の模擬戦をして、今期の生徒会長を決める行事だよね?」
──なん、だと!?
じゃあ、あの意味不明な名前のあれは、競技の種目名ではなく、杯の名前だったのか!?
「……それで、ウィルは何と勘違いしてたんだ?」
「……」
誰だよ、忘れたって言えばきっとどんなものにでも対抗できるって言った奴。ちょっとそこに出てきて直れよ!
……俺でした。
はい、俺でした!すみませんでした!
──放課後、西の空が明るく染まる頃、校舎の廊下の壁に、ひっきりなしに頭突きをする金髪の男の姿が、そこにはあった。