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ミギワメンテリスカノン  作者: 桜田駱砂 (さくらだらくさ)
3/10

チャプター2 蛮族の世界

 海辺の林に逃げ込んだはいいけれど、とうとう私は二人に追いつかれてしまった。トカゲみたいな動物から降りたその男達は、降りてもやっぱり大柄で、まるで熊みたいだ。

「ちょ・・、来ないで・・!」

 かすれて声にもならない声が自分の口から漏れるのを、私は聞いた。そんな懇願、意味がないのは分かっていたけれど、私にはもう、そんな言葉を口にする以外、やれることがない。

 私の顔と同じサイズじゃないかってくらい大きな手が、ぬぅ、と伸びてくる。

 だめだ。終わる・・!

 目をつむるのと同時に、奥の茂みで何かが動く気配がした。

「・・・?」

 いつまでも触れない手をいぶかしんで細目を開けた途端、熊みたいな男がのしかかってきた。

「ひっ。ぎゃぁ! やめてぇ!」

 男の体重はものすごくて、身動きが取れない。むっ、と鼻をつく体臭が獣じみてる。

「いやぁ!」

 もがきながら、必死になって男の下から抜け出そうとした。怖くて、気持ち悪くて、耐え難い屈辱感がこみ上げてくる。

「いやぁぁぁ!」

「おい。」

「タスケテェェ!」

「おい、騒ぐな。」

「タス・・・、え?」

 手足をばたつかせる私の頭の上から声が落ちてきた。全身全霊で逃れようと躍起(やっき)になる私とは正反対の、冷静な声だった。

「のびてあんたに倒れこんだだけだ。勘違いをして騒ぐなって言ってる。」

「の、のびて・・?」

 よく見ると、熊男はぐったりとして動かず、私は全体重でもってのしかかってきたその下敷きになったみたいだ。

「ちょっと待て。」

 声の主はそう言って、ごろん、と熊男をひっくり返し、私を解放してくれるのだった。

「あ、ありがとう。もしかして、これ、あな・・、君が?」

 あなたが? と言いかけて、それを言い直したほど、目の前の相手は若い。おおぐま座のむきマッチョな拳士とはとても言いがたい「彼」だった。私と同じかそれよりちょっと下ぐらいにも思える、少年、と呼んでいい世代だ。この子が、熊男達を気絶に追い込んだのか・・・。いったいどうやったんだろ。スタンガンでも使ったのかしら。

 くすんだ白銀色の髪の毛はぼさぼさで、顔には泥やら砂埃で汚れが目立つ。何日もお風呂に入ってないのか、よほどのお風呂嫌いらしい。それが私の持った、最初の印象だった。もちろん、何日も入ってないのは私も同じで、人のことは言えないんだけど。

 革を革紐で編んだだけのワイルドなベストにズボン、毛皮の腰布、皮ブーツという出で立ちで、何かのコスプレのように見えなくもないんだけど、浮いたところがまったくない。着こなれ方からして、これが普段着みたいだ。

 少年は、君がやったの、と問われて、

「ああ。」

 短くそう答えた。それから、じっ、と私を見つめてくる。吸い込まれそうな、緑色の瞳だった。年の割には大人びた、きつめの表情に宿る沈黙がちょっと怖い。

「な、何・・?」

 不意に少年は、にや、と笑みを浮かべた。「にこ」ではなく「にや」だ。

 にっこり笑えば、年相応の、野球少年みたいに爽やかな笑顔になったんだろうけど、この表情。何だか裏を感じなくもない。いや、もともとこういう笑顔を見せる子だったら、そう思うのはちょっと失礼なんだけどね。親切心とは別の思惑を隠しながら、儀礼的に見せる隔たりとしての笑顔、そんなところだ。

 少年はすぐにその笑みを引っ込めて、私に訊いてきた。

「お前、どこの出だ?」

 見た目は外国の子なんだけれど、流暢な日本語を話すなぁ。

「どこのって、東京だけど・・。」

「トーキョー? 聞いたことのない村だな。」

「え? いや、村っていうか、一応、結構大きな都市だと思うんだけど・・・。」

 ここらじゃ、東洋の島国について興味や関心は払われてないみたいだ。

「ふぅん。あんた、こいつらに追われてたみたいだが、何かやらかしたのか?」

「いやいや。」

 ぶんぶんと首を横に振る。

「やらかしてないよ、何も。浜辺でこの人達に見つかって、何か知らないけど、問答無用でつかまりそうになったから、逃げただけ。」

「そうか。浜辺で何してた。」

 なんだか、上から目線の物言いね。誰何(すいか)するような言い方に、私の言葉もつられてちょっときつくなる。

「何って、冷蔵庫に乗って漂流してたのよ。それで浜辺に打ち上げられて・・・。そうだ! 漂流!」

 熊男達に追われてすっかり意識の外にはずれていたけれど、私は漂流してたんだ。この子は、コミュニケーションの取れる第一発見者ということになる。

「乗ってた船が沈んじゃって・・・。ほら、何日か前、ニュースとかにもなって知ってると思うんだけど、それに乗ってたの。で、海に落ちちゃったんだけど、浮かんでた冷蔵庫に乗ってそのまま流されて・・・。君さ。携帯か何か持ってる? ちょっと借りてもいいかな。連絡を取りたいんだけど、私の壊れちゃって。」

 あ。やばい。緊急連絡先として登録してた、先生の番号が分かんない。電話番号なんてメモリに登録するものであって、記憶なんてした試しがない。

「・・・・・。」

 いきなり私がいろんなことを喋り始めたせいか、少年はいぶかしげな表情を浮かべて、私を見ているばかりだ。なんか若干、かわいそうな人を見る類の目をしてる気もする。もしかして、言葉がうまく通じてない、とか?

「あ、何か、ごめんね。もっとゆっくり喋った方がよかったかな。」

「・・・いや。何が言いたいのか、仔細はよく飲み込めないが、乗ってた船が沈んだ、ってところは理解できた。」

「そうそう! だから、家族とか友達に連絡を取りたいの。携帯か、おうちの電話でもいいんだけれど、何か連絡の取れる手段を貸してもらえないかしら。」

「デンワ・・・?」

 ん? 電話、って単語が通じてない?

「電話よ、電話。もしもーし、って。」

 右手を頭に寄せて、電話をかけるジェスチャーをしてみる。

「? 遠くにいる人間と連絡を取りたいと、あんた、そう言ってるのか?」

「うん! それよ!」

「鳩はあるが、あれは使わせられないぞ。バイルシュタットとの連絡用だからな。」

「・・・ハト?」

 そんな名前の携帯機種、あったっけ? いや、もしかして。

「ハトって、あの鳥の鳩?」

 今度は私が訊く番だった。

「そうだ。それ以外に何がある。」

「え? いや、連絡手段が鳩って、君の趣味が伝書鳩なら分かるけど、でも、今はそんな悠長なことしてられないっていうか・・・。みんな心配してるだろうし。」

 どうも、話がかみ合わない。

「ちょ、ちょっと落ち着こう。まずは、えーと。名前。私は水際花音(みぎわかのん)。みずぎわに花の音で花音よ。助けてくれて、どうもありがとう。」

 ぺこりと頭を下げて、それから少年へ訊いてみた。

「君は?」

「カデル。」

「カデル君ね。よろしく。」

(くん)はやめろ。」

 あからさまに嫌そうな顔をして、少年カデルは君付けを拒否するのだった。

「ああ。じゃあ、カデル。君さ、ここら辺に住んでるの?」

「少し距離はあるが、まぁ、この領域(テリトリー)の住民といえば、そういうことになる。」

「ここら辺に、公衆電話とか、警察署とか、そういうのあるかしら。場所を教えて欲しいんだけれど。」

 まただ。カデル、と名乗った少年は、また、なんか私にかわいそう視線を送ってくる。

「・・・あれ? 警察よ。ポリス。町に一つくらいはあると思うんだけど・・・。」

「乗ってた船が、難破したんだよな。あんたちょっと混乱してるんだ。だから、訳のわからないことを。」

「訳の分からないって・・・。」

 警察の場所を訊くことって、そんなに訳が分からない、かな。

「近くに頼れる知己(ちき)もないってことだな。とりあえず、一緒に来い。飯と屋根くらいは提供できるだろう。」

「え? あ・・。」

 どうしたものか一瞬迷ったけれど、今、このカデルと別れてしまうと、また誰かを探さなくちゃならない。襲ってきた熊男達みたいなのもいるみたいだし、警察が近くにないともなると、治安があんまりよくない地域なのかも。

 カデルは見たところ、ちょっとお風呂の嫌いな子というだけで、そんなに悪そうな人間じゃない。私は彼について行くことにした。

「うん。分かった。」

「よし。・・・まぁ。」

 飯と屋根どころじゃないかも知れないが、とカデルはつぶやくように言った。

「?」

「いや、何でもない。っと。ちょっとそこで待ってろ。」

「忘れ物?」

「そんなところだ。」

 カデルの顔が、冷たい能面のような無表情に変わる。いまだのびてる二人の熊男達に近づきながら、懐から大柄のナイフを、カデルは取り出した。バタフライナイフとか、そんな可愛いものじゃない。手の先から腕の肘くらいまでありそうな、本気ナイフだ。短刀といった方が近いかも知れない。

 カデルは机から落ちた消しゴムを拾いに行くような何気なさで男の一人に近づくと、やおら下向きに持った短刀を振り上げた。

「え? ちょ、え? 何するの?」

「とどめを刺す。」

「とどめって、待って待って!」

 何考えてるんだ、この子は。

「とどめを刺すって、そんなの刺したら、死んじゃうよ、その人。」

「だから、そうするって言ってる。」カデルはうるさそうに、顔だけ私に向けて言った。

「待ってよ。とどめを刺すって、駄目だよ。」

「とどめを刺さなきゃ、どうしろって言うんだ。」

「警察を呼んで、逮捕してもらおうとかさ!」

「また訳に分からないことを。」

「いいから! ちょっと、その物騒なもの、下ろしてよ。」

 カデルはようやく、振り上げた短刀を下ろしてくれたものの、いぶかしげな表情を浮かべた。

「気がついて、この二人に後を追われても面倒だ。当然のことをしようとしたまでだ。」

「当然って。殺しちゃうことないでしょ。」

「なぜ。お前だって、俺が通り掛からなきゃ散々もてあそばれた挙げ句、殺されてたんだぞ。」

「え・・・。」

「殺らなきゃ殺られる。当たり前のことだろうが。」

「でも・・・。」

 何か、根底から異なる感覚を、カデルから感じる。基本的な価値観というか、倫理観が根元からずれてるような・・。こんな子がいるなんて、ここはいったいどういう国なんだろう。

「とにかく、殺しちゃうのはまずいでしょ。仲間の奴らの逆恨みを買うかも知れないわけだし。追われるかもって言うなら、さっさとこの場を離れようよ。」

「逆恨み・・だと? ビトリナス族のか?」

「・・・は? ビト・・何族?」

「確かに、こいつら、賊を装ってはいるが、ビトリナスの斥候(せっこう)の可能性もあるな。今の時期、ビトリナスの奴らを殺すのはまずいか・・・。」

 なんだか分からないけど、カデルは一人納得した様子で、

「ふん。あんたの言う通りかも知れない。こいつらは放っておく。」

 それだけ言うと、カデルは林の奥へと歩き始めた。

「あ・・う、うん。分かってくれたんならいいけど・・。」

 どうにも、私の言おうとした倫理的な部分とは別のところで納得されただけのようでもあるけれど、とにかくよかった。気絶した二人を手にかけたら、さすがに正当防衛じゃ済まされない気がする。私はカデルについて林の中を進んだ。

 ざぁ、と風が木々の枝を鳴らした。ほどよい間隔を置いて生える木は、ちょうど私でも抱えられそうなくらいの幹の太さで、けれど青々とした緑の葉っぱが妙に縦長だ。あんまり見たことない木に囲まれてるせいか、不思議な違和感を感じる場所だった。

 林の中を少し進んだところで、私はぎくりと足を止めた。

「あ、あれって・・・。」

 さっきの熊男達が乗ってたのと同じ、トカゲだ。けど、種類がちょっと違うみたい。体は薄緑色じゃなくて、白に近い柔らかな砂色をしている。背中には(くら)だけじゃなく、丸めた毛布、革の袋から瓶、燻製(くんせい)にされた何かの肉、さらには鍋までがごてごてと載っけられていて、さながらキャンピングカーみたいな状態になってる。あれ一頭で、旅ができてしまいそうな、そんな装備だった。

 トカゲはカデルを見て、それから私、もう一度カデルを見た。

「アナイ。待たせたな。」

 カデルが近づくと、トカゲは首をすり寄せる。なんか、ずいぶん懐いてるみたい。

 カデルは慣れた様子で鞍に上がると、私にトカゲを寄せる。

「お、おっきい、のね。」

 近くで見ると、トカゲの頭は見上げるほどのところにある。こんな動物、見たことがなかった。

「乗れ。」

「の、乗れって言われても・・・。乗るの? これに?」

 馬にだって乗ったことないのに。

「早くしろ。」

 カデルが手を差し出してくる。その手を握ると、思いのほか力強く引っ張り上げられて、カデルの後ろに座る形になった。

「ひぇぇ。高い。」

 周囲の景色が急に低くなって、まるで別世界だ。

 トカゲは首をひねってカデルの方を見ると、ブフッと大きな鼻息を鳴らした。

「我慢しろ。客人なんだ。綱で縛って引きずるわけにもいかない。」

「え? 何?」

「アナイの機嫌が悪い。知らない人間を乗せるな、ってな。」

「あ・・。それはどうも、その、ごめんなさい。このトカゲ、って、アナイっていうの?」

「そうだ。トカゲじゃない、リウって馬だよ。見たことないのか?」

「ないけど・・・。」

「よっぽどの辺境から来たんだな。馬を見たことないって。」

 辺境からっていうか、むしろここの方が辺境のような気がするんだけど・・・。

 一人用の鞍に二人で座るものだから、どうしてもカデルに密着するようなポジションになってしまうのだけれど、カデルはさして気にする様子もなく、

「行くぞ。」

 そう言って、トカゲ馬のアナイを歩ませ始めた。のし、のし、と草を踏みしめながら進むアナイの背中は、もっと揺れるものと思ってたけど、予想外に揺れが少ない。湖を進む手漕ぎボート、とまではいかないまでも、それに近いくらい滑らかに進む。

「あんまり揺れないのね。」

「ああ。訓練されてるからな。」

 カデルがアナイの首筋を撫でると、気のせいか、アナイはちらっと、得意げな視線をカデルに送ったように見えた。

「野生馬はひどい。尻の骨が砕けそうになる。」

「へぇー。この辺じゃ、こういう、リウって言うの? に乗る習慣があるんだ。」

「習慣というか、リウ以外、何に乗るんだ。あとは船くらいのもんだが。」

「いや、自転車とか、自動車とかさ。いろいろあるじゃない、乗り物って。」

「何だそれは。お前の国じゃ、そういうのに乗るのか。」

「そういうのにって、いや、それが普通だけど・・・。」

 なんか、よっぽど文明からかけ離れた場所に流れ着いてしまったみたいね。自転車、自動車が通じないなんて。文明を拒否したアーミッシュって人達のことなら聞いたことあるけど、それでも馬車と一緒に車が走ってるの、テレビでやってたし。

 インターネットとかテレビとか、そういう情報からも隔絶した場所なんだろーか。ちょっと信じられないけど、世界にはこういう場所もあるってことなのかな。忘れられた楽園、みたいな。

 アナイに乗ってゆらゆら揺られていると、すぐに眠気が襲ってきた。あんまり色んなことがありすぎて、疲れたのかも知れない。船が沈んで、漂流して、やっとたどり着いた浜辺ではおかしな連中に襲われて。カデルの背中は暖かくて、土の匂いがした・・・。


「おい。」

「・・・・・・。」

「おい、お前。」

「・・はぇ?」

「肩によだれを垂らすな。」

 はっ、と私は覚醒した。いつの間に林を抜けたのか、私達は開けた場所に出ていた。なだらかな丘がいくつも続く草原で、所々、大きな岩が草の中に居座っている。太陽が落ちかかっているところを見ると、もう夕方近くなんだろう。

 カデルの肩に、私の涎で形作られたシミができている。

 ずず、とよだれをすすって私は、

「ご、ごめん。寝てた。」

 と、カデルに謝った。

「もう日が暮れる。野営(やえい)するぞ。」

「ヤエイって・・・、ああ、キャンプね。・・・キャンプ? カデルのおうちって、そんな遠いの?」

「遠いと言ったって、それほどじゃない。明日には着く。」

「いや、日をまたいで移動って、十分遠い距離だと思うけど。」

 てっきり、近所の子かと思っていたのに。この変な動物、アナイといい、カデルの旅慣れた感じといい、カルチャーギャップというか、雰囲気に感じる違和感がひどい。

 建物みたいに大きな岩の下に空洞ができていて、ちょうどいい感じの岩屋根になってる場所があった。

「ここがいいだろう。降りろ。」

「う、うん・・。」

 高さがあって怖いんだけれど、鞍につかまりながら、どうにか地面に降りる。さすがに、長時間乗ってたものだからお尻がごわごわだ。カデルはアナイから、積んであった荷物や鞍を外し始めた。

「手伝おうか。」

「ああ。」

 ぶっきらぼうに言うカデルの隣に立って、丸められた毛布や鍋を取り外すのだけれど、気づけば辺りは暗くなり始めていた。鈴虫の鳴き声のような音まで聞こえてきて、少し肌寒い。

 カデルは枯れ木を集めてくると手頃な石を環状に並べ、その内側に手際よく枯れ木のピラミッドを組んだ。それから、火打ち石のようなものを使って、あっと言う間に火を起こしてしまう。

「へぇー。手際がいいのね。ライターとか使わずに火を起こしちゃうなんて、すごいね。」

「これができなきゃ飯が食えないんだ。当然だろ。火も起こせないのか?」

「ライターとかあればできると思うけど・・・。そもそも、キャンプとかあんまりしないし。」

 カデルは火の上にかけた鍋へ、皮袋から水を注ぎながら、

「ふん・・。もしかしてあんた、貴族か?」

 と、おかしなことを訊いてくる。

「貴族? 違う違う。いたって普通の、一般人だよ。お父さんもお母さんもただの会社員だし。なんで貴族?」

「自分では火を起こさない、野営もしないとなったら、貴族や高位の聖職関係とか、身の回りのことに自分で手を動かさない、そういう連中くらいしかいないだろう。」

「身の回りのことくらい自分で・・・。あ、でもご飯はお母さんが用意してくれるし、洗濯はお父さんの役目だし、あんまり手は動かしていないかも・・・。部屋の掃除くらいはするけど。」

「飯や洗濯を親に頼ってるのか。十分いいご身分じゃないか。」

 嫌味に聞こえるその言い方にちょっと腹が立ったけれど、お父さんやお母さんに生活の多くを依存してるのは確かなのであって、

「そんなの、別に特別なことじゃない。みんなだって似たようなものよ。」

 と、他人を引き合いに出して言い返すのがやっとだった。

「ずいぶんと幸せな国から来たんだな、あんた。」

「幸せっていうか・・・。でも生活はつまんないわよ。平凡な日々が、平凡に続くだけ。」

「・・・平凡に続く以上の価値が、どれだけあると思ってるんだ。」

「え?」

 カデルの言おうとしていることが、いまひとつ分からない。平凡なんて、退屈でつまらないだけなのに。

 人参やじゃがいも、玉ねぎに何かの葉っぱ、香草みたいなやつを鍋へ放り込んで、そこへ干し肉と、とろとろした牛乳みたいなものを入れて煮込んだ、シチューが完成した。木皿に木製スプーンという、なんだかほっとする食器に盛られたそれを一口食べると、

「美味しい! 美味しいね、これ。」

 と、今日の疲れも吹き飛ぶ美味しさだ。

「見かけによらず、料理うまいのね、カデル。」

「まずいよりはマシなだけだ。」

 と怒ったように返すカデルだけれど、ほんのちょっとドヤ顔が表情に混じるのを、私は見逃さなかった。料理をほめられて、嬉しかったんだ。

「これって、何のお肉なの?」

「兎。」

「ぶへっ! ごほっ、ごほっ。う、うさぎ・・?」

 予想外の肉種に思わずむせた。

「うさぎ・・・。兎かぁ。」

「珍しくもないだろ。あんたの国じゃあ、食わないのか。」

「うーん。あんまり食べないかも。スーパーで兎肉が並んでるの見たことないよ。でもまぁ、食べられて不思議なものじゃないのかぁ。美味しいし・・・。」

「肉を食わないのか?」

「食べるよ。食べるけど、牛肉とか豚肉、鳥肉が多いよね、やっぱり。」

「豚か。あれは宴の時くらいにしか食べられない、貴重なもんだぞ。いつも食べてるのか。」

「まぁ・・。毎日じゃないけど、週に二日くらいは、食事のどっかに入ってくるかな。」

「二日、だと・・? やっぱり、貴族としか思えないが・・。」

「だから、違うってば。」

「ふん。まぁ、立ち居振舞いからすれば、貴族とはかけ離れているからな。」

「それもちょっと失礼ね。」

「平民丸出しもいいところだ。」

「そりゃ、平民といえば平民だけどさ。カデルはどうなのよ。」

「・・・俺の話はいい。」

「・・?」

 急に、カデルの顔から表情が消える。私を襲った熊男達、彼らに本気でとどめを刺そうとした、あのときの顔だ。カデル自身のことに話をふった途端これって、何か、触れられたくない過去でもあるのかしら。

 カデルが黙ると、辺りはひどく静まり返った。焚き火のはぜる音と、虫の()が遠くから聞こえるだけで、静けさが押し包むように迫ってくる。街から遠い郊外みたいだけれど、郊外というだけの感触じゃない。学校からも、家からもはるか遠くに来てしまった。それゆえの寂しさが不意にこみあげてくる。

「ねぇ、カデル。」

「何だ。」

「ここってさ、どこの国なの? 明日には、私の家族や友達と連絡がつくよね。」

 恵の呑気な声をはやく聞きたい。

「連絡がつくかどうか、俺は知らん。どこまでを国とするか、ひどく曖昧な時期ではあるが、ここはガリアナと呼ばれている。」

「ガリアナ・・・。って、どこ?」

 そんな国の名前、聞いたことない。

「ヨーロッパの国の一つ、よね。船は地中海にいたんだし。」

「ヨーロッパ? 何だ、それは。」

「え?」

「お前が自分達の住む地域をどう呼んでたか知らんが、少なくともここはそのヨーロッパとやらじゃない。」

「ヨーロッパじゃないって、じゃあ、どこなのよ。」

「だから言ってるだろ。ガリアナだ。二度同じことを言わせるな。」

「土地の名前じゃなくて、位置的な話でよ。」

「南はノストラム海、北は永久凍土ノルオドラスに挟まれた広大な地域だよ。そんなことも知らずに船に乗ってたのか。あんたの沈んだ船は、そのノストラム海に浮かんでたんだろうが。」

「ノルオド・・? ノストラム海?」

 私の知ってる地名が一個も出てこない。それだけじゃない。カデルや、襲ってきた熊男達のワイルドな服装。それに、リウのアナイ。家から近いとか、遠いとか、そういう距離の問題じゃなく、完全にかけ離れた場所に来てしまった。そんな気がしてならない。

 これまで、そこはかとなく抱いてきた疑念。つまり帰れるんだろうかって不安が、急に現実のものとして浮かんできた。どんな遠い国に来ても、同じ地球上であればいつかは帰れるものと思っていたけれど、前提にあるのは同じ地球上であれば、ってところだ。まさか、その前提すら成り立たない、ことはないと思うけれど、今の私にしてみれば、見たことのない動物、聞いたことのない地名、囲まれている環境的に未知の大陸にいるのも同然だ。そういう隔絶の中から、果たしてそれを乗り越えて、普通に帰れるものなんだろうか。

「当分連絡はつかないし、帰れもしないだろう。落ち込んでも無駄だ。さっさと寝てしまえ。」

 カデルは、青ざめているだろう私の顔を見るとそう言って、あとは毛布をかぶり、ごろんと丸まってしまった。

「・・・うん。」

 突き放すように言うカデルの言葉だったけれど、実際、その通りだった。

 ガリアナってさ・・・。明日には街に着くみたいだけれど、ここに来るまで、道路の一本、車一台見ていない。電話って概念すらないみたいだし、恵や家族と連絡すらままならないかも知れない。

 私は抱えた膝を、ぎゅっと抱きしめた。

 とにかく、今は悩んでも仕方がないか。カデルの目指す街に着けば、少しは状況もはっきりしてくるだろうし。果たして帰れるのか、という不安と悩みの無限ループを強引に打ち切ると、私は地面へ横になった。

 悩みをいったん中止できる、というのが私のささやかな特技だ。

 考えても答えの出ないことと判断したら、考えるのをやめる。だって、答えが出ないんだもの。状況が変わったり、新しい考え方、思考のフレームってやつを別に得ることで、あっさり答えが見つかることもある。今は、考えるのをやめるべきときだった。

 眠ろうと目をつむるのだけれど、焚き火の近くとはいえ、想像以上に地面が冷たい。

 胎内の赤ちゃんみたいに身体を丸めていたところへ、ぼふ、と何かが顔にかかる。

「わ。何?」

「かぶって寝ろ。それ一枚しかない。」

 カデルが毛布を私に投げたんだ。

「かぶってって・・・、カデルは?」

「俺はいい。貧弱なお前とはできが違うんだ。」

「ありがと・・・。」

 毛布にくるまると、ようやく落ち着いてうとうとしかけるのだけれど、焚き火の先に見えるカデルの眉間に、深いシワが寄ってる。自分はいい、とか言いながら、やっぱり寒いんだ。

 私は立ち上がってカデルに毛布を掛け、背中合わせになるようにして一緒に入った。

「・・・いらないと言ってるだろ。」

「すごい寒そうだよ。一緒の方があったかいよ。」

「・・・ふん。勝手にしろ。」

 面倒臭そうな声で言うカデルだった。

 カデルは、何で私を助けてくれたんだろう。たまたま通りかかった、みたいなことを言ってたけれど、カデルには選択肢があったはずで、つまり、助けるか、助けないか。相手は二人組なわけだし、あのまま見て見ぬふりして通り過ぎることもできたはずなのに。不意を突いたとはいえ、かなりのリスクがあったに違いなかった。やっぱり、見過ごせないという正義感や、親切心みたいなものがあったから? 妙に上から目線で偉そうだったり、ふてくされたような態度をとるけれど、根はいい子なんだ、きっと。そのとき私は、結構本気でそう思っていた。カデルの背中はやっぱりあったかくて、私はすぐに眠りへ落ちた。

 

 翌朝、日の出前からカデルにつま先で小突かれて目を覚ます。

「起きろ。出るぞ。」

「ん・・・。朝?」

「そうだ。もたもたするな。」

 言われて起き上がると、すでにほとんど支度は終わってて、荷物もアナイの背中に結ばれている。寝ぼけ(まなこ)をこすりながらアナイに乗ると、カデルは布袋からパンを取り出し渡してくれた。

「朝ごはん?」

「ああ。」

 堅い感触から予想した通り、そのパンは岩のように硬くて歯が欠けそうなほどなのだけれど、注意した噛むと味が出てきて美味しかった。草原の丘の間からゆっくりと、太陽が昇る。きちんと朝日を見たのっていつ以来だろ。紫に近い薄暗さは輝く光で次々と塗りつぶされて、替わりに、岩陰へ濃い影を落とした。

「ねぇ、カデル。今向かってる街って、何ていうところなの?」

「バイルシュタット。俺達、レナ族の拠点だ。」

 バイルシュタット・・・? やっぱり、聞いたことがない。それもあるし、カデルはレナ族と自分達を称するにあたって、「俺達」というのをやけに強調した、気がする。・・・なんで? ただ、そこを気にしても始まらないので、

「カデルはそのレナ族の、なんというか、メンバーなの?」

「ああ。」

「部族単位って、なんか珍しいね。都民とか、県民ってのとはちょっと違うのか・・・。」

「トミン? あんたのとこじゃ、トミン族なんてのがいるのか。」

「トミン族て。いないよ、そんなの。だいたい、出身とか出自とかあんまり関係ないしね。」

「出自・・・。関係がないってのは、集団の中でそこを問われないってことか。」

「うん。あんまり。まぁ、ちょっとした話題くらいにはなるけど、本人がどうかってことが一番大事なんだから、重視はされないんじゃないかなぁ。」

「そうか・・・。」

「?」

 なんだか、出自の話になった途端、カデルの雰囲気が重くなる。カデルはそれきり、黙ってしまった。

 朝露に濡れる草を踏みしめ、アナイの足取りも軽い。ところどころ花まで咲いて、なんか、きれいな場所だった。人の手の入っていない、生の自然ってこういうことなんだろう。こんなに建物がなくて開けた場所へ来る機会なんてないものだから、すごく新鮮だった。

 太陽を右側に見ながら進んでいるところからして、北へ向かってるみたいだ。

 ようやく、私達は道のようなものに突き当たった。道、といっても、そこだけ草が生えてない土の地面が一本伸びているだけの、舗装路とはほど遠いものだけれど。

 カデルは私に振り向きながら、

「これを頭からかぶれ。」

 と、フードつきのマントみたいなやつを渡してきた。

「これ? 今、別に寒くないよ。」

「防寒という目的じゃない。あんたみたいな遠来(えんらい)の人間、ここらじゃ珍しいからな。あまり顔をさらすと目立ちすぎるんだ。」

「目立つとよくないの?」

「昨日みたいな(やから)に目をつけられないとも限らない。この先、街道筋には野盗の斥候が歩いてることも多いから、目立たないに越したことはない。」

「や、野盗って・・。そんなのが出るんだ。分かった。」

 昨日の熊男のような奴らに目をつけられたらたまらない。私は、黒なんだかカーキ色なんだか分からない、年季の入ったマントを羽織ると、フードを頭からかぶってうつむいてみた。これなら、すれ違ってもほとんど顔は見られない。

 土の道をしばらく進むと、対向車と行き違った。四輪の車。ただし、一馬力の、だ。自動車の一台も通るんじゃないかという私の期待は、見事に裏切られた。木製の荷車を馬が引いている。馬といっても、リウの方の馬じゃない。ウマの方の馬。紛らわしいけど、私にとって馴染みのある、奇蹄類(きているい)の方の四つ足動物たるウマだった。

 御者のおじさんが大きなあくびをしながら、お鼻をほじっている、のを視界の端で見ながら、

「普通にウマもいるのね。」

 とカデルに囁いた。

「ああ。あっちのウマは知ってるのか。」

「うん。というか、ああいうウマしか知らなかったんだけどね。あれに乗ったりはしないの?」

「乗る奴もいるが、軍用となるとリウの方が多いな。」

「軍用・・・? アナイも軍用なの?」

「そうだ。斥候用のエリートだ。」

 軍用なんて、ちょっと物騒な単語が出てきたものだから、私は続けて訊いてみた。

「えっと・・、じゃあ、カデルも軍の人、なの?」

「ああ。何だと思ってたんだ?」

「遊びで遠出してる近所の子供かと・・・。」

「バカか、あんたは。遊びでリウなんかに乗れるわけないだろ。」

 私はちょっと、カチンときた。

「バカって、カデルが自分のこと、あんまり話さないからそう思ってたのよ。そんな言い方しなくていいじゃない。」

「聞かれなかったから話さなかっただけだ。」

「俺の話はいい、とか言って、話したがらなかったくせに。」

「あんたの方こそ、訳の分からない言葉を並べて、話を混乱させる一方だ。」

「訳が分かんないのは私の方よ。聞いたこともない国に流れ着いちゃってさ・・。いきなり襲われるし。」

 私は勢いのまま、気になっていたことをカデルに尋ねた。

「そもそもカデル、なんで私のこと、助けたの?」

「! ・・・放っておけなかった。悪いか。」

 急にカデルの言葉は、歯切れが悪くなる。照れ隠し、という見方ができなくもなかったけれど、何か、嘘の響きが漂うひとことだ。カデルはぶっきらぼうで、冷徹そうな態度を装うくせに、どこか不器用なところがある。なんとなく私はそう思った。

「放っておけなかったって・・。そこはまぁ、感謝してるけどさ。」

 それだけ、なのだろうか。どこか煮え切らないけれど、助けてもらった手前、その動機をこれ以上、とやかく言えないような気もする。

 ほどなくして、街道を行き交う人や馬車が増えてきた。みんなカデルと似たり寄ったりな格好で、いわゆる、ユ○◯ロやシ◯ム◯とか、スーツなんかを着ている人は一人もいなかった。何年も着古したような服をベルト代わりの荒縄で締めてたり、フードつきの擦り切れたローブを被っていたりと、服装が荒っぽい。こうも格好が違うと、西洋版時代劇のセットの中を歩いているような、そんな錯覚にとらわれた。

「そろそろバイルシュタットだ。フードをしっかり被ってろ。」カデルが振り向かないまま言った。

「町の中でも、やっぱり被ってた方がいいの?」

「街中だろうと街道だろうと、変わりはない。目立つのは避けたい。」

「・・・ふぅん?」

 カデルは妙に、私の姿を人目にさらしたがらないけど、これだけ人も増えてきたんだから、いきなり野盗、追い剥ぎの類に遭うとも思えない。ちょっとくらい、いいんじゃないのかな。気温も上がって、フードがちょっと暑苦しい。

「フードが暑いんだけど、取っちゃダメ?」

「駄目だ。」

 と、にべもない。

「あ、そ。そこまで言うなら取らないけどさ。そろそろって・・。あ。」

 街道を折れた先、平原の中へそびえるように建つ、丘の上の町が見えてきた。周囲を丸太で打ち立てた壁に囲まれ、ところどころに物見の東屋(あずまや)が備えられている。丘を上った頂上付近にあるのは、お城、だろうか。けれど、中世のお城と呼べるほどがっちりとしたものじゃないし、どちらかというと、(やかた)、の部類に入るのかも知れない。

 丸太を束ねた観音開きの門に差し掛かると、カデルはアナイから降りて言った。

「降りろ。中では騎乗できない。」

「あ、うん。」

 私もアナイから降りて、カデルの後ろにくっつくようにして歩いていると、門の両側に立つ衛兵の一人、ヒゲもじゃの人が気さくな感じでカデルに話しかけてきた。

「よぉ、カデルじゃねぇか。戻ったのか。何だ、その後ろの奴は。」

 う。まずい。見咎められた・・?

「ああ、途中、賊に襲われてたんで助けてやった。バイルシュタットに用があるっていうから、ついでに乗せてきた。」

「なんだぁ? 珍しいことすんじゃねぇか。人助けなんて。ただ働きはしねぇ主義だろ。」

「もちろん、ただじゃない。礼はたっぷりはずむと言ってる。」

 ちょ・・! はずまないよ。そんなこと、ひとことも言ってない。

「はーん。ま、連れて来るだけで礼がもらえるなら、うまいもんだ。それよりカデル。戻ったんなら、後で飯でも行こうぜ。」

「いや、今日はよしとく。」

「何だよ、つれねぇな。」

「もう行くぞ。あんたと話してると、日が暮れる。」

「日が暮れるって、大げさだぜ、そら。よぉ、あんた。」

 ヒゲの男は私に向かって声を掛けてきた。

「は、はい・・。」

 急に話しかけられるものだから、驚いてもごもごと返事をする。

「ようこそバイルシュタットへ、だな。まぁ、ゆっくりしてけよ。」

「あ、ど、どうも・・・。」

 私はうつむいたまま、ぺこりと頭を下げた。よかった。何か詰問されるかと思ったけど、違った。

 門をくぐるカデルに私は囁いた。

「ちょっと、礼をたっぷりはずむってどういうことよ。私、そんなこと、ひとことも言ってないよ。今、手持ちはほとんどないし。そりゃ、もちろんお礼はしたいけどさ。」

 財布にはおこずかいとして50ユーロと少し、あとは夏目先生が三、四枚入っているだけだ。

「あんたの持ってる礼には期待しちゃいない。」

「え? じゃあ、どういう・・?」

 言いかけて、私は息を呑んだ。

 このバイルシュタットと呼ばれてる町の、メインストリートと思しき場所に出たその光景に、圧倒されたからだ。

 大小様々な露店が天幕の下、商品を並べ、干し肉、野菜、果物といった食べ物から、アクセサリー、服、刃物、皮や布製の各種袋、はては鍋や食器まで、いろんなものが所狭しと売られていた。

「すごい・・!」

 雑踏の生み出す喧騒は(うしお)のようにさざめいて、ものすごいにぎわいだ。

 カデルは人波をするすると避けながら、アナイを引いてどんどん先に行ってしまう。

「あ、ちょっと、待って、カデル。」

 気を抜くと迷子になってしまいそうだ。私は慌てて追いつくと、カデルのズボンの端っこを握った。

「おい、どこを持ってる。うっとうしいんだよ。」

「だって、これじゃあ、迷子になっちゃうよ。初めての場所なんだもん。はぐれたら最期だわ。」

「ちっ。」

 カデルは舌打ちするのだけれど、それ以上何も言わないってことは、勝手にしろってことよね。

 行き交う人々は様々だけれど、おしなべて、ヨーロッパ系の人が多いみたい。ただ、その服装は私の感覚からして、映画の中の住民みたいな感じだ。

 物珍しさに目移りしながら、やっぱり、これは・・、と不安に駆られる。地中海沿岸のどこかの町とか、そういう次元の話じゃない。私の住む世界とは、根本的に違う場所。見知らぬ世界に来てしまったのだ。

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