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ミギワメンテリスカノン  作者: 桜田駱砂 (さくらだらくさ)
10/10

チャプター9 その先の

「お腹空いたかも・・。」

 私の背中に向かって、ミカゲがぽつりと言った。

「うん・・。バイルシュタットに戻れば、いっぱい食べられるよ。我慢しよ。」

「そうね・・・。うん。我慢する。・・・カノン。ありがと。」

「え・・・?」

「矢に当たって、瀕死のあたしをばぁちゃんのとこまで、連れてってくれたでしょ。姉妹とか、肉親というわけじゃない、出会って間もない私をさ。」

「そんなの・・・。」

 当たり前のことだと思ってた。あらためてお礼を言われるほどのことじゃない。

「当たり前じゃない。放っておくことなんて、できるわけない。」

「ふふ・・・。そういうとこが、カノンらしいよ。いや、フィオラらしいとも言えるのかもね。みんな、フィオラの面影を色濃く見るんだよ、カノンに。容姿だけじゃない、その魂的に、というか。だからついてくる。」

「そうなのかな・・・?」

「きっと、そうだよ。」

「・・・うん。」

 カデルがアナイを寄せてきた。

「おい、カノン。」

「なに、カデル?」

 そういえば、おい、とか、あんた、あるいはフィオラ様、としか私を呼ばなかったカデルがいつの間にか、カノンという名前で私を呼んでくれるようになった。本人は意識してるのか知らないけれど、そこはちょっと嬉しい。

「バイルシュタットに戻ったら、軍議では主導権を握るぞ。ぼんくらどもに好き勝手させるな。ヘイデンケル砦での戦果を考えれば、たやすいことだ。ビトリナス族の侵攻を食い止める中心にいるよう努めろ。」

 カデル、早くも上にのし上がるための算段だ。首長(ニール)第六子が娘、フィオラの功績でビトリナス族を撃退。新聞の見出しみたいなキャッチをすでに考えているんだろう。カデルらしいといえば、カデルらしい。

「分かってる。でも、私達が帰る方法、探すのも忘れないでよね。」

「ああ。そっち方面の情報も集め始めている。心配はするな。」

 いつの間に・・・。やっぱりこの子は、抜け目ない。

 見慣れた丘を前に迎えた。ここを越えれば、街を一望できる。バイルシュタットはもうすぐ。

 なんだけれど、何か、様子がおかしい。

 カデルも異変に気付いたみたいだ。

「止まれ! 何かおかしい。」

 風がざわつくというか、奇妙な気配が丘の向こう側に淀んでいるような・・。私達はいったんリウから降りると、腹ばいになって丘を登る。そこに広がる光景に、私は息をのんだ。

「な・・に、これ・・。」

 バイルシュタットの街を取り囲むようにして、幾重にも人の垣根ができてる。そこかしこにきらめく斧や剣。その数、ざっと見ても三千人以上・・・。

 カデルが歯噛みをしながらつぶやいた。

「くそっ・・! やられた。ビトリナス族のほぼ全軍だ。傭兵も相当数入ってるようだが、ヘイデンケル砦への攻撃は陽動(ようどう)だったんだ。」

「陽動・・・?」

 サータリがあきれたような、感心したような、おかしな声をあげて、

「ふむぅ。完全包囲ってやつじゃの。蟻の子一匹通れそうもないのぉ。」

 そんな感想をもらす。

 カデルが続けた。

「注意を砦にそらして、本隊がバイルシュタットを叩く。無論、バイルシュタットの防備も固めつつあったわけだが、まさかビトリナスの攻撃がこれほどの規模とは・・・。」

「ど、どうしよう、カデル・・! バイルシュタットが落とされるってこと?」

「・・・・いや。」

 カデルは戦線をにらみながら、私の言葉を否定した。

「バイルシュタットは丘の上の街全体を城壁で囲った堅城だ。(やぐら)の数も多い。ビトリナス側も包囲したまではいいが、力押しはできない、といったところだろう。長期戦になるぞ。」

「長期戦って、どれくらいもつの?」

「井戸も食料もある。一年は戦えるはずだ。」

「・・・どうにかできないかな? テグウェン達と合流して、とか。」

「無理だな。テグウェンの手勢ではさすがに少なすぎる。この包囲は崩せないだろう。」

「でも、このまま手をこまねいてるだけじゃあ・・・。」

「分かっている! 少し黙ってろ。今、対策を考えてる。」カデルは怒ったように私を遮った。

 ミカゲは心底困った顔をして言った。

「私のご褒美が・・・。ローンの返済に当てようと思ったのにぃ。でもさ、敵のビトリナス族も、よくこんな大軍を集めたよね。よっぽど大きな部族なんかな。」

 ミカゲの疑問に、サータリが答えた。

「・・・いや、ビトリナスの連中にここまでの勢いはなかったはずじゃ。色々と事業でコケて、財政的にも苦しかったはずじゃからの。どうにも、スポンサーの匂いがしてならんの。」

「スポンサー?」ミカゲが首をかしげた。

「金の出所(でどころ)がどこかにある、ということじゃ。」

「出所って、誰がいったい・・?」

「ローディニウム・・・。」二人の会話を聞いていた私はつぶやいた。

 サータリがうなずく。

「うむ。考えられるのは、そのあたりしかおらんじゃろう。これだけの規模の軍勢、個人のポケットマネーなどではとても(まかな)えん。東のローディニウム帝国が、ビトリナスに肩入れしている、というところじゃろうの。」 

 私はサータリにそのまま疑問をぶつけた。

「でも、なんでローディニウムが? はるか東の、アユタル山脈を越えた先にある遠い国のはずなのに。」

「アユタル以西の地域にも、食指(しょくし)を動かし始めたんじゃろ。その手始めとしてビトリナス族に資金を提供し、ニール達レナ族を(ほふ)らせる。レナ、ビトリナス、双方が戦で消耗したところを見計らい、一気に飲み込む。ローディニウムの戦略は、ビトリナスのアホ供より一枚も二枚も上手じゃわ。」

「そんな・・・。」

 国という、大きな単位の起こしたうねりのようなものに、私達が急速に巻き込まれつつあるのを感じた。情勢が動いている。このままでは、ニールおじさんが、バイルシュタットの人達が危ない。

 黙って腕組みをしていたカデルが、意を決したように口を開いた。

「・・・カノン。アシンクムに行くぞ。」

「アシンクムって、確か・・・。」

「ハイミ族の拠点だ。ハイミの連中は規模こそ小さいが、レナ族、ビトリナス族どちらに(くみ)することもなく、中立を保ってきた。これまで、レナとビトリナスの間の、緩衝材(かんしょうざい)的な役割を果たしてきたと言っていい。ビトリナスの勢力が一方的に拡大することを、ハイミ族も警戒しているはずだ。そこを利用する。」

「ハイミ族に、味方になってもらうのね。」

「ああ。この周辺地域の勢力バランスを取り戻させる。ハイミの首長は変わり者らしいが、ニールの娘、あんたが行けば、ともかく話くらいは聞くだろう。」

「分かった。」

 かすかだけれど、希望が見えた。やるべきことが決まったとたん、むくむくと力が湧いてくる。不思議な感覚だった。

「ミカゲとサータリは・・・。」

 ちら、と私は彼女達の目を盗むように見る。

 ミカゲは、

「ぬひひ。行かない、とでも言うと思った? 一蓮托生って言ってるじゃん。それに、カノンは命の恩人でもあるわけだしね。もちろん一緒に行くよ。」

 どん、と胸を叩いて応じてくれる。サータリの方はといえば、

「行くに決まっておろう。情勢が不安定になっているときは、武器もよく売れるわけじゃし、軍民問わず、各方面、財布の紐が緩む。ミカゲには、支払いを続けてもらわなければならんしの。」

 と言って、手堅い商人気質を発揮してくれるのだった。言われたミカゲは、

「あう。払う。払いますってば。暇を見て強壮薬の材料も集めてるし、ちょっと待ってよね。」

 と、たじろぐ。

 カデルは私達を見てうなずくと言った。

「よし。そうと決まれば、こんなところをいつまでもうろうろしてられん。街道を避けつつ、アシンクムに向かうぞ。」

「うん。」

 私はもう一度、バイルシュタットを見つめた。ニールおじさんが住み、そしてフィオラが住んだ街。

 このまま滅ぼされてしまうなんて、そんな悲しい結末、絶対に嫌だ。

 必ず助けに戻る。私はその思いを胸に刻みながら、歩き始めた。

ミギワメンテリスカノンをお読みいただいた方へ、誠にありがとうございます。


ストーリーを締めくくるには、かなり中途半端なところではありますが、形式上はいったん終了といたします。カノンは、ミカゲは果たして帰られるのか。レナ族の運命は。カデルは出世できるのか。サータリの商売やいかに。私自身、気になっているところでありますので、また機を見て続編を書きたいと思います。

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