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ミギワメンテリスカノン  作者: 桜田駱砂 (さくらだらくさ)
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プロローグ 毛皮の野性

 世紀末って言葉から連想するのは文化的退廃とか、文明の衰退、ぼろぼろに風化しかかったビル群に、町外れから突然始まる砂漠とか、そんなところ。加えてはずせないのが、無政府状態のその土地に跋扈(ばっこ)する、力でもって我が意を叶えるヒャッハーな人達だ。脳みそに回るはずのエネルギー、その大半が筋肉に行ってしまったような顔をした、粗暴で、野卑(やひ)で、およそ話の通じる気配のない彼ら。と、そこへ北斗の星に祝福された孤高の拳士、無敵の彼が現れてヒャッハー野郎達を瞬殺する。

 ほど、現実は甘くなかった。

「はぁ、はぁ、はぁ・・。ぐっ・・・! はぁ。」

 私は盛り上がった木の根に足を取られかけ、それでもなんとか転ばず走り続ける。

「なんで、こんな・・・!」

 今の私に、自分の置かれた状況を考える余裕はなかった。走って、走って、走り続ける。走るマシーンといえばちょっとかっこいいけど、要は転げるようにして逃げまどうただの小娘だ。

少しでも身を隠せそうな海岸沿いの林の中に逃げ込んだけれど、だめだ・・。奴らが、来る。

 背後から雄叫びにも似た声で、

「ヒァアアッ、ハァ!」

 ヒャッハーって言った、ヒャッハーって言った、ヒャッハーって言ってるよ! こぇぇ・・!漫画の中で読むセリフとはまったく違う、お腹の底に響くような威圧感がその声にはあった。十二分な肺活量と、あふれんばかりの暴力性、その片鱗が空気を伝わってくるみたいだ。

「うぁ、うぁああ。」

 汗と、涙と鼻水でべちょべちょになりながら、私はもうわけも分からず走り続けた。制服のスカートが茂みに引っかかって、あちこち破れている。

 相手の人数は二人。話が通じなさそうなのは、目が合った瞬間、すぐに分かった。私を人とは見ていない。戦利品といおうか獲物といおうか、持って帰ってどうにかしちゃおうっていう、むき出しの欲望を隠す気なんてさらさらない顔で、私に向かって来た奴らだった。

 私は逃げた。ほとんど本能的な直感で、奴らとは反対方向へ足が勝手に動き出した。どこからやって来た人間なのかはよく分からなかったけれど、毛皮でできた服を着て、馬みたいな動物に乗っかっていた。毛皮といっても、ミンクのコートとか、そういうセレブ的なものじゃなくて、もっとこう、いかにも野生動物から剥いでなめしてそれをひっかぶりました、みたいな、ひどく粗雑なやつだ。

 どっ、どっ、どっ、と、草地を踏みしめる奴らの乗った動物の足音がどんどん迫ってくる。

「は、速い・・・!」

 私はこまねずみみたいに足を動かしているのだけれど、迫る気配との距離は縮まる一方だった。そもそも、怖くて膝が笑い、うまく走れていない。

「ォォオラァ!」

 雄叫びが、さっきよりずっと近い場所、斜め上の方から聞こえた。涙でぐちゃぐちゃな視界の端でもって後ろを見ると、動物にまたがった男の高さは二メートルかそれ以上、ものすごく高く見える。馬みたいなものと思っていた動物は、馬とは似ても似つかなかった。言うなれば、トカゲとか、そうした爬虫類系に近い。鱗で覆われた薄緑色の体表に、長い尻尾と前足のかぎ爪。縦長の細い瞳は金色に輝き、二本の足で走るその姿は、さながら恐竜だ。コモドオオトカゲの親戚みたいなもの、と思うには、あまりに恐竜じみていた。

 騎上の男は持っている手斧の刃の部分を、くるりと手前に返した。私をすぐに殺すつもりじゃないのかも、とわずかな期待を寄せてみたものの、どうせあの柄で殴りつけてくるんだろう。あとはそのままひどいことされる。怖いのに違いはなかった。

「ぅあっ!」

 後ろを見ながら走ったせいもある。地面の盛り上がりに足を取られた私は派手に転んで、とうとう、奴らに追いつかれた。

「はぁ、はぁ・・・。」

 絶望的な気持ちで私は彼らを見上げた。

「うぐっ。ひ・・・。」

 涙が止まるほど、背筋が冷たくなる。

 こんなに怖いと思ったのは、生まれて初めてだった。だって、奴らは怒っているとか、私を恨んでいるとか、そんな顔してない。私を囲んで、嗤っているのだから。私を見下して、にやにやと笑みを浮かべている。これから始まる行為への、下卑(げび)た期待そのものが表情に現れているかのようだった。

 がくがくと足が震えて、力が入らない。立ち上がってもう一度走り出す勇気が欲しかった。勇気が。けれど、私の身体には、意志と反して力がまったく入らない。

 へたり込んだままずるずると後ずさる私へ、男達が迫る。

 終わった、かも。

 私はすべてを諦める時がきたと、本気でその時思ったのだ。学校生活も、これからの人生も何もかも。決して薔薇色と呼べるような今までの生活ではなかったけれど、それでも、先を閉ざされるというこの感覚に、私は恐怖した。

 終わる。

「彼」が現れたのは、私が絶望に対して(あらが)う気力を失いかけた、まさにその時だった。

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