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大嘘つきの戦争

 俺たちの元には憲兵旅団大佐。

 そして、バーリャには毒で動けなくなったエルニコフ准尉がいる。


 アイズマールの謀略によって命を狙われた2人は、まだ生きている。

 彼らをミッドスフィアに帰還させ、証言台に立たせることができれば、この一連の事件は一気に解決へと向かうはずだ。


「じゃあな、裏切り者の方は、お前たちに任せたぞ」


 しばらくの休憩の後、俺はルイーズと少年、そしてサテモに対して言った。

 少年はまだ俺の事を尊敬のまなざしで見つめている。

 この事件の解決に欠かせない、力強い味方のサテモは、俺の目を見つめながら、首を横に振り、驚くべきことを言った。


「いえ、ごめんなさい、先を急ぐ旅ですから」


 この妖精め。


 自分からわざわざ面倒事に首を突っ込んでおきながら、いざ手を貸して欲しいと頼むと「先を急いでいるんです」なんて言い訳をするなんて。

 ちくしょう、なんてフリーダムな種族だ。

 あきれてもう声も出ない。


「あなたは、どうするんです?」


「俺か? 俺はこれからちょっと用事があってな」


 少年は落ちつかなげに尋ねてきた。

 俺はアレルカンの入った革のケースを拾い上げると、わざと声を落として言った。


「アイズマールの野郎に一発ぶちかまして、伝説の剣を奪い返してくるのさ」


「えええっ!」


 少年のいい反応に、俺は少し気分がよくなった。

 ふふん、最近の子供は大戦時の殺伐とした空気を知らないからな。

 仲間が殴られたら殴り返す、敵に奪われたものは奪い返す。

 そんな発想がデフォの世界だった。

 少年の反応の良さに満足して、俺の口からは当時一世を風靡した映画の有名なセリフが滑り出した。


「その代わり、賞金は六四だぞ。……いいな」


 俺がにやりと笑うと、少年はきりりと眉を吊り上げ、俺のさらに上を行く有名なセリフを言った。


「俺も……行きますッ!」


「だめだ」


 俺はほぼ反射的に拒絶した。

 少年の真っすぐな瞳が、俺の心臓にぐさぐさ突き刺さってくる。

 いや、ちょっとやめてくれ、それだけは、絶対にだめだ。

 このまま行方をくらまして、マフィアとの決闘に向かって儚く散った、少年の思い出の人になるという俺の人生設計がめちゃくちゃになるじゃないか!


 すべての真実が明るみになってしまえば、俺は重大な犯罪者だ。

 なんせ西軍じゃあ、たとえどんな理由があろうと国王陛下を欺いた刑罰は免れられないんだ。

 今なら正義の軍人として、誰にも恨みを抱かれることなく姿を消せるチャンスなのに。


 だが、少年の目は本気だった。

 いやな汗が噴き出してきた。

 こいつ、何が何でもついてくるつもりだ。


「お前みたいな素人の出る幕はない。ここからは、血みどろの修羅場になるんだぞ」


「いえ、それでも、行かせてくださいッ!」


 俺がなんと反論しても、少年はいちいち前に進み出て食い下がった。


「俺は頼りないかもしれないけど、あのバーリャを旅してきたんですよ。自分の身の守り方も、銃の撃ち方も、エルニコフ准尉に教わりました。少しはあんたの役に立てるはずだッ!」


「いいか、前線で銃を撃っている兵士だけが戦争で戦っているんじゃない。お前がいなかったら、いったい誰が大佐や准尉を連合軍まで連れて行って、軍の裏切り者を逮捕するんだ!

 俺がアイズマールを捕まえたところで、また元の木阿弥になるだけだぞ! しかもこの肝心な時にあのサテモはもう帰りたいとかぬかしてやがる、頼れるのはお前だけなんだッ!」


「でも……でも、元はと言えば、俺のせいで……!」


 少年は歯を食いしばり、悔し涙を浮かべた。

 なんだ?

 ああ、そうかこいつ、自分が大使館に助けを求めたせいで、アイズマールに剣を奪われたと思って後悔しているのか。

 ふむ、殊勝な心がけだ。

 もうこうなったら、この際『誰の責任』だとかは一切関係ないよな。


 俺は、30年前の厳しい軍人の顔に戻った。

 孤高の胸に高らかに鳴り響くトランペットの独奏を背景に、清廉とした口調で言った。


「いいか、少年、お前にはまだ未来が残されている。たった一度人生で剣を奪われたからといって、それで全てを失ったわけじゃないんだ。

 お前のバーリャの旅は、まだ終わってはいない、お前の前にずっと続いている。お前は生きろ、そして俺のまだ見ぬ、この世界の先を歩きつづけろ。所詮人生は浮き沈みの繰り返しだ。この先、似たような成功も失敗も、挫折も妨害も、山ほど経験する事になるんだからな。

 だが、決して諦めるな。諦めるんじゃない、生きている限りチャンスはまた巡ってくる。それを頭に刻んでおけ! わかったな………………少年!」


 ルイーズは『お前が言うな』という冷めた目つきをしていたが、俺は無視して言い切った。

 言い切った俺の背景で、トランペットの独奏が静かにフェードアウトすると、サテモが突然口を挟んだ。


「そういうことでしたら」


 彼女は顎をついと上げると、細い喉からキジのような甲高い声を出した。

 その立ち姿からは想像もできないような大きな声が出るものだから、驚いた。

 しばらくして、森の奥で木の葉ずれが聞こえた。

 警戒心が強いはずの野生の馬が、やはり少し警戒しながらこちらの様子を伺っている。


 サテモが細い手を差し出すと、馬は安心したようにこちら側に姿を現した。

 馬の耳元に何かを囁いているサテモを見ながら思った、やっぱり森の妖精には森が一番似つかわしい。

 馬となにやら話を終えると、彼女は俺達に向かって、力強くうなずいた。


「この子が手伝ってくれるそうなので、大丈夫です。ルイーズさんの事は私に任せて、どうぞこの先は、お2人で剣を取り返しに行っていらしてください」


 ……こいつ、本当はわざと俺を困らせようとしているんじゃないだろうな?


 くそったれ、どうやら俺が少年を連れていかなければならない空気みたいだ。

 隣を見れば、少年は相変わらず賢い犬のような熱いまなざしで俺を見ている。


 予定は大幅に狂ってしまったが、まあいい、こいつ一人ぐらいなら、後でどうにでも巻くことができるだろう。


 俺は、少年をじろりと見て、アレルカンの入った革のケースを投げ渡した。


「任せたぞ」


 少年はすこしよろめきながらそれを受け取り、覚悟を決めたように、しっかりと頷いた。


「いいか、全力で走るからな。途中で根を上げたら置いていくぞ。はぐれたら自己責任で山を降りるんだぞ。本当に途中で何があっても俺は知らないからな。いいか、何があっても文句はなしだぞ。な・に・が・あ・っ・て・も・だ、分かったな?」


「リゲル」


 ルイーズは、脇を押さえながら、なんとか自力で立ち上がろうとしていた。

 俺は、彼女が何か余計な言う前に行動に出た。


 足と胴体を抱えて地面からすくい上げると、そのまま馬の背に座らせてやった。

 馬は重みで多少嫌がったが、彼女をふり落とすような事はしなかった。

 側にはサテモがついている事だし、たぶん危険はないだろう。

 ルイーズは、馬の首に額を押し付け、苦しそうに息をして、俺の顔をじっと見つめていた。


「リゲル、お前……本気でアイズマールと戦うつもりなのか?」


 はっ、こいつ、一体何を言ってるんだ?

 そんな訳があると思うか。

 思わず笑ってしまいそうになったが、なんとか堪えて表情を取り繕うことに成功した。


「ああ。心配するな、剣は必ず取り戻してみせる」


 こいつと顔を合わせていられるのも、もう最後になるかもしれないな。

 血に濡れた手を握ってやると、彼女はその手をしっかりと握り返してきた。


「じゃあな。不可能に近いだろうが、俺よりもいい男を見つけろ」


「とっくに見つけてるよ、馬鹿者」


「そうか。気を付けろよ、いい男は死ぬのが早いからな」


 ルイーズは何も答えなかったが、俺が立ち去るまでずっと目をそらさなかった。

 辺りに手をかざすと、剣が放つ魔力は北の方角からかすかに漂ってきている。

 俺は少年を引き連れて、北を目指して森の中を駆けていった。


 走っている途中で何度か振り返り、背後を確認した。

 振り切ってやるぐらいの勢いで走っていたのだが、少年は俺の十数歩ほど後をちゃんとついてきていた。

 くそっ、どうやら弱音をはかないだけの根性はあるらしいな。

 このままじゃあ、トラッキングをして追跡を撒くのも無理だ。


 全速力で走っていると、とうとう森の中を横切る広い道に出た。

 埃っぽい地面には、つい最近多くの車や馬が通った跡がある。

 どうやら山賊どものアジトに近づいたらしい。


 しばらく息をしていると、幹の間を掻き分けて少年が姿を現した。

 頭のてっぺんから水を被ったようにシャツがぐっしょりと濡れ、前かがみになってぜいぜいとあえいでいた。


 よくもまあ、あんな重たいものを担いで来られたものだ。

 肩に背負っている革のケースは軽く見積もっても5キロはある。

 もう振り切るのは諦めた。

 このままではこちらの体力が持たなそうだ。


「もういい、返せ」


 俺は少年に向かって手を伸ばした。


「へ?」


 俺の言った言葉の意味が理解できていない様子だったので、もう一度言った。


「そのケースは俺のだろう。よこせ」


 少年は、それでようやく理解したようだった。

 肩にかけていた帯を外すと、俺の方に向かってケースを差し出した。

 俺の手は、革のケースの脇をするりと潜りぬけ、伸ばされた少年の腕と交差して、喉の付け根辺りに深く突き刺さった。


「ぐえっ!」


 いきなり喉に掌打を当てられた少年は、びくんと身をすくめ、地面に膝をついて、そのまま横様にばったりと倒れてしまった。

 どうやらうまく酸欠になってくれたらしい。

 気を失った少年の傍らで、俺は周囲を見渡してみた。


 道はほぼ東西に伸びている。

 西の方角には馬の足跡が向かっていて、東の方角はたぶん、どこかの町にでも続いているはずだった。


 少年は目が覚めたときに、どちらかの道を選択することになる。

 いずれにしろ、こいつは無用の長物だろう。

 俺は少年の腕の中から革のケースを取り上げ、取っ手の付け根に彫り込まれた番号を確認した。


 388900


「ふッ……ははははは……! あはははははは!」


 今度はちゃんと自分のものである事を確かめた。

 俺は笑った。

 なぜかは分からないが、おかしくて笑いが止まらなかった。


「あばよ。今度こそ、本当にお別れだぜ」


 何も聞こえていないだろうが、俺は少年に別れの挨拶をした。

 俺は風見鶏のように首をめぐらせた。


 さて、俺はどっちにいこう。

 西はまずないな。

 南に行くとサテモと出くわすかもしれないし。

 東に行くと後から少年が追いついてくるかもしれない。


 だったら北だ。

 俺はコンパスを取り出して北の方角を確認すると、どこに続いているか分からない森の中へと行方をくらましていった。


 * * *


 リゲルたちと別れてから数刻、ルイーズは馬の背に跨ったまま森の中を移動していた。


 馬具は一切なく、背中についた手のひらを通じて、こまやかな筋肉の動きや温もりが直接伝わってくる。

 鞍も手綱もつけずに乗馬するのは初めての経験だったが、彼女は若い頃、騎馬部隊に所属していたので、傷口に負担をかけないよう重心をずらすぐらいの事はできた。


 馬と変わらぬ速さで前を歩いている妖精が、不意に立ち止まった。

 美しい立ち姿の女性は息ひとつ乱していなかったが、こうして時々立ち止まっては休憩を取っていた。


 ルイーズは、汗ばんだ顔を横に振った。


「お願いだ、私の事は構わず急いでくれ。今は一刻を争う事態なんだ」


 列車を破壊した魔法は、殺傷能力が極めて高く、単純所持すら禁止されているはずのものだった。


 最初にアイズマール一家を逮捕したとき、取り押さえきれなかったのが悔やまれる。

 だが、まだ生き残った兵士が中にはいるかもしれない。

 その可能性を信じ、今は一刻も早く、東軍に戻って応援を要請すべきだ。


 しかし、周囲を完全に敵に包囲されていたあの状況を考えると、連中は生き残った彼らをどうするつもりなのか。

 救助が意味を成すかどうかすら分からない。

 こうやって他の生存者の事は考えずに、ルイーズの事ばかり気遣っているサテモの行動を見ていると、さらに希望が薄れてしまうような気がした。


「いずれにしろ、人のいる場所まであと半日は歩き続けなければなりません」


 サテモの口調は、いつも通り落ち着いていた。


「それに、その馬はあまり人を乗せ慣れていません。今のうちに休憩しましょう」


 ルイーズは深く息をついた。

 半日という時間が長いのか短いのか、彼女には判別がつかない。


「ミッドスフィア憲兵旅団大佐として、ひとつ忠告させてもらう」


 ルイーズは、サテモの目を見つめ返すと、一言言った。


「東部に着いたら、男には十分に気をつけることだ。特に、リゲルみたいな奴にはな」


 サテモは、長い耳の先端が肩に触れるぐらいに首をかしげた。

 ルイーズは、それだ、と言わんばかりに頷いた。


「リゲルみたいな男にやすやすと騙されているようではだめだ。あいつが言っている事はほとんど嘘で、デタラメばかりなんだ。いつも行き当たりばったりで行動するくせに、見栄っ張りで、最後に嘘をついてごまかすのが上手いだけなんだ」


 そう指摘されると、サテモはようやく理解したように、ゆっくりと頷いた。


「はい、私も、彼の言葉がすべて信用に値すると思っているわけではありません。ですが、相手を追い詰めるばかりでは何も解決しませんからね。少しは彼に逃げ場を与えないと、あのままでは事態が何一つ好転しないと判断したから、表向き信じたふりをしたのです」


 ルイーズは目を見張った。

 世間知らずかと思いきや、こいつはとんだ食わせ物だ。

 敵に回すと恐いな。


 サテモは、不意に両目を膨らませて、全身に鳥肌が立ったように身を縮め、森の北に顔を向けた。

 どうやら、彼女には何かが聞こえるらしい。

 耳をしきりに動かして様子を探っていた。

 恐らく、そちらにはリゲルたちがいるのだろう。


「アーディオというのは、複雑な生き物ですね」


 やがて彼女はぽつりと呟いた。

 ルイーズには、彼女達の方がよっぽど複雑な生き物のように思えてならないのだが。


 すべての住民が千里眼を持っているサテモの集落では、住民は常に他者の監視下に置かれる事になる。

 そのため、彼らの集落はプライバシーという概念が薄くできており、他人を欺くということが物理的にできない。

 そんな集落で過ごす彼女たちサテモは常に品行方正で、同時に嘘など一度もついたことがないだろう、と思い込んでいる者が多い。

 サテモは、リゲル達のいる方角を眺めながら、悲しげに呟いた。


「けれど、私たちにも看破できないものがあります。それは『過去』と『未来』と『人の心』です。

 お互いの姿を監視しあって数万年の均衡が保たれているエルフの森も、唯一心の中だけは監視することの出来ない自由な場所ですから、彼の未来や思想も、また自由であるべきです。

 自然を操ることは魔法さえ使えば簡単ですが、人を思い通りに操るのは難しい。やはり、私は彼に騙されてしまったみたいですね」


 ルイーズは、不意に傷口を押さえ、痛みを堪えながら言った。


「なに、心配は要らないさ。奴がアイズマールから剣を取り戻すと言った事だけは、あれだけは絶対に嘘ではないからな」


 サテモは、ゆっくりと目を彼女に向け、自信に満ちたルイーズの表情を見つめた。


「不思議ですね。彼の剣の話が嘘だと気づいていたのは、この広いアーディナル大陸で、貴女と彼の親友だけでした。みなさん、どこであの話が嘘だと気づいたのですか?」


 ルイーズは、にっと微笑んで、軽く右手を持ち上げた。


「君には特別に教えてあげよう。あいつは、『嘘をつくときも右手を握る癖がある』んだ」


 サテモの耳は、やや興奮気味にぴーんと両側に張った。

 どうやら謎が解けて嬉しいらしい。


「ビジューをするときと同じ癖があるのですね」


「君、なんでも知ってるね……」


 その返答を聞いて、ルイーズはまたもや面食らってしまった。


 * * *


 ついさっきも同じような風景を見たような気がして、俺はもういちどコンパスで方角を確認した。


 また森の妖精が俺を困らそうとしているんじゃないだろうな?


 ちくしょう、ちゃんと北に向かって走っているはずだが、先ほどから同じ場所を何度もぐるぐると巡っているような感覚がどうにも抜けなかった。


 方角は間違っていない。

 よし、北だ。

 気を取り直して歩き続けていると、木々の向こうに、ようやく建物の群れらしい影が見えてきた。

 俺は安堵すると同時に、舌打ちもした。


 ああ、ちくしょう、どうして俺はここに来ちまったんだろう……。


 仲間なんて、どいつもこいつも裏切って、このまま共和国まで逃亡しまえばそれでよかったじゃないか。

 俺にお似合いなのは敵前逃亡、一時しのぎの嘘八百。


 単身敵のアジトに乗り込んで財宝を奪い返そうなんて、そんな単純な役回り、どう考えたって俺のカラーじゃない。


 英雄の剣の為なのか?

 それともルイーズの為なのか?


 最初に剣を探しに西に向かったときから、ずっと不思議だった。

 けれどもこの魔力を感じて、ようやくはっきりとした事がある。

 きっとあの剣のせいだ。


 はるか遠くまで漂ってくるあの水に似た魔力が、俺を無意識の内にここまで引き寄せたんだ。

 でなきゃ、この俺がこんな英雄的な行動をするわけがないじゃないか。


 奥行きが異様に長い建物の群れは、どうやら表向きは伐採した木の集積所のようだった。

 周辺の山はすっかり木を刈り取られて岩肌が露出し、むき出しの地面には香りのいいおが屑が雪みたいに積もっている。


 俺は集積所を見渡せる崖の上に立っていた。

 今日は休みらしく、作業をしているような気配がない。

 だが、そこかしこをぶらぶらと散歩している監視員どもは絶賛営業中のようだ。


 見回りが数十名、中央の塔にも監視が2人いる。

 いったいどんな化け鼠が出るというのか、これ見よがしに最新式の銃を掲げてやがる。


 俺は右手をかざして、遠くにあるそれらの魔力をひとつひとつ読みとっていった。

 魔石に頼りすぎる銃の欠点が、故障しやすい以外にもうひとつある。

 それは俺みたいな魔力の読み手にすぐ居場所がばれるってことだ。


 俺はアレルカンのケースを地面にそっと下ろし、中身を取り出した。

 万が一向こうにも魔力の読み手がいるとまずいので、高性能のアレルカンはひとまずおあずけだ。


 ケースの底蓋を外すと、火の石で弾をはじき飛ばすだけの単価の拳銃が2丁と、魔石不使用の弾層が4つ、そして予備の弾が300発。


 万が一アレルカンが故障したときのために、フェルスナーダで仕入れた銃だ。

 うまくイーサファルトに持ち込むことが出来れば、高値で売るつもりだったのは内緒だ。


 2丁とも陽光のような快い魔力を周囲に放っているのを確認した。

 弾層を装着し、薬室に弾を装填した状態で腰の後ろに差しておいた。


 幸いにもアジトには大きなコンテナがいくつも運び込まれていて、物陰に隠れながら移動するのに好都合だった。


 ここはミッドスフィアからそう遠くない山中だ、憲兵に逮捕される直前に隠した武器なんかも、ここに集めていたんだろう。

 探せば連中を逮捕する証拠品がもっと色々と出てきそうだ。


 魔力をたどって焼きレンガ製の建物の間を通っていくと、普通の建物の4階建てぶんの高さがある1棟から、やけに強烈な剣の魔力を感じた。

 入り口には見張りがついているし、恐らくここに剣があるに違いない。


 どうにかして潜入する方法を探していると、屋根の上に通風孔らしき出っ張りがあるのを見つけた。

 さらに日陰の方にぐるりと回ってみると、見張りがついていない広い壁もある。

 ふふん、あいつら、悪党の身分をよくわきまえているじゃないか?


 高所への潜入は、専用のフック銃を使うのが普通だったが、あいにく今はそんな便利なものは持ち合わせていない。

 銃に埋め込まれている合成魔石や、材木を縛っていたフックつきロープ、そしてそこら辺に転がっていた鉄パイプを利用する事にした。


 銃の魔石を土の中に浅く埋め、鉄パイプの先端でやさしく叩いて、磁力のような強い反発力が生まれるのを確認する。


 縄の先端に取り付けられたフックを、そっとその上に置いた。

 慎重に角度を見計らいながら、鉄パイプを振りかぶってがつんとフックを叩くと、魔石の力で爆発的な反発力が発生し、フックが地面から勢いよく跳ね上がった。

 同時に、一緒に飛んでゆきそうになる鉄パイプの動きを利用して、飛びちる土や砂利から顔を背けた。

 縄はびゅるびゅると矢のような勢いで空に登り、やがて無事に屋根にまで届き、遠くでカラカラと音を立てた。


 軍学校で習った事は今でも役に立っている。

 火の魔石は、運動エネルギーが熱量や圧力なんかに変換される際のエネルギー変換率を高める魔石の総称だ。

 これが薬室内で爆発なみの空気圧を生み出して、筒の先端から銃弾を飛ばすようにしたものが魔法銃だった。

 なかでも銃の合成魔石は取り出してメンテナンスがしやすいよう、金属がぶつかったときの衝撃だけ特異的に大きくする性質を持っている。

 こうやって分解すれば、様々な場面で活用する事ができるんだ、今の若者は知らんみたいだけどな。


 念のため、見張りがこちらに来ない事を確認しながらロープをひっぱっていると、どこかにひっかかった手ごたえがあった。

 俺はロープを伝って、そのまま絶壁をよじ登っていった。


 こうして敵地に単独潜入するようになったのは、今から10年くらい前だ。

 昔はこういう場所を警備する奴が、全員高性能の魔法道具を持っていたわけではなかったから、魔力が読めても単独で敵地に潜入するのは難しかった。

 まったく、もう少し早く俺の時代が来てくれたらよかったんだけどな。


 屋根まで登るとロープを手早く回収し、魔石を銃に戻した。

 中央の塔にいる見張りに見つからないよう、低い姿勢を保ちながら屋根の上を渡ってゆき、煙突のように出っ張っている通風孔まで難なくたどり着くことができた。

 蓋には錠前がかけられていたので、これも火の石をグリグリ押し付けて錠を焼き切り、ほの暗い穴の中に飛び込んだ。


 その瞬間、俺はまるで冷凍庫の中に閉じ込められたような錯覚を覚えた。

 薄暗い金属製の管の中を、猛吹雪のように息苦しい魔力が吹きぬけている。


 きっと連中の汚い手に触れられた剣が、俺に助けを求めているのにちがいない。

 その強い魔力を頼りに、俺は視界ゼロの管の中を四つんばいになって進んでいった。

 やれやれ、モテる男は大変だな。


 通風管の外壁はそれほど厚くはなかった。

 ちょっと気を抜くと、べこっと大きな音が立った。


 音を立てないように慎重に進んでいくと、壁の向こうから話し声が聞こえてくる。

 すこし先の床に取り付けられた格子からふわっとした光が扇状に広がっており、その隙間からちょうど真下の様子を覗き見る事が出来た。


 倉庫の中は大型のコンテナが何層にも重ねて敷き詰められていて、筋骨隆々の山賊どもの間に、豚を好んで食べそうな豚面のおっさんを見つけた。

 地面が遠すぎてよく見えないが、あの巨体からしてアイズマール本人だという事はすぐに分かった。


 アイズマールの傍らにいるオーガが、黄金色に光る例の剣が入ったケースを開いて誰かに見せていた。

 おいおい、あんな大事な物をあんな頭の悪い奴によく持たせるな。

 いや、違うな。

 頭が悪いから持たせたんだ。

 余計な事をされる心配がない。


 よく見ようと顔を近づけると、冷気の塊が直接格子の隙間から目に吹きつけてきた。

 俺は思わず顔をのけぞらせて、はずみでどこかに頭をぶつけた。


「見事な働きであった……」


 後頭部と目を押さえて悶えていた俺は、はっと我に返った。

 誰も見ていないからって、こんな情けない役をやっている場合じゃないだろ。

 今の俺は英雄の剣を救うことのできる、唯一の主人公じゃないか。


 目を薄くして再び向こうの様子を覗くと、アイズマールの下卑た笑い声が辺りにきんきんと反射した。


「うひひひひ。滅相もございません、俺たちは普段これで飯を食っているもんでしてねぇ。ぐっひゃっひゃ」


 相手を挑発しているのかと思ったが、どうやら本人にそのつもりは一切なさそうだ。

 あのアイズマールが、普段はぜったいにしない愛想笑いをしている。

 こいつは闇の世界でもよほどの大物だぞ。


 倉庫の中央に立っている黒い背広の男は、数名の軍人を脇に従えていた。

 どいつもこいつも東軍の鎧を着ているところを見ると、あいつが例の裏切り者に違いない。


 連中を指揮して、ルイーズの暗殺を企てた張本人だ。

 押さえていた怒りで、胃の中がかっと熱くなってくるのを感じた。


 その男は、脇にいる兵士に軽く目配せをし、兵士が持っていた革のケースを開かせた。

 アイズマールを含めた山賊どもが、少々色めき立った。


「へっへっへ……だ、旦那? どうしたんで?」


 ん?

 何か様子がおかしいぞ。


 革のケースの中に入っていたのは、胴体部分がやけに膨らんだショットガンだった。


 あれは何だ。

 魔法銃の一種には違いないが、見たことのない型だった。


 もっとよく見ようとして身を乗り出すと、通気管内にみしっという嫌な音が響いた。

 俺は息を潜め、身動きひとつしないよう神経を張り巡らせた。


 やばい。

 この通風管、思った以上につくりが弱いぞ。

 奥のほうに目を凝らすと、管全体が微妙にねじれているのが分かった。


 天井からぱらぱらと埃が舞い落ちて、通風管の薄い壁をぱらぱらと叩いている。

 その埃はさらに下に降りそそいで、アイズマールの部下達が、おやっという顔をしてどこか上のほうを見上げていた。


「へっへっへ、だ、旦那ぁ、な、何をご冗談を」


 アイズマールは額に汗をかいて両手を広げ、へらへらと笑っていた。

 だが、男は冷たい声音で言い張った。


「私は何事も自分の目で確認しないと満足できない性分でね」


 男は、そう言って振り返ると、ケースの中からその魔法銃を取り出した。

 振り返った瞬間、その男の顔がはっきりと見えた。


 さっと血の気が引いていくのを感じた。

 まさか、どうして彼がこんなところにいるのか。

 銃を手に取ったその男は、鬼の副将軍ミリー・デル・ブーレンスだった。

 彼は弾を装填すると、感情の一切こもっていない声で確認した。


「列車に乗っていた連中は一匹残らず殺しただろうな?」


 格子の向こうから吹き付ける空気が、一段と冷たくなった気がした。

 そこにいるのは、間違いなく往年の氷の目の狙撃手だった。

 恐ろしく冷ややかな目をしている。


 副将軍閣下は、憲兵達と一緒に列車に乗っていたはずじゃなかったのか。

 くそっ、しっかりしろリゲル。

 俺が見たのは出発する前に部屋に入った姿だけじゃないか。

 忘れ物をしたとでも言って降りれば、どうにでもなる。


 アイズマールの卑屈な笑い声が、通風管にこだました。


「ふ、ふっひゃひゃひゃ、いやいやいや……旦那も用心深い。さっきも言ったが、俺たちは蟻一匹逃さないように包囲してたさ。あれで生き延びられる奴が居たら、顔がみてみたいもんだね!」


 副将軍の顔には、俺の記憶にある、こぼれるような笑みなどまったく浮かんでいなかった。

 四角い顔はただ泥の壁のように無表情で、感情の起伏なんて一切感じ取れない。

 彼は、暗闇の底から響いてくるような声で言った。


「ならば、なぜネズミがここにいる?」


 アイズマールの顔が、蝋のように白く固まった。

 はっとして、すぐに俺のいる天井付近に厳しい目を向けた。


 まずい、気づかれている。

 俺はあまりの恐怖に気を失いそうになった。


 ブーレンス副将軍は素早く振り返ると、こちらが身構える前に発砲してきた。

 俺が格子戸から離れた瞬間に着弾し、格子の枠が火花を散らしながら跳ね上がり、途端に通風管の中が真っ白に染まった。


 俺は音を立てるのも構わず、通風管の中を急いで引き返していった。

 天井から身を焼く炎が巻き起こり、暗い管の中に瞬く間に広がっていった。


 背中から炎に飲み込まれる。

 俺は覆いかぶさってくる熱波に頭を抱え、叫び声を上げた。


 間一髪のところで音を立てて通風管の底が抜け落ちたため、俺は管の中から強制的に空中に放り出されていた。

 かなりの高さから落下して、しばらくの間鳥になったような気分を味わった。


 やがて俺は高く積み上げられたコンテナのひとつに背中から墜落した。

 かろうじて取った受身が、ほとんど意味を成さないような激しい衝撃が胸を突き抜けていった。


 悪辣な激痛に耐えるためにどうにかして体を丸めようとすると、今度はコンテナの縁から落ちて、打ちっぱなしのコンクリートの床に叩きつけられた。

 今度は受身を取る暇もなかった。

 くそったれ。


 俺は呻き声を上げて這いつくばり、みしみしと痛む背骨を押さえていた。

 やれやれ、年は取りたくないもんだ。


「いたぞ!」


 俺は銃を構えたアイズマールの部下数名に抱き起こされ、連中としたくもない対面を果たした。

 アイズマールが鬼のような形相を浮かべてこっちに近寄ってくる。

 俺は愛想笑いを浮かべて、連中に必死に取り入ろうと弁明した。


「いや、待てって、待て! あっははは、ちょっと待ってくれよ、アイズマールさーん。いやー、参ったなこれが笑っちゃうような話なんだよー! 俺はただ、ここでビジューの大会が開かれるって聞いてさあ! ほら、ちょうどここにカードを持ってきて――」


 俺はポケットに素早く手を突っ込み、単価魔法銃を引き抜いた。

 素早く身を屈め、左右に居る2人を撃ちぬいた。


「散れッ!」


 そいつがうめき声を上げながら倒れたとき、悪党どもと俺は四散し、コンテナの陰に飛び込んだ。

 その際、俺は反対側に飛び込もうとしていた3人の男を瞬時に撃ち取っていた。


 とつぜん木箱の影から姿を現し、こちらに狙いを定めた男。

 そしてベランダにいる狙撃手。

 コンテナの影から飛び出してきた4人。


 雑魚が俺を仕留めるのは難しいぜ。

 なにせ俺は異能力者だ、こっちは銃を持っている敵の位置がすべて分かる。


 俺の目と手はほとんど反射神経のように次から次へと標的を捉えて、銃はそいつらをことごとく撃ち落としていった。


 俺がここまで立ちまわれるのも、魔法銃が普及した時代だからこそだ。

 まったく、いい時代になったもんだぜ。


 あるとき、骨まで響くような凄まじい連射音が響いてきた。

 この連射音は、短機関銃STPKだ。


 アレルカンと同じ二価魔法銃だが、弾の製造速度を上げて1分間に250発の高速連射が利くようにしつらえてある。


 俺は物陰に向かって走った。

 その間に銃の魔力を感じる方向に3発ほど撃ち込んで反撃し、そのままコンテナの影に隠れた。

 俺の銃弾はSTPKに命中したようだ。

 相手は攻撃のリズムを崩し、俺と同じコンテナの陰に隠れた。


「テメェ、ただのしがない元軍人の賞金稼ぎじゃなかったのかよ!?」


「あれは嘘だ! 本当はA級かS級の賞金首しか仕留めた事のない、ギルドでも数々の伝説を打ち立ててきた、最強の賞金稼ぎでね!」


「ちくしょう、この……大ウソつきめッ!」


 敵が撃つ手をしばらく休めている間、俺は予備の弾倉に弾を込めつつ、壁越しに銃に組み込まれている魔石の位置を確認した。

 不意にSTPKが動き出した瞬間、その動きにあわせて地面の上を滑るように飛び出した。

 足元近くからそいつに3発、連続で撃ち込んだ。


 黒いバンダナをした機関銃男は、胸を押さえながらうめき声を上げ、地面に崩れ落ちた。

 よく見れば、そいつはアイズマールのビジュー仲間の一人だった。

 ああ、これで俺も賞金稼ぎギルドから追放されちまうな。


 そのとき、軽い頭痛を覚えて俺は跳ね起きた。

 俺の長い人生でも、頭痛を覚えるほど強い魔力を感じた経験は数えるほどしかない。

 魔力列車よりも遥かに強い魔力だ。

 右手がびりびりと痙攣するほど、コンテナの向こうで磁気嵐のような凄まじい魔力が吹き荒れていた。


 俺の目の前でそのコンテナが飛び跳ね、宙に浮かび上がった。

 どうやら爆発で吹き飛ばされたらしい。

 その下にワインレッドの炎がゆらゆらと燃え広がり、建物全体がゆすぶられた。

 俺は間一髪で飛びのき、激しく燃えながら落下してくるコンテナの下敷きになるのを免れた。


 炎の向こうから、銃を脇に構えた白髪の老人が歩いてくる。

 胸には燦然と輝く勲章をならべ、その目は見つめただけで相手をいすくませるほどの威圧感を備えていた。


「君には失望したよ、リゲル=シーライト君」


 さすがはアーディナル48勇士のひとり、伝説の生き証人の一言一言には恐るべき気迫がこもっていた。


 けれど、冗談じゃない。

 あんたに失望したのはこっちの方だぜ。

(まだ続きます。)

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