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終わりに

 8023年、夏の前期グレン(小満)。

 世界大戦時に失われた英雄の剣が、ふたたび発見されるという小さな事件があった。


 本来ならばもう一つの大きな事件、マフィア一家による列車襲撃事件と、その後の憲兵団による一家の総逮捕の影に隠れてしまうような、ささいな事件であった。


 だが、剣の発見者だと名乗りを上げて一躍有名になった元軍人が、じつは剣の発見者に成りすましていた偽物であった事が分かり、アーディナル全土が騒然となったのだった。


 リゲル=シーライトとは一体何者だったのか。

 英雄の剣を巡るこの一連の事件の裏には、一体何があったのか。

 終戦後30年、世界規模で普及し始めたメディアの功罪を世に問う事件としても、人々の記憶に長く残る事件となったのである。


 そういえば、本当の剣の発見者であったあの少年は、無事に連合軍まで剣を運ぶことに成功したらしいが、発見された当初ほどインパクトがなかったせいか、ニュースではあまり取り上げられなかった。


 連日報道されるのは、剣をバーリャから持ち帰ったのも、報奨金を受け取ったのも実は少年だったという事実を認め、それ以外はすべて機密に触れる内容なので言えない、という軍の広報担当官の会見の様子と、それに不満の声をあげるミッドスフィア中央放送局。

 そして、あの男は一体何者だったのか、アイズマール一家が起こした今回の事件と何か関係があるのか、と闇雲に推察してまわる特集番組ばかりであった。


 少年が元気かどうか、今となっては俺には分からない。

 だが、どこかで元気にやっていて欲しいものである。


 事件からおよそ2ヶ月が過ぎ、秋の気配が高まる頃になって、もう一度バーリャへ剣を運びなおす使者が決定した。


 連合軍は、今度こそ確実に剣を届ける意気込みらしい。

 魔物を呼び寄せる恐ろしい魔剣の護送とあって、今回はアーディナル西軍と東軍が連携し、対策を万全にして剣の護衛にあたっていた。


 さらに、使者は全員10代後半の、瑞々しい美少年ばかりが選ばれたそうだ。

 女だと思えという俺の忠告が間違って伝わったのかと思ったが、どうやらそういう訳ではなさそうだ。

 サーナサウルから来た偉い科学者が検査機を使って、側に立たせて剣の魔力が一番落ち着く人物を選んだらこうなったらしい。


 同じ理由で、剣をさまざまな角度から精査した結果、かわいらしい魔物のぬいぐるみを部屋中に飾って、剣はピンクのクッションに座らせて、美少年の使者に両側からうちわで扇がせ、オーケストラを聞かせながら優雅な護送をすると、一番魔力が安定するだろうと提言したそうだ。

 連合軍はとんだエセ学者を呼んだものだと渋い顔をしただろうが、俺にはその科学者がどれほど偉大な人物であるかが凄くよくわかった。


 ひょっとすると、この一連の事件における最大の嘘は、この剣が『本当は剣じゃない』ってことではなかろうか。

 俺にはそんな気がする。

 いずれにしろ、俺たちがどれだけ手を尽くしたって、剣が嫌がったら、また魚みたいに飛び跳ねてどこかに消えてしまうんだろうな。


 * * *


 歴史に名を残す珍事件の当事者となった俺は、あるとき気が向いてルイーズの見舞いに来てやった。


 テン=ディルコンタル州のジオ区にある、軍病院だ。


「どこから侵入してきた、お前」


 命の恩人に対して、なんて言い草だ。

 その日のルイーズはいつにも増して冷淡だった。


 ううむ、まだ事件のショックが抜け切っていないんだな。

 ここは無理をしてでも、明るい雰囲気を演出してやらなければなるまい。

 俺はドアの影から花束をつきだして、ぱっと姿を現した。


「ふふん、あるときは軍の極秘任務を受け持った秘密部隊の隊員|(MKBの見解)。そしてまたある時は、アーディナル全土を騙した前代未聞の天才詐欺師|(イーサファルト中央放送局の見解)。そしてまたある時は、盗賊どもの手からレディを救った正義のヒーロー|(個人的な見解)、リゲル=ハンサム=シーライトさまのご登場だ!」


 ルイーズはからからと笑った。


「やめろ、傷口が開く」


 だが、どうやら本心ではあまり笑いたいような気分ではないらしい。

 それもそうだろう、その後、無事に連合軍へと帰還する事が出来たルイーズだったが、怪我の後遺症のせいで、ほとんど大佐としての職務を果たせなかったんだ。


 列車を強襲したアイズマール一家は、その後泥まみれになって山中でさまよっているところをミッドスフィアの憲兵団によって保護、そのまま逮捕された。

 連中が隠れ家にしていた山中の材木集積所からは、大量の武器や違法な魔法道具類が見つかり、それが決定的な証拠となって、一家の逮捕へとつながったのである。


 全体的にみれば、アイズマール一家の総逮捕には成功した。

 だが、その過程でルイーズの働きは散々なものだった。

 カラ情報を掴まされて一度逮捕に失敗したり、多くの兵士を失ったり。

 いずれも彼女のせいではなかったが、度重なる失態の責任を取らされて、ついに賢者の塔から大佐の地位を剥奪されたらしい。


 今は1ランク下の中佐の身分になって、軍病院のベッドでおとなしくしていた。

 落ち込んでいるのか、と思ったが、どうやらそうではないらしい。

 彼女は自分の職務にさらなる闘志を燃やしていた。


 この鉄の女が、これしきの事で挫ける訳がない。

 彼女はこの逞しさで、30年かけて大佐の地位まで上り詰めたんだから。


「副将軍以外にも、軍部にはまだ数多くの腐敗が存在するはずだ」


 ルイーズは拳を強く握り締めて、ベッドに押し付けていた。

 連合軍の腐敗を一掃するのが彼女の野望だった。


「国民に対して真実を公表しないのも、まだ裏に何か隠しているせいに違いない。我々にも口外できないような、なにか大きな真実を……」


 ルイーズはそう睨んでいたらしいが、たぶん、問題はもっとシンプルだ。

 その明かせない真実というのは恐らく、副将軍が言っていたように、本当に世界大戦が再燃する兆しがあるという事だろう。


 そんな中で、西部の宝剣を東部の軍人が横流ししようとしていたなど、下手をすれば連合軍の内部崩壊を引き起こしかねないスキャンダルなんて、公表できるはずがない。


 それでも、東軍はちゃんと少年が剣の運び手であることを認めたし、意外な事に、西軍は俺が軍に出頭していっても、どうやら俺がついた嘘に関して、罪に問うつもりはないみたいだった。

 今の連合軍の対応は、以前よりかはよほど柔軟になったと思う。

 それが正しい傾向なのかどうかは、俺には分かりかねた。


「俺たちアーディオは完璧には作られていない。常に正しい道ばかりを選択する機械にはなれないのさ。

 あのサテモも言ってなかったか。俺たちは耳が聞こえないから、綺麗な森の管理に飽きて、荒れた野に住むようになったんだってな」


「そんな事言ってたか……?」


 見舞い品のリンゴを渡してやると、彼女は石をかむような顔をして思い切りかじりついた。


「あれ? そういえば、まだ名前も聞いてなかったな、あのサテモ」


「ミユンだそうだ。また東へ向かうと言っていた」


 ふむ、ミッドスフィアから東といえば、めぼしい所は東岸のカムナトロフィカ港湾地帯か。

 ブーレンス副将軍の故郷だな。

 あるいは、そこから船で南に向かった先にある、英雄の故郷ミュッテ島か。

 いや船に乗るならさらに南下して、砂漠の大陸まで行くという事もありうる。


 俺はサテモの旅の目的を考えながら、苦労して病室に持ち込んだぶどう酒を開け、グラスに注いでやった。


「まあ、ただ綺麗なだけの森の中なんて、きっとつまらないと思うぜ。憲兵も賞金稼ぎも、どっちにも欠点があるから、世の中に両方必要なんじゃないか。ほら、今日は仲直りの記念だ、飲もう」


 俺が善悪の判断を丸投げにする素敵なアイデアを提供すると、ルイーズは思いっきり不審そうな目で俺を見ていた。

 何度促しても、差し出されたワイングラスを受け取ろうともしない。


「なんだよ、仲良くしよう」


「ふん、お前は平気で嘘をつくから嫌いだ」


 彼女が唸るように言うので、俺は笑ってグラスをひっこめた。

 身に覚えがありすぎて、反論のしようがない。


「いいや、俺は本気だよ。今日は俺の決意を伝えるためにここに来たんだ」


 俺は窓の桟に寄りかかると、軽く右手を握って、彼女に言った。


「お前の怪我が治ったらさ、お前の夢に手を貸そうと思っているんだ。……お前が連合軍の腐敗を一掃するのなら、俺がこの街の掃除を手伝ってやるよ。昔みたいに俺とお前が力をあわせて、一緒にミッドスフィアの治安を護っていこう」


「………………」


「大佐の地位は惜しかったな。そのかわり、これからはずっと俺が側にいてやるよ。だから……もう昔みたいな関係には戻れないのかも知れないけど、たまにはこうやって、2人で酒でも飲み交わそうぜ?」


 相変わらずルイーズの表情は冷たい。

 微笑みながらじっと見つめ返していると、彼女は少しおおげさなため息をついた。


「また心にもない嘘を」


「なんでさ。今度は本気だぞ?」


 俺が両手を広げて抗議すると、ルイーズは頭を振って、ぴしりと言った。


「あのな、どうしてお前の嘘がすぐにばれるか教えてやろうか?」


 よし、来た。

 俺はすかさず右手の拳を持ち上げて、彼女より先に言ってやった。


「『リゲル、あなた嘘をつくときも必ず右手を握る癖があるのね?』だろ」


 おっと、これは効いたみたいだぞ。

 彼女はぽかんと口をあけて、からかわれた女の子みたいに顔を真っ赤に染めていった。


 あー、すっきりした。

 かつて花のように可愛かったころを思い出すぜ。

 酔っ払ったルイーズが思わず口を滑らせたこの一言のお陰で、賞金稼ぎの俺は一時期ビジューのイカサマ師の道に走ったんだっけ。


 正義感の強い彼女は、自分の手で犯罪者を増やしてしまった事を一生の不覚と考えたらしい。

 それまで以上に仕事に熱を入れるようになってしまった。

 何しろあの日から十年間酒を断ったぐらいだからな。


 そうだったな、あの時から俺たちはすれ違い始めたんだ。

 なあ、ルイーズ。

 俺たちは今からでもやり直しは利かないんだろうか?


 ルイーズは不服そうにうつむいて、かじりかけのリンゴに目を落とした。


「お前、どうして分かった?」


 とでも言いたそうな顔だな。


 ふふん、種明かしすればなんてことはない。

 帰郷したとき仲間たちに


「ごめんなさい、もう2度と嘘はつきません」


 と100回土下座した後、西軍にも出頭して、完璧な真人間になって戻ってきたんだ。


 そしてあるとき酒の席で、どうして俺の記者会見を嘘と見破ったか、とアルドスに尋ねてみた。

 そうしたら、あいつはあっさりと口を滑らせたのさ。


「そうか、幼馴染みがいたか……」


 お前は根っからの嘘つきだな。

 彼女は忌々しそうに呟いた。


 ははは、やはり持つべきものは友だな。


 どうやら魔力に敏感な俺の右手は、感情が高ぶると無意識のうちに筋肉が痙攣してしまうらしいんだ。

 ルイーズみたいな鋭い洞察力を持った女でなければなかなか気づかない、ごく僅かな動作だろうが、危うく永遠に嘘がつけなくなるところだったぜ。


「同じ日に同じ教会で同じ産湯を浴びた仲だ。俺の事を誰よりもよく知っている。ちなみに男か、女か、気にならないか?」


「ばか言え、そう言って欲しいだけだろ。それよりも、そいつが教えたのは右手の癖だけなのか?」


 俺はきょとんとして、


「どういう事?」


 と尋ね返した。


 彼女は


「ああ、なんだ」


 と安心した風で、大きく頷いた。

 ルイーズは広報誌を取って、リンゴをかじりながらそ知らぬ顔でそれを読み始めた。


「よかった、なら安心だ」


 俺は、ぎょっと目をむいた。

 右手の癖『だけ』、とはいったいどういう事だ。

 彼女のその態度は、まるで冗談を言っているようには見えなかった。


「どういうことだ……まさか……」


 まさか、右手の他にも、まだ俺に何か癖があったっていうのか?


「ひょっとして、それもビジューの時と同じ癖……じゃないだろうな?」


 ルイーズは、それには答えず、軽く咳払いをしただけだった。

 ……ああ、そうかちくしょう、あいつらッ!

 やたらとカードが強いと思ったら、そういう事だったのかッ!


 あわてて洗面台の鏡をのぞいてみたが、それらしい癖がどこにあるかは分からない。

 どこだ、俺の一体どこに、どんな癖がある。

 俺はダメ元で、ベッドの憲兵団中佐にすがりついた。


「な、なあ、頼むよ、それって、どんな癖なんだ? 今後、世の中の治安を守っていくと決意をした俺の為に、ぜひとも教えてくれないかな?」


「ダメだ、絶対に教えるものか」


「そんなこと言わないで教えてくださいくれよ。俺の今後のビジュー生命に関わる問題じゃないか!」


「いい加減、賭け事から足を洗え。さっき治安を守ると誓ったばかりだろ?」


「それとこれとは話が別じゃないか。というか、詐称能力は俺の特殊能力のひとつだぞ? 相棒の特殊能力に弱点を残してどうするんだよ?」


「お前みたいな碌でもない輩は枷のひとつぐらいはめておかないとな、治安が乱れる」


 俺たちが言い争っているうちに、やがてドアが軽くノックされる音が聞こえた。

 どうやら楽しい面会の時間は、あっという間に過ぎてしまったようだな。

 俺は息をついて立ち上がった。


「わかったよ、相変わらず、頭の固い中佐殿だな……」


 軽く両手を広げて、観念する仕草をした。

 ベッドの上のルイーズの目を見つめながら、ゆっくりと少しずつ遠ざかっていった。


「じゃあな」


「あ、リゲル」


 彼女は俺に向けてリンゴを持ち上げて、外に聞こえないよう小声で言った。


「ありがとう」


 俺はにっと笑って、無言でそれを指差した。

 せかすように、ドアは再びノックされた。


 俺はそのままドアのそばまで近寄っていって、ドアの外がルイーズにも見えるように、わざと大きく開けてやった。


 廊下に立っていたのは、緑色の縁なし帽を被った、細身の憲兵だった。

 彼は俺に軽く敬礼を返して、こっそりと時間を告げた。


「リゲル様、そろそろお時間です」


「ああ、分かっている」


 ルイーズは、眉根を寄せていた。

 俺は軽く返答すると、着ているコートを脱いでその憲兵に持たせた。


 コートの下に着ていたのは、憲兵と同じ緑色の軍服だった。

 憲兵のシンボルである緑の軍帽をきゅっと被って振りむくと、ルイーズはリンゴを丸呑みしそうなくらい口を大きく開けて俺を見ていた。


 ふふん、どうやら俺の憲兵姿があまりにも様になっていて、言葉に詰まっているらしいな。

 そういえば、まだその後の俺の事を話してなかったか。


 西軍への出頭を終えて、無事に故郷の仲間達の元に戻った俺は、その後、アイズマール一家と繋がりを持った組織の根絶のために、ミッドスフィア憲兵旅団に捜査協力を要請されたんだ。


 仲間とビジューをしているところに突然憲兵達がなだれ込んできたので大いに焦ったが、見事アイズマールの逮捕に貢献した俺は、過去に連合軍に所属していた経歴なんかも考慮されて、賢者の塔からそのまま憲兵団の佐官候補に推薦されていたのである。

 まったく、世の中何が起こるか分かったもんじゃないな。


「リゲル……お前は」


 ルイーズが、目に涙を溜めて俺を見つめていた。

 これ以上は気まずいので、何かを言い出す前に、俺はばっと手を広げた。


「あ、そうそう。第五憲兵旅団が大佐の代役を探しているとか言っていたから、代わりに俺がなってやったから。じゃ、よろしくー♪」


 ルイーザ中佐はとどめを刺されたように両手を広げ、ばったりとベッドに倒れてしまった。


 これは当分起き上がれないだろうな。

 なんせ今日からお前の上司だ。

 ふっふっふ。

 これは復帰するのが今から楽しみだぜ。

 俺は、堪えきれない笑いをかみ殺して部屋を退出した。


 ドアを閉めようとしたそのとき、向こうで彼女が力なく呟いたのが聞こえたような気がして、俺は足を止めた。


「ま、まて、貴様、一体、どんな手口を使った……」


「ふふん、知りたいか? 知りたくば、今月発売される俺様の自伝第2巻、『リゲル=シーライトはいかにして憲兵旅団大佐になったか』を読むがいい!」


「絶対買うか……馬鹿者」


 ルイーズは額に手を当てて、やれやれ、と力なく笑ったのだった。


「どうせ、とんでもない大ウソばかり書いてあるんだろう? このウソツキめ……」


 さあ? それは神のみぞ知るだ。

(終わりです。)

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