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10  作者: あなちち
第壱篇 Commencement
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第二章

部屋の奥には窓際に立つ人がいた。

「…あぁ、そうか…」

窓からあふれる朱色の光で目がうまく働かない。

逆光でその人影がどんな人かよくわからないが、声から中年の男性だとわかる。

「わかった…手配しておく…あぁ…」

その男性は誰かと電話をしているらしい。

冬織さんは壁に寄りかかって電話が終わるのを待っている。

僕もそれに従って壁に寄りかかる。

ギシギシと安い木材の軋む音が背中から伝わった。

「……誰だ」

男性が呼びかけてきた。

電話は終わったのだろうか。

「七夜です、総司令官」

冬織さんはその男性に告げた。

忘れかけていたが、彼の名字は七夜だ。

その声を聴いた窓際の男性は紅い日が差す窓のブラインドを下げた。

その途端、この空間は暗くなりわずかなオレンジがブラインドの隙間から漏れるだけとなった。

冬織さんは壁にある照明のスイッチを押す。

部屋の天井中央の蛍光灯に光がともった。

「さて、どういった了見だ?言っておくが酒の支給はもうしないぞ」

逆光で焦点を失いかけていた両眼をこすり、視界を確認する。

目の前、馬鹿でかい机を一個隔てた先に髪をオールバックにまとめた紳士的な男性がいた。

無精髭に、彫りの深い顔、子供が見たら泣き叫びそうな威圧感がある。

彼が冬織さんのいうところの、総司令官、のようだ。

「わかっていますよ、姐さんには控えるように言っておきます」

姐さん、つまり神無さんのことだろう。

彼女が酒豪であることはさも当然かのように感じられる会話だ。

「今回は彼についてです」

そういうと冬織さんは僕の背中をそっと押した。

「君は?」

総司令官はその渋い顔をほぼ動かさずに尋ねてきた。

なぜだかとても緊張する。

冬織さんに目で助けを求めると顎を前に出すだけして腕組みをしている。

自分でやれ、ということなのだろうか。

「僕は…天海琉玖です…」

それだけ言うと言うことがなくなったので黙りこくってしまった。

静寂が切れかけの蛍光灯に照らされた薄暗い部屋を支配する。

つくづく自分のコミュニケーション能力の低さを憂う。

「天海……」

次に口を開いたのは総司令官だった。

そのクールな顔に似合わず口をポカンと開け、目が見開いてしまっている。

…何かまずいことでもしてしまったか?

「えぇ、そういうことです」

冬織さんは何かを察したのか大きくうなずいた。

どうやら彼らの意識下に何か噛んでいるようだ。

しかし僕にそれを探るほどの勇気は持ちあわせていない。

終始無言で突っ立ているだけだ。

「ちなみに例の蠍も目撃しています」

冬織さんが補足する。

やはりあれは見てはいけないものだったに違いない。

「…なるほどな」

総司令官は大きく頭を抱え、深く考え込む。

そしてうめき声のように洩らした。

「理屈は整っているわけか…」

「そうなりますね…あと『導ノ鍵』が出てきていますし」

なんだかまた二人で話が展開されている。

『導ノ鍵』ってなんだ?

あまりにも話についていけない。

「しかしそうなら先に知らせておけとお前の班のリーダーに言っておいてくれ」

僕が呆然としているのを察したのか総司令官は苦笑いしながら冬織さんに告げた。

「偶然だろうがもう一人来ているらしい、佐柳(さやなぎ)から連絡があった」

総司令官は手元の携帯を指さしている。

さっきの通話のことを言っているのだろう。

もう一人…というのは僕と同じ境遇の人か?

思い当たるのは…

一瞬不安感を共有できる頼もしい人間を想像したが、今僕と同じ境遇にいる人は彼しかいない。

そう、方向音痴でビビりなアイツ。

そう考え、どっと疲れが溜まった気がした。

「佐柳はまだ幼いがしっかりしている、あいつも見習ったらどうなんだ…大体連絡もよこさないで部下に挨拶に来させるなど…」

総司令官はぶつぶつと文句を垂れている。

神無さんへの愚痴だろうか…?

「総司令官、そのくらいで」

冬織さんは一歩前へ出て総司令官を呈した。

何度もこういう役に走らされているのだろう。

その表情はとてもうんざりとしている。

彼も難儀な立場なのだと思わざるを得なかった。

「あ、あぁ、失敬」

当の総司令官は改まって咳払いなどをしている。

「…天海…琉玖、だったな」

そして彼は僕を見て問いかけた。

「あ、はい…そうです」

「こうなったら致し方あるまい…君の入隊を許可しよう」

入隊を許可…?

いや、そんなの初めて聞いたことだ。

十班(?)でのやりとりでうすうす感じていたがやっぱりとんでもないことに巻き込まれようとしているのではないか?

そもそも入隊って何だ、自衛隊かなにかで働かさられるのか?

そんなのまっぴらごめんだ、体力がないなど諸々の理由がある。

「え、ちょっ、あの…ちょっと考えさせてほしいというか、その意思はないというか…」

「いや、言葉を返すと君の入隊は強制だ、変更はできん」

戸惑う僕を総司令官の言葉がバッサリと切る。

そのせいで僕の何かが壊れた。

もっと具体的に言えば頭の中がオーバーヒートしたような感じになった。

何も考えられない。

「…七夜、彼を研究室に案内しろ」

そんな僕の耳に総司令官の声が響く。

しかし僕は何の反応もできない。

「もうインストールするんですか?」

「あぁ、佐柳がどうしてももう一人のほうを早く迎え入れたいっていうんでな、ついでに、だ」

「わかりました、送ってきます」

「任せたぞ」

「失礼しました」

真っ白になった意識の中で聞こえてきたのは彼らのよくわからない会話だった。

そして、また安っぽい扉のしまる音が鼓膜を揺らした。


「天海…か」

安っぽい部屋の中で安っぽいコーヒーを自分で入れながら男はつぶやいた。

「神無の奴、何をたくらんでいる…」

彼は安っぽいコーヒーを口に含んだ。

「……苦」

安っぽい蛍光灯が点滅を繰り返していた。

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