第一章
「ふぅ~、食った食った」
まさか、あの量を完食するとは…
目の前には空になった重箱、僕は驚愕せざるをえなかった。
『神無、たべすぎ』
空が爪楊枝で歯茎を掃除している神無さんの腹を殴りながら言った。
「ちょまって空にゃんそれひどくない!?」
『なにが?』
空は未だに神無さんの膨れた(といっても細いウェストを維持している)腹を殴り続けている。
「なにがって…触手が口から出ちゃう!」
神無さんは必死に腹を右腕で守りながら左手で口を抑えている。
というかあれを触手と理解しながら普通に食べはじめたことに驚きだ。
『全部食うな』
空は憤りを露わにして渾身の右フックをかましている。
…簡単に説明すると、あの後酔が和らいだ神無さんが弁当を勢い良く平らげたのだ。
そのことに空は怒っているらしい。
僕からすると空と神無さんが食べ尽くしたように見えたのだが。
ちなみに冬織さんはすぐキッチンへ行き洗い物を片付けに、僕は重箱にかぶりつく二人の女性にドン引きしていた。
そんな冬織さんがキッチンから一升瓶を抱えてもってきた。
「はい、食後酒」
その一升瓶を神無さんの目の前にドンと置いた。
一升瓶には漢字が書かれたラベルが張り付いている。
「おぉ冬織きゅん気が効くねぇ~」
目の前に好物を置かれた神無さんは嬉しそうに顔をほころばしている。
結構単純で犬みたいな人だと感じる光景だ。
「飲み過ぎるなよ」
冬織さんはため息をつきながら結んでいたエプロンの紐をほどき始めた。
冬織さんはこの中では家庭的な存在のようだ。
まぁこのふたりに囲まれていたならそうなるだろう。
「食前、食後の酒は欠かさず、よく食べ、よく眠る! これこそ長寿の秘訣よねぇ~」
『けっ』
神無さんは意気揚々と一升瓶に入った酒をラッパ飲みした。
そんな彼女に空は冷たい眼差しを浴びせながら呟く。
空の表情は豊かだが言葉は簡素なものだ。
そこがどうか不自然なのだが、行動を見ているとやはり子供っぽい、年相応な雰囲気がある。
そして、神無さんと同族嫌悪的な関係にあるとわかった(子供的な意味で)。
「神無姐、俺ちょっと琉玖と総指揮官にあってくるわ」
一升瓶を空にした神無さんは手を軽く振った。
行ってこいということだろうか。
そして飲み干すのが早い。
「空は、行くか?」
『嫌だ、面倒くさい』
「わかった、留守番頼む」
一通りやりとりを交わしたあと、冬織さんはかけてあったコートを羽織り、とびらをあけた。
「じゃあ琉玖、行くか」
「あ、はい」
呼ばれた僕は開かれた扉から出た。
冬織さんは扉のノブに鍵をかけると振り向いて歩き出した。
冬織さんは結構クールなタイプなようで自ら話しかけるのはちょっと怖い。
二人きりになると静かな足音だけが聞こえるようになった。
「…悪かったね、あんなところみせちゃって」
「ほぁ!?」
いきなり話しかけられた僕は飛び上がって変な声を出してしまった。
「い、いや、その、冬織さんは家庭的で、その、かっこいいなと、」
「落ち着いて」
冬織は微笑を漏らし、僕を促した。
男の僕でも惚れてしまいそうな笑顔だった。
今気づいたが冬織さんはなかなかのイケメンだと思う。
僕は子供の頃から性格や顔が影響して可愛いとしか言われず、悔しかったので、羨ましい。
「あと、俺は冬織でいいから」
見とれていたら冬織さんが付け足してきた。
「でも一応年上ですし…」
僕はかねてから礼儀を重んじる方なのでそういうことにはちょっと固い。
「そっか、まぁ慣れてからでもいいよ」
冬織さんは、はにかみながら言った。
「で話は変わるんだけど…」
冬織さんはアルミの安っぽい扉の前で立ち止まると、こちらを振り返った。
いつの間にか周りの風景が変わっている。
「琉玖がこの機関に入るにあたっていろいろ手続きが必要なんだ」
「へぇ…」
ちなみにこの対神機関に入ることに了承した覚えはない。
しかし冬織さんの真剣な表情に反論出来なかった。
「で、この奥に総司令官がいるからとりあえず、話しに行くよ」
「はぁ…わかりました…」
そう言うと彼は扉に向き直った。
よく見ると安っぽい扉の上の方に「総司令官室」と張り紙が貼られている。
なかなかシュールな絵だ。
「じゃあ、行こうか」
そういうと冬織さんは扉をひらけ、中に入っていった。
どうも不安があったが、冬織さんがいることで妙な安心感があった。
そして、僕も一歩、踏み出すことができた。