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10  作者: あなちち
第壱篇 Commencement
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第〇章

バンッ!!

豪快な音とともに冬織さんは扉を開け放った。

その隙間から大量のアルコールが待ってましたと言わんばかりに飛び立っていく…ような気がする。

「とりあえずこれでいいだろう」

扉を開けた冬織さんは満足そうな顔でこちらに振り返った。

「あ、ありがとうございます」

僕はこのままでも良かったのだが空が直接脳内に『未成年は飲酒禁止』と勧告を出し、冬織さんを動かしたのだ。

言ってることがどこかおかしいし(実際言ってはいなのだが)人使いが荒いという第一印象を備え付けた空は座卓の前で茶をすすっている。

『いい気分』

そして満足そうな表情で無表情の声を漏らした。(僕の脳内に)

「さて…琉玖くんだっけ?ごめんね、いきなりこんなとこを見せちゃって」

一仕事を終えた冬織さんが座卓にあぐらをかいた。

「いっいえ、お気になさらず…」

言葉のやりとりなど、コミュニケーションがネットワークを介して行うことが主流となっている今、他人の家に呼ばれることなど滅多にない。

しかも、出会って数時間の人が快く家に上がらせてくれるなんてありえないだろう。

なので僕は手が汗で湿るくらい緊張していた。

でも彼らから漂うアットホームな雰囲気が僕を若干和ませてくれている。

『冬織、お茶を』

空は口にお茶を含みながら語りかけてくる。

仕組みは分からないが、口に物がある状態で普通にしゃべっている姿は不自然でちょっと滑稽だ。

「はいはい」

冬織さんは頭を掻きながらまた立ち上がって座卓を後にする。

なんだかお嬢様とその執事のようだ。

僕はその姿を見て自然と口元が緩んでいた。

『…琉玖』

気づいたら彼女は僕を横目でじとーと睨んでいた。

まずい、変な印象を持たれたか…?

「な、なんでしょう?」

そう言うと彼女は湯呑を座卓において、ふぅと息を吐いた。

『…載ってたトラックからこれが』

そう言うと空は座卓の下のスペースから大きく膨らんだ風呂敷を出した。

そして、座卓の上で開封するとおおきな立方体のお重が姿を現した。

そうだ、ついさっきまで忘れていたが、家を出るときに叔母さんが僕にお弁当をくれたんだった。

「それは僕のおばさんが作ったお弁当なんだけど…」

『…』

空は何も言わず、ただその大きな弁当箱をその小柄な体で見ている。

じ~っと、口元から液体を滴らせて。

「えっと、食べる…?」

そう僕が言ったとたん、彼女は大きく首を縦に振った。

それに合わせてヨダレも宙を上下する。

いままで脳内に響く声のせいで大人っぽく感じていたが、やはり身長とともに子供なんだなと思う。

「じゃあ、はい…うわぁ!」

彼女の要望に応えるべくお重を開けると中身が極端に偏っていた。

しかも、何かわからない茶色い汁まみれになっている。

しかも、それが三段も続いている。

それはまるで悪魔が住む塔のようにも見える。

その光景を前に空の眉間にシワが刻まれた。

そして、恐る恐る箸を手に、汁に浸った真っ黒い触手のような何かを摘み、小さい口に放り込んだ。

「どうかな…?」

僕はラーメン店の師匠に自分の料理を食べてもらっているような気持ちでその光景を見ていた。

もちろんこの弁当は僕の手作りじゃない、おばさんと義妹がつくったものだ。

ゆっくりと咀嚼する空、そこに流れる不穏な雰囲気。

凄まじい緊張感が場を占めていた。

『…美味』

何秒かたってようやく彼女は言った。

その瞬間不思議な安堵感と疑惑が浮かんだ。

「えっこれ美味しいの?」

この見た目で美味しいわけがないというのが僕の本心だったのだ。

空が箸を渡してくれたので僕もそれを使って色々口に運んでみる。

「…美味い」

まるで雷が頭に落ちてきたような衝撃だった。

この触手が何かはわからない、しかし、噛んだ瞬間飛び散る例の汁、そして触手の柔らかいような硬いような歯ごたえ、それらを相乗している整った味…うまいとしか言うことができなかった。

「何してんだ?弁当?」

そこへ湯呑を二つ持って、冬織さんが帰ってきた。

僕たちは互いに料理を食べ、その感想を述べたり(主に高評価)して熱くなっていた。

『冬織、これ食べてみて』

空はそう言うと冬織さんの口へ触手を押し込んだ。

どうでもいいがこの弁当はやたら触手が多い。

「うん、普通にうまい」

顔を上に向けて溢れてくる触手を口に押し込みながらゆっくりと味わっている。

僕は冬織さんがもってきたお茶を頂き、ホッと息をついた。

「私にもぉ~、えへへぇ~」

「うわっ!?」

突然、横から芋虫のように巻かれた毛布が喋りかけてきた。

ドーナツのように空いた隙間から女性がニタニタしながら覗いている。

さっき、部屋でワインを飲んでいた人だ。

あのあとまた寝てしまったため、毛布と一緒に巻いて部屋の隅に放っておいたのだが、弁当の匂いにつられて起きてしまったようだ。

追記するならば未だに酒臭い。

「ほら」

冬織さんは触手を箸でつまみ、女性の口へ運んだ。

手馴れているのか、恥ずかしさが全く感じられない手振りだった。

「おいひぃ~」

満足そうにまるでほっぺが落ちんとばかりに両手で頬を抑えている。

そして、よほど気に入ったのか空と僕の間に割り込んできて冬織さんに触手をねだり始めた。

神無(かんな)、じゃま』

空はそんなイモムシのような女性の脇腹をえぐるように殴っている。

その女性の名前を今知ったのだが、神無というらしい。

そういうことは前もって教えて欲しいし、誰なんだあんたは。

「ほい」

「おいひぃ~」

『どいて』

しかし、この和やかな空気感を前にそんなことはどうでもよくなっていた。

流されやすいとは自覚していたが、ここまでだとは思わなかった。

ここに来てわからないことは増えていくばかりで何一つ解決していない。

ひそかに、このあと問いただしてやろうと決心した食卓だった。

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