第二章
やっぱり僕も叔母さんに蹴りの一つ入れておいたほうが良かったと後悔した。
「ここ、どこですか?」
「…僕に聞かないでくださいよ」
ここはなんというか、何もない地域だった。
地面はアスファルトで固められているが、建物が何一つない。
遠目にスカイツリーや、都庁が見えるが多分20kmほど先だろう。
多分だが、ここはノア、つまり対神フィールドが展開されている内部で一辺約30km。その外周。
対神フィールドの縁の内側、だろう。
ノア内部では都庁、スカイツリー(総称として重要区画という)を中心に開拓されている。
波紋のように建物が建築されているのだ。
実際ここから重要区画方面に1kmすすんだところでは重工機が騒音をまき散らしながら働いている。
「地図だとここは…H-2ですね」
「南南東に進んでたんじゃないんですか!?」
「はぁ…すいません」
ここ、ノアの内部では住所のように区画わけがされている。
X軸は東西線、Y軸は南北線、に平行である。
X軸は1、2、3…10と、10区画に仕切られていて、Y軸はA,B,C…Jと、こちらも10区画に仕切られている。つまり一区画あたり3km×3kmにわけられるのだ。
チェス盤とか将棋盤を想像していただけるとわかりやすい
ちなみに重要区画はE/F-5/6にある。ど真ん中だ。
さらに、A-1、J-1、A-10、J-10にある四つの巨塔とスカイツリーが対神フィールドを展開している。
まあその区画の中でも、また区画わけがされているのだが…めんどくさい為省略させてもらう。
とにかく、僕らはD-1からE-5を目指していた。南南東へ移動することになる。
それがどうだ、H-2って東南東じゃないか!
流石に声を荒げてしまったのだ。
叔母さんに頼んだ僕がバカだった…
後悔と呆れから僕は背もたれにぐったり腰掛けていた。
おかげで異変に素早く気づくことができたのだ。
この時ばかりは感謝しなければならない。
「あれ、これって地震?」
腰のしたから大きな揺れが伝わってきた。
はじめは小さかったが徐々に激しさを増してきている。
「さぁ…?」
「いや、これ絶対地震ですよ!近いです!」
地割れしそうなほど大きな揺れとともに地響きが僕の鼓膜をつんざく。
どんどん近づいてきている。
隣に座る男は取り乱したように慌てていた。
その数秒あと、
「と、止まった…?」
急に静けさを取り戻した。
顔を上げると目の前に大きな地割れが出来ている。
どういうことなのだろう。急に静まるのはおかしい気がする。
しかし、静寂は思わぬ形で破られた。
ガッ!
ポッカリと空いた地割れの中から巨大なハサミが伸びてきたではないか!
それもまさしく甲殻類のような分厚いハサミだ。
と、さらにもう1つ、同じものが出てきた。
それと同時に無数の赤い点が地上に顔を出す。
どす黒い色の甲殻、赤く光る無数の眼、そして人間すら一刀両断できるような大きなハサミ。
これらが僕を恐怖のどん底に落し入れた。
「あぅ…ぁぅ…」
僕が声にならない悲鳴を上げている間、隣の男は泡を食って倒れた。
―死の危険を感じるとはこういうことか。
逃げ出したい、しかし、足が震えて動かない。
歯を食いしばるが面白いように力が抜けていく。
そうこうしているあいだにも、目の前の”生物”が全貌をあらわにした。
最後に出てきたのは長い尻尾、だろうか。先端に鉤爪がついている。
こんな時に限って考察している僕は自分をひどく恨んだ。
「キシャャャァァァァァァッッ!!」
その”生物”が僕たち、もといトラックに大きく咆吼した。
ハサミを振りかざしながらこっちに近づいてくる。
体格の割に、速い。
―――死
そんな言葉が脳裏によぎった。
「ぐっ…!!」
もうだめだ。目を伏せた直後、
『間に合った』
頭の中で声を聞いた。
それは冷ややかで、でも少し暖かくて、人間と機械、その半ばほどの声。
それが淡々と流れ込んできた。
「えっ」
咄嗟に目を見開いた。
そこに写っていたのは、刀を振るう男の姿。と体を横回転させている”生物”
彼は誰だ。
呆然と見入る僕を尻目に男は生物に向かって刀を振りかぶり、おろした。
だが頭の良いことに”生物”は回転を利用して避ける。
大きく空を切った男の背中に”生物”が転がったまましっぽの鉤爪を男に伸ばす。
やられるっ、僕がそう思う前に
『ウォールキューブ』
まただ。
無感情な声が聞こえた。
女性の声だろう。おそらく目の前で戦闘している男の声ではない。
誰なんだ。
そんなことを思っている矢先、男に向かって一進していた鉤爪が止まった。
正確には、阻まれた。というべきか。
数個の立方体が男と”生物”のあいだを埋めていた。
鉤爪が震えていることから察するにあれでもかなり力を込めているんだろう。
そのあいだに男は刀を大上段に構え、刀を振るう。
だが惜しくも今度はハサミに阻まれた。
ガギィッっと金属同士をこすり合わせたような不協和音とともに、火花がちった。
よほど硬いのだろう。男は苦戦を強いられているように見える。
男は距離をとった。
両眼のまぶたを閉じ、そして開いたとき…
―――記憶が途切れた。ここまでが僕の覚えていることだ。
『私たちがあなたを守るから』
人間はあまりに現実離れした光景を見ると、脳が処理できずにパンクするのだという。
同じ現象が僕に起こったのだ。
いわゆる失神。
「…う」
うっすらと目を開けた。
夕方になったらしい。赤い景色が目に飛び込んできた。
となりには相変わらず泡を食っている男。
謎の”生物”やそれと戦っていた謎の男。そして頭に流れ込んできた謎の声。
謎、謎、謎。
思えば全て夢だったのかもしれない。
それほどまでに理解成し得ない現実。
でも、それが現実だということを知るのは意外とあっさりだったりする。
『…そう、わかった』
え。
『了解、サンプル体とともに被験者を運搬します』
え、え。
『…ムーヴィング、バブル』
ええええええええええ!?
例の”声”が聞こえた瞬間体が宙に浮いたようにふわっとした。
というか車体が浮いているのか。景色がどんどん下になっていく。
―――どうやら夢のような現実はまだまだ続くらしい。