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10  作者: あなちち
第壱篇 Commencement
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第十章

「うぶぉ!」

それはあまりに過激な目覚めだった。

寝ている僕の腹に誰かが思い切り飛び乗ったのだ。

『起きろ』

脳に響く無感情な声ですべてを察する。

空が僕を起こしに腹の上に飛び乗ったのだろう。

「空…その起こし方はあんまりだよ…」

顔を斜めに上げるとやはり腹のあたりに空が座っている。

インストール前に腰に乗っていた長閑のことを思い出す。

昔だったらここで変な考えの一つでも湧いたのかもしれないが生憎もう女の身なので何も感じない。

『初任務』

そう言うと空は僕の脇腹を殴った。

いくら子供で非力だとはいえ(ワクチン)をインストールした体から繰り出されるこぶしだ。

尋常ではない重さだっただろう。

しかしそれは僕も同じこと、相殺し、普通の腹パンの痛みを感じた。

…だから何だという話だが。

「分かったよ」

僕はのそのそと体を起こす。

空はすでに寝室から出ていくところだった。

まったく、世の父親は休日になるたびに似たようなことを経験していたのかと思うと関心に浸る。

ともかく僕はベッドから立ち上がり、外へ。

おそらくみんなはもう班舎のほうにいるはずだ。

寝室に冬織さんの姿はない。

「ん」

両手を天につきあげて大きく伸びをする。

背骨がギシギシと軋み、背筋が弛緩する。

また少し胸が大きくなってしまったのか、胸のたるみ、違和感が増していた。

髪も少し伸びた気がする。

それは大方予想していたことで別に異常には感じなかった。

しかし、唯一異常事態を引き起こしている点が。




班舎の扉を大きく開け放つ。

ただでさえボロっちい扉が衝撃で大きく揺さぶられる。

入ってすぐ、ソファーの上に鎮座して朝のアニメを凝視している空の姿があった。

そのソファーと空に挟まれる形で彼女がいた。

「あぁ~幼女に踏まれて気持ちいい~」

なんて言っている酒飲み変態の神無さんだ。

「ちょっと神無さん!」

僕は空を無視して神無さんを引っ張り上げる。

うわぁ~とか言いながらゴロゴロとフローリングに落とされる彼女は滑稽だった。

「どしたのりっくん」

Tシャツからへそを出しながら仰向けで話しかける。

「どしたのじゃないですよ、なんですかこの服!」

僕は自分の袖を掴みながら大の字になってアピールする。

その服はなんというか、やけに変態的だった。

簡単に言うとゴスロリ調にアレンジされた学校の制服だ、フリルがやけにひらひらしているやつ。

スカートが短く、胸元も大きく開いている、露出が多い服だ。

よほど変態的な趣味を持つ校長じゃなければこんな服はまず制服として扱われないだろう。

そんな服を女体になりたての僕が着ているのだ。

何となく犯人の目星はついていた。

「かわいいよ、りっくん」

真面目な顔で神無さんは答える。

こんなきれいなお姉さんにかわいいといわれて悪い気はしない。

「照れてる照れてる、かわい~」

神無さんはニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。

意地の悪い人だ。

「じゃなくって、いつこんなの着せたんですか!」

僕はフリルをヒラヒラさせながら訴えかける。

動きづらいし、スカートは寒いし、これを常日頃身に着けている女性陣には感心させられる。

「りっくんが寝ている時だけど」

神無さんは半笑いで答える。

おちょくっているとしか思えない態度だ。

寝室で気づいたが、パンツは変えられていたし、ご丁寧にブラジャーまでつけられていた。

ちなみにブラジャーはごわごわした付け心地だ。

ということはつまり、そういうことなのだろう。

「あっ…その、よかったよ…」

神無さんは何かに気付いたのか、顔を赤らめながら訂正した。

なにがよかったよだ、勝手に人の裸を見たくせに。

この人には勝てる気がしない。

僕は足元からなにかが崩れていくのを感じた。

「おはよう、琉玖」

うなだれる僕に背中から声をかけたのは冬織さんだった。

この人は困った時によく助け舟をくれる。

僕のことをよく理解してくれていて信頼がおける人だ。

「さっそく任務に行くから着替えてくれ、戦闘服はそこにある」

そういって指さしたのは壁にかけてある服だった。

僕はまた絶望感に浸った。




「よし、じゃあいくか」

冬織さんが黒いコートを羽織りながら言う。

やはり全身黒い服を着ている。

「冬織さん…なんで僕の服こんなに白いんですか」

僕は自分の格好を姿見で見る。

細かいことは筆舌にしがたいが、一言で言うとすごい白い。

肌の白さも相まって真っ白なマネキンのようだ。

決してダサくはないが、もうちょっとなんとかならなかったのかという気にはなる。

そんな服を着せられたのだ。

(ワクチン)だよ、繊維に織り込まれてる」

なるほど、例の短刀で見たように(ワクチン)がインストールされたものは白くなる。

身を守るために衣服にも(ワクチン)をインストールしていたのか。

しかしそうだとしたら一つ腑に落ちないことがある。

「なんで冬織さんは黒い服を着てるんですか?」

当然の疑問だ、黒い服ということは(ワクチン)が織り込まれていないのではないか。

もし攻撃を喰らってしまったら…(ウイルス)の強さがどれほどかはまだ分からないが壮絶であることは想像がつく。

そんな相手に無防備な服で挑んでもいいのだろうか。

「当たらないからだよ」

冬織さんは自身の目を指さしながら言う。

そうか、彼の発現異能は”集中”。

その気になればすべての攻撃を避けることができるのか。

「あとダサいしな」

それを言ってしまうのか…僕もそう思っていたけど。

冬織さんは笑いながら腰に何かを携える。

見たことがある、あの鍔のない白木の聖柄、冬織さんの武器の一本刀だ。

はた目には形の整った一本の木の棒にしか見えないが、ちゃんとした刀なのだ。

蠍に対して抜き放っていたのが妙に懐かしい。

黒い服に対し、真っ白なその刀は不自然に見える。

「ほら、行くぞ」

そういわれて僕も急いで短刀を腿のベルトに携える。

不思議とこの短刀になぜか愛着がわいていた。

絶対に手放してはならないような、そんな感覚がにわかに生まれているのだ。

と、冬織さんがなぜか窓を開け放ち、桟のところに足を置く。

「え?」

僕は素っ頓狂な声を上げた。

急に自殺でもする気になったのか、この人は。

「あぁ悪い悪い、初めてだと確かに怖いよな」

そういうと冬織さんは僕のほうに戻ってきた。

「大丈夫、すぐに慣れるからな」

そういうと冬織さんが強引に僕の腰を持ちあげ、お姫様抱っこの態勢を取った。

急なことに僕はまた呆然とする。

そして冬織さんはそのまま窓まで駆け寄り、ダイブした。

悲鳴すら上げる暇はなかった。

遠くでいってらっしゃいと手を振る神無さんの姿が見える。

そして後を追って小さな体の空がダイブする。

下への重力が体を支配する。

風が肌を裂くように叩く。

いつのまにか体には無数の水滴がついている。

この環境で冷静でいられるのは冬織さんのおかげだった。

暖かい手のぬくもりが僕を支えている。

もし心身ともに女になっていたら惚れてしまっていたかもしれない。

僕はぎゅっと冬織さんに身をゆだねた。

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