第五章
「やめてください!放して!」
「まぁまぁ、おとなしくしててくださいよ~」
「どこ触ってるんですか松原さん!」
一通り帝についての説明がなされた後、僕たちはベッドのある部屋に案内された。
研究室のすぐ近くだったのだが全員で移動して僕と魁にインストールという行為を行うのだという。
この部屋にはベッドが6つあり、手前の2つのベッドを使ってインストールを行う。
そのために今、僕はベッドに張り付けにされようとしている。
「言ったろ?別に痛いことはないって」
冬織さんが諭すように言う。
そんなこと言われても怪しい模様の刻まれたベルトで体をベッドに固定されかけているのである。
怖いに決まっている。
「ほら、そこの…誰だっけ、あぁ新沼くんを見習って!おとなしく寝てるでしょ?」
松原さんが隣のベッドを指さしながら言う。
そこで寝ている魁はベッドごと怪しい模様のベルトでぐるぐる巻きにされている。
いや、寝ているといってもさっき松原さんが脇腹を思いっきりひじ打ちして失神しているだけだ。
「ちょ、そこ触らないで!」
当の松原さんはちょうど僕の腰のあたりをベルトで固定している。
その際に股間のあたりを触られるのはしょうがないことだがやたら手つきが艶めかしい。
もてあそんでいるのだろうか。
「ごめんなさい…」
そして松原さん、冬織さん、以外にもう一人僕のことを押さえている人がいる。
申し訳なさそうに目を伏せている長閑である。
僕の足のあたりにちょこんと座って押さえている。
しかし、体重が軽いので足をばたつかせたらどこかに飛んでいきそうだ。
「はいできましたよー」
松原さんがベルトの端を結んで立ち上がった。
肩のあたりを押さえていた冬織さんはやれやれという風に腕を回している。
長閑はまだ座ったままである。
「じゃあ、今からインストールしますね」
松原さんがどこからか巨大な機械を取り出してきた。
台座から伸びる大きな円盤には例の怪しい模様が装飾されており、円盤の中心部分から伸びるコードのようなものは束になって台座の付け根に接続されている。
見ようによっては扇風機や花に見えなくもない。
こんな”奇怪な機械”は初めて目にする。
できれば目にしたくなかったのだが。
「説明したとおり、終わるまで三日はかかるし、その間の記憶もなくなる…準備はいいか?」
僕の顔を覗き込んだ冬織さんが最終確認を尋ねる。
松原さんと冬織さんの説明では僕はこの後、何らかの方法で昏睡状態にされ、その間になんやかんやして帝をインストールされるのだという。
体に害はないが、3日ほど時間がかかり、その間は昏睡状態のため記憶もない…
いかんせんぶっきらぼうな説明だが、この機器を前にして詳しく説明されても理解できないだろう。
入隊のためにはこのインストールは必須条件であり、総司令官曰く、僕には入隊の義務があるらしい。
したがって、インストールは必ずしなければいけないというのが冬織さんの説明だ。
「…今更抵抗しても無駄ですよね…」
「勿論」
冬織さんは微笑を浮かべながら顔を離し長閑を連れて部屋から出ていった。
自分が哀れで泣きたくなる。
機械のコードやらメーターをいじっていた松原さんが顔を上げた。
もう楽しくてしょうがないにやけた笑みを浮かべている。
一言で言って怖い。
「設定完了しましたよ~じゃあまず失神させるんでこの円盤の中心を見ててくださいね~」
手慣れた手つきでボタンを数個押す松原さん。
すると、怪しい模様付の円盤がギシギシ音を立てて回り始めた。
本当に大丈夫なんだろうか。
言われた通り回転する円盤の中心を見る。
「うわ」
例の怪しい模様が円盤の中までびっしり書かれていてそれが高速で回転して余計に気味悪い。
しかもなぜか円盤が発光し始めてUFOのような状態になっている。
操作を続ける松原さんはいつの間にか赤いレンズを二つ持つゴーグルをかけていた。
実験用ゴーグルの上にかけているので顔が不気味にひきつっていてさらに怖い。
ついでに言うとあんたその下にも眼鏡かけてますよね、割れないんですか。
「そろそろ来ますよ、ちゃんと見て!」
三重で目を保護した松原さんが目を保護してない僕に向かって言った。
すでに円盤は太陽光を直接見た時と同等に発光している。
何て理不尽な。
目が焼けそうになる感覚に我慢していると一瞬円盤がひときわ強く発光した。
円盤のフラッシュと同時に気を失ったのだろう。
僕の記憶はここまでしかない。
鳥の囀りが聞こえた。
「ここは…」
気づいたら僕は見知らぬ世界にいた。
目に映るすべてのものが白い世界。
虚無とは違うが無に相違ない空間に僕は寝ている。
「起きたか」
どこからか知らない人の声が聞こえた。
そして目の前に知らない人が立っていた。
この白い世界で目立つ、というか”浮いている”人。
黒い髪に黒い服、漆黒に輝く瞳に吸い込まれそうになる。
年は冬織さんと同じくらい、僕よりすこし上だろう。
顔も冬織さんに似ているが…それとは違う誰かに似ている気がする。
妙な親近感を覚える人だ。
「あなたは…」
「悪ぃ悪ぃ、変なとこ連れてきちまって」
僕が言おうとした瞬間にその人は被せてきた。
ケラケラ笑うようにしゃべり、どうもつかみどころのない人だ。
「少年、俺はお前に言うことがあってここに連れてきた」
その人は下を指さしながら僕に向かって言う。
「…?」
「簡単に言うとだな、これからお前には無数の選択肢が迫る」
僕がなにかを言う前にその人は僕に訴えかける。
何て自分勝手な人だ。
「どれを選ぼうがお前の自由だ、しかしこれだけは忘れるなよ」
真剣に言っているんだか世間話をしているんだか分からない独特のトーンで続ける。
「”仲間を守れ”…それだけだ」
この人は何を言っているんだろうか。
仲間など今の僕にいるんだろうか。
冬織さんか、空か、神無さんか…?
僕が熟考しているのを見かねたその人は笑い飛ばした。
「今はまだわからねぇだろうがそのうちにわかる」
その人はそれだけ言うと後ろに振り返った。
「じゃあな少年、また会おう」
顔は見えないがその人は笑っている気がする。
いや、そんなことよりも聞きたいことが山ほどある。
ここはどこなのか、あなたはだれなのか、何を伝えたかったのか。
曖昧すぎて何もわからない。
しかしそれを尋ねる声は出なかった。
聞いても無駄な気がしたのだ。
その人は右手を天に向かって伸ばし、指を鳴らした。
そうすると周りの景色は一変し、真っ黒な世界になった。
目を開けても閉じても見える景色は変わらない。
僕はまた横になって胎児のように足を抱えて眠った。




