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10  作者: あなちち
第壱篇 Commencement
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第四章

「なんじゃこりゃ…」

部屋の中には煙が立ち込めていた。

五里霧中、もとい一寸夢中といってもいいような濃密な煙があたりを満たしている。

しかもただの煙ではない、紫のような緑のような…ともかく毒々しい煙だ。

「ゴホッゴホッ!」

後ろで魁が大げさな咳をしている。

この煙でもすったのだろうか、にしてもうるさい。

「冬織さ~ん!」

煙の中に呼びかける。

しかし返事はない。

そのかわりに、後ろで魁がまた咳をする。

「あの…もうちょっとしずかに…」

「ゲホッゲホッ!」

食い気味に魁が咳をかぶせてくる。

「ん、今何か言いました?」

「いえ…もういいです」

何だろうこの人は、阿呆なのか馬鹿なのか天然なのか…

悪い人ではないのだろうが、関わるとめんどくさそうなタイプだ。

ともかく今は冬織さんを探さないといけない。

四方八方を煙に囲まれた状態で視覚にまともな意味はない。

手さぐりで探すしかない。

「…」

両手の触覚に全神経を注ぐ。

これは…机の角だろうか。

ひんやりとした三角錐に触れた。

その感覚を頼りに怖々と足を送る。

さらに机のへりに手を置いて、それに沿って歩みを進めていく。

なんだか冒険しているような妙な高揚感が立ち上る。

そしてどうやらこの煙は無害のようだ。

これだけ吸って意識の懸濁もない、火事の時の黒煙だったら意識が薄れていくはずだ。

まぁこの色、密度からして注意を怠るわけにはいかないのだが。

「冬織さんいますか~!?」

相変わらず晴れることのない煙に向かいもう一度呼びかけてみる。

「ゴホッゴホッ!」

…またか。

「ちょっとあなたいい加減に…!」

若干怒りを覚えつつ後ろを振り向く。

「…ん?」

その刹那、足元、足の甲に妙な感覚が走った。

「ムギュ」

何か踏んだのだろうか、間の抜けた音が聞こえた。

煙のせいで足元の確認ができないので恐ろしいが、興味本位でもう一度踏んでみる。

「ムギュ」

やはりなにか踏んでいるようだ。

柔らかな感触が靴を伝って感じる。

「あの~…痛いんですけども」

もう一度踏んでみようかと考えていた矢先、足元から女の声が聞こえた。

僕は驚いてその場から跳び退き、距離を置く。

「だ、誰です!?」

そしてその女に声をかける。

何しろ煙のせいで視覚での確認ができないのだ、若干変な日本語になっているが本人に聞くほかない。

「やだなぁ七夜さん、私ですよ、松原ですよ」

そう言うとその女が何かしたのか電子的なピッという音が鳴った。

換気扇を作動させたのだろう。

直後天井でファンか何かが回る音がし、煙の濃度が急激に薄くなっていく。

そして女性が白衣を叩いているのが見えてきた。

「まったく、ろくな結果になりませんね…もうこの研究は諦めたほうがいいんじゃ……?」

残念そうに話しながらこちらに向き直った女性は動きををフリーズさせた。

「…誰?」

いや、こっちが聞きたいのですが。

彼女は呆然とした顔をして僕のこと怪訝な目で見ている。

おそらくさっき彼女は僕を冬織さんだと思って反応したのだろう、どおりでかみ合わないはずだ。

「彼がさっき言った新人、天海琉玖君だ」

遠くから冬織さんが説明しながら歩いてくる。

今までどこに潜んでいたのか、この狭い部屋なら声聞こえてただろうに。

「へぇ~、この子が…!」

松原、という女性はその言葉を聞いて一変、ジロジロ舐めまわすように僕を見るようになった。

「うっ…」

あまりみられることになれていない僕は一歩後ずさりした。

すると松原さんは二歩距離を詰める。

そして、餌を与えられた犬、あるいはおもちゃで遊ぶ子供のように目をキラキラさせ、

「いい実験体ですね…これはおもしろい結果になりそうですよぉ…!」

とよだれを拭きながら笑った。

僕はこの光景に原始的な恐怖を感じた。

「安心しろ琉玖、そいつはちょっとおかしいが腕は確かだ」

近くで机に腰を下ろしながら冬織さんが言う。

「おかしいとはなんですか心外な!私はただ純粋に、この子の体に興味があるだけです!」

「その言い方は変な誤解を招くからやめような、松原」

「誤解!?…誤解…?」

松原さんは実験用のゴーグルを外しながら考え込むように首をひねる。

今わかったのだが彼女はゴーグルの下に眼鏡をしていたらしい。

やはりちょっと変わっている人のようだ。

そんな松原さんをよそに冬織さんは僕に耳打ちをした。

「彼は誰だい?」

そういう冬織さんの目線の先には魁がいた。

とっくに煙が晴れているというのにまだ咳き込んでいる。

「彼は新沼魁さんで、トラックの中に一緒にいた…」

「あぁ、あいつか…ということは」

冬織さんは思い立ったように部屋から出ていった。

残されたのは松原さんと魁と僕。

「誤解~?…ん~」

松原さんは未だにさっきの誤解の意味について考えているようだ。

やっぱり変わった人だ。

「あの、ここは何の部屋なんですか?」

僕はそんな松原さんに気まずいので聞いてみた。

「…ん、あぁ、ここは研究室だよ。機関のね」

「ほかに人はいないんですか?」

「今は一人留守にしてるけど…まあ今じゃほぼ私一人のための研究室だね、その人はウチの上司なんだけど働かないし」

松原さんは苦笑いしながら答える。

確かにこの部屋はあちこちに女性的な装飾が施されている。

あながち研究室には不釣り合いだが。

「さっきの煙なんですけど…いったい何に使ってるんですか?」

「あ、さっきはごめんね、実験に失敗しちゃって爆発と発煙しちゃった」

松原さんは舌をちらりと出して笑う。

「たまに機関から依頼来るけどそれ以外の時は暇でさ、使用目的は大体私用の研究かな~…といっても私用の研究で結構機関に貢献してるけどね」

松原さんは胸を張って言う。

変人だけど確かに実力は本物らしい。

それよりも気になるのが機関からの依頼だ。

「機関からの依頼ってもしかして…」

「そう、これから君に…」

松原さんが言いかけた時、冬織さんが部屋に戻ってきて言った。

「やっぱりだ、魁…そこの彼も入隊するんだと」

「マジですか?」

松原さんと僕は驚きで、声が被った。

「あぁ、さっきそこで潰れかけてた佐柳から聞いた」

そういえば長閑のことを忘れていた…大丈夫だっただろうか。

「今日は豊作ですね」

松原さんは満面の笑みを浮かべて何かの準備をし始めた。

「ちょ、なにしてるんですか」

僕は何やら得体のしれない機械を取り出した松原さんに危機感を覚えたのだ。

すると、彼女はすごい嬉しそうに

「改めて…これから"君たち"に(ワクチン)をインストールします」

と言った。

冬織さんは頭を掻いて苦笑いをする。

僕は得体のしれない恐怖にただ震えるだけだった。

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