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さよならのプラットホーム  作者: 青田 絲
第一章 然れども僕にあるまじ
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暗雲は使命による

 梅雨明けはすぎたはずだった。

 空には暗雲が漂っていて、僕の気分までも暗くする。湿気が高いのに日が出ない夏の日というのは蒸し暑くて嫌だ。嫌いな天気となれば気分が落ち込むのも当然だ。

 今にも降りそうな空模様を見て、今日の帰りの心配をする。雨が降る前に帰れたらいいけど。

 廊下の先は薄暗い。曇っているというのに、我が校も今の風潮に乗って節電に努めているのだ。極力廊下の電気はつけないようにとのお達しを校長から集会のときにいただいた。

 暗い廊下を通るのは心細いところがある。が、阪井と一緒の僕には無縁に近い。

「あんまり暗いと、校内の雰囲気が悪くなりそうだね」

 僕は冗談目化してそんなことを言った。

 阪井は、そんなことがないといいな、と笑いながら言った。

 彼の笑い声はとても派手だ。大口で大声を上げて笑う様子はいつ見ても可笑しい。こんな彼でも女子の間で人気があると思うとまた可笑しかった。

 廊下の先にある化学室には明かりがついていた。暗い廊下で道標を示す灯台のようだった。

 化学室に入ると先客がいた。休み時間もまだ前半、いつもならばこんなに早くくるのは僕たち二人くらいだった。けれどそこには転校生がいた。

 ――またか。

 会いたいわけでもないのに会ってしまう。世界がまるで僕を呪っているようだ。

 阪井は彼女を一目確認すると、僕に一声かけてきた。

「今彼女一人みたいだな。なにか聞くなら今しかないと思わないか?」

 彼はそう言い残すと僕を置いて彼女の元へ向かった。彼の行動力には惜しみない賞賛を贈りたくなる。

 僕はというと、別に気になることもなければ聞きたいこともない。

 ノートを開いておくことにして、パラパラとページを繰っていた。

 少しすると阪井は嬉々とした表情をしながら帰ってきた。

「おかえり」

 彼は彼女のほうを親指で指差して「お前のことをお呼びだ」と笑いながら言った。

 彼女のほうを確認する。特にこちらを気にしている様子は見られない。

「なにを根拠にそんなことを言ってるんだ」

「彼女と話してるとき、どうもお前のことを気にしてたんだよ。助けを求めるような視線でなちらちらと、な」

 余計な勘ぐりをしてくれたものだ。さすがというべきか、阪井のこういうところには呆れてしまう。そこまで人を知ってどうするつもりなのだろうか。

「きっと気のせいだよ。僕は彼女と一度も会話したことないんだから」

 一度だけ、彼女とは話した。社の裏で。でもあれは会話をしたとは言えないと思う。僕の独断で都合のいい考えだけれど。

「体育の後」

 阪井がそこまで言ってから気づく。そうだ、あの時も話したことには話した。

 でもあれだって会話したとは言い難いんじゃないのか?

「そうかもな」阪井は笑いながら言った。

 なにも可笑しいことなんてないよ。

 しかめっ面で僕は授業の開始を待った。


 授業が終わると、実験用具の片付けを担当者がして帰る。

 担当者は阪井だった。

 僕は待っていてあげようと思ったけれど、彼に先に帰ってくれて構わないと言われたので甘えることにした。

 ちらりと一人でいる彼女を見る。

 彼女も担当者か。

 一瞬手伝うべきかと迷ったけれど、踏み出した足を止めることはできず、教室に戻って行った。


 昼を過ぎると、なにやら不穏な空気が教室に漂ってきた。

 明らかに侮蔑の視線を向けている女子たち。視線の先には、彼女が。

 もうそろそろ分かりやすい展開には立ち去って欲しいところだ。

 もしかするとと思い、目の前にいた阪井に僕は聞いた。

「彼女――転校生の手伝いでもした?」

 彼は当然だと言わんばかりに頷いた。「あのタイミングでしか信頼を買えないだろうと思ってな。会話ができないようでは俺の使命を果たせない」

 彼にはまったく呆れてしまう。

 自覚、なんてものは持ち合わせていないのだろう。それどころか使命なんてものを持ってしまっているではないか。

 彼にも聞こえるようにため息をつく。彼は首をかしげていた。

「問題でもあったのか」

 その態度が問題だ。

 とは言えない。彼にも悪気があるわけではないのだろう。

 そんな無益な会話をしている間に女子たちの恐ろしさは増していた。こんなに険悪な空気、入学して以来始めて味わった。

 委員長はどうするべきか、判断しかねているようだ。

 担任の先生が授業にやってきた。

 先生は僕たちに着席を求めて教壇に立つ。そしてきづかれない程度に、教室内を見回した。近くに座っていた僕だけが気づけたのかもしれない。

 先生は一瞬だけ怒ったような顔をした。それでいて、苦虫を噛み潰したような。

 授業が始まる。

 僕は先生の淡々とした声を聞いていると段々腹が立ってきた。

 なぜなにも言わないのか。先生はどういうつもりなのか。転校生が初めて登校した日だって、なにも言わなかったそうではないか。

 苛立ちは募る。けれどそれを吐き出す勇気が僕にはなかった。

 自分に落胆して授業に専念する。

 それでもまだ、心の隅に根を下ろした不信感は取れることなく僕を苛立たせていた。

 無差別に雨を落としてしまいそうな暗雲が、僕たちに近づいていた。

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