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さよならのプラットホーム  作者: 青田 絲
第一章 然れども僕にあるまじ
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祭囃子は入道雲と

 今更説明するまでもない。

 僕はしがない男子高校生だ。

 そんな僕に当然なにか偉大な権利があるわけでもない。

 夏休み間近の日曜日。今日は冗談でもなんでもなく縁日だ。我が家から徒歩二分の神社の祭神の誕生祭のようなものだということはこの街へ来た頃から聞かされてきた覚えがある。

 半日をかけて近所をお神輿が回り、家々からなにやらお金をとっていく。補修工事に使うのだろうか。僕にはよく分からない。

 分からないのはそれだけではない。

 町内会とはなんなのか。神輿参加の拒否権は僕にないのか。

 庶民的な我が一家は、当然のように町内会に属している。町内会の皆様は神輿に参加することが義務だ。

 普通は家主が参加する。うちの場合父親だ。

 しかしながら、彼はどうにも面倒臭がりでなにかと面倒を僕に押し付けてくる。

 まさにこの神輿がいい例だ。

 夏場に神輿。これほど厳しいものはない。

 暑苦しいオヤジ集団が高い密度で頭を光らせる姿は見るに耐えない。そのうえかけ声まであるときた。参加は死に急ぐようなものだと僕の家族は口を揃えている。なかなか社会性の乏しい家族だ。

 そんなわけだから僕の家族では毎年のように熾烈な争いが起こる。神輿参加者を選ぶのだ。押し付けようと父親はあの手この手で僕を追い詰めた。高校生という立場に小遣いという交渉材料は絶大な効果を持っていた。

 ――で、僕が負けた。

 負けたからには拒否権はない。

 だから、僕が偉人であればあるいは……と考えていたわけだ。

 まぁ、ないわけだからどうにもならない。

 苦しいながらも群衆に紛れ、僕も神輿を担ぐのだった。


 何軒回ったのだろうか。

 疲れ果てた僕はやっとの思いで神社に戻ることができた。

 シラフで担げられる神輿ではないと思うのは毎年恒例。残念なことに未成年の僕はシラフでしか参加不可能なので大変苦労するのだ。オヤジ集団もシラフらしいが信じられない。

 境内には思ったより人が少ない。これも毎年のこと。縁日とはいえ、神輿が主な行事で屋台が出たりすることなどはないからだ。いつだったか、転校生から逃げてきた生徒が縁日のごとく、だったけれど、まだあの時のほうが縁日らしいかもしれない。

 屋台もない、踊りもない。祭りらしいことは一切ないときたものだ。僕だって少しくらい縁日の縁をいただきたいものだ。

 誰もいない社の下、日陰になっているところに腰を下ろす。

 西の空には夏らしく、入道雲が立ち上っている。照りつける日差しは気温をあげて、景色を揺らすかげろうを作っている。

 町内会のおばさま方が配ってくださるスポーツドリンクを半分まで飲む。やっぱり冷たいものはいい。

 諸々の儀式を済ませて解散になるまで、僕に仕事はない。

 どうせなら社の裏でも回って行こう。時間もあることだし。

 スポーツドリンクを片手に立ち上がる。

 暑さにうだる身体にムチを打って社の裏に足を運ぶ。南向きの社の裏に近づくにつれ太陽から僕の姿は隠される。少しばかり涼しくなる。

 社の裏に来たからといってもやることは特になかった。

 とりあえずは座ろうと思い、なにか腰掛けるものがないか周りを見渡した。

 そこでふと目に留まるものが。

 ――転校生、かな。

 最近クラスメイトになったばかりの少女の姿を見つけた。

 彼女はセミがいる木の近くにしゃがみこんでいた。うるさくはないのだろうか。気にする様子はなく地面を見ている。

 僕はどこかに座ろうと思っていたけれど、彼女を見つけてしまったことで気分が変わった。いや、変えるしかない。僕は彼女に近づくつもりはない。

 立ち去ろうとすると、偶然目線をあげた彼女と目が合ってしまった。

 状況の悪化も甚だしい。ここに来ようとした自分を恨んだ。今更遅い。

 目が合ってしまったからには無視するわけにはいかない。ここで無視することはむしろ不自然だ。

 ――仕方ないかな。

 僕は彼女のほうへ向かった。彼女は僕を見据えたままだ。

 彼女に近づくにつれてセミの声は大きくなってきた。

「こんにちは」

 まずは挨拶から。

 彼女は僕は見据えたままだ。

「誰?」

 彼女は口を開くなりそういった。

 ――しまった。僕は彼女を知っていても彼女は僕を知らない。少し考えれば分かることを見落としていた。彼女はクラスで誰かと関わろうとはしていなかったじゃないか。

「あ、ええと。君のクラスメイトだよ」

 とっさに出た言葉は存外普通なものだった。色々と考える時間が足りない。対応も、態度も。

「クラスメイト……?」

 彼女の表情はクラスメイトという単語に反応して大きく変わる。険しい顔だ。

「そんなに構えないで欲しい。僕は君になにか用があったわけじゃないんだ。ただ君を見かけたから声をかけたってだけで」

 とっさに出る言葉には含みがない。さらりと言葉を選んで出せない僕は正直者になってしまった。

 彼女には僕が嘘をついていないことが伝わっただろうか。

 一部、ただ彼女がいたから声をかけた、というところだけは嘘だけれど。

「そう、なの」

 彼女の顔には少し安堵の表情が浮かんだ。だからといって警戒を解いたわけではないだろう。

「突然声をかけてごめん。じゃあ僕は行くね」

 僕は一言言い残すとその場を立ち去った。

 長居はしたくなかった。そもそも関わる気はなかったのに。

 やけに耳に聞こえるセミの声を背に、足早にその場を去った。


 家に帰ると半日の疲れがやってきた。一日分以上に感じられる。

 オヤジ集団に合わせるのは楽ではない。シラフのはずの彼らはシラフの僕と比べて明らかにテンションが違う。普段から大声は出さないのでかけ声を出すだけでも疲れる。

 シャワーを浴びた後、ベットの上に転がる。

 ――あんなつもりはなかったんだけどな。

 彼女と会うと分かっていれば、なにもなかったかもしれないのに。悔やんだところで遅い。僕は声をかけてしまったのだから。

 とは言え、一度目だ。たいした会話でもない。大目に見ても問題ないだろう。

 そう信じたいところだ。

 入道雲はいつの間にかいなくなり、からりとした夕焼け空が広がっていた。

 雲一つない。

 扇風機の音に勝るセミの声が僕の耳を埋め尽くす。

 ――ただでさえ暑いのに。そんな声を聞かせてくれるなよ。

 扇風機の風が汗の浮かんだ肌を撫でる。

 ほのかな涼感を感じてまぶたが重たくなる。


 ――彼女は僕の手を引っ張っている。

 転校生は僕の手を強く握っていて、抵抗する間もなく僕は引っ張られて行く。

 どこへ?どこへ行くのだろう。


 目を覚ますとあたりはいつの間にか暗くなっていた。

 父親が僕を呼ぶ声が聞こえる。夕飯ができたようだ。

 身体を起こすと背筋を汗がつたった。

 冷や汗?いや、冷たくは感じられない。

 汗ばんだ肌が不快感を誘う。

 なにか予感がした。

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