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さよならのプラットホーム  作者: 青田 絲
第四章 困惑は止まないまま
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小猿のひとり立ち

 いくら泣いても、泣き慣れるなんてことはあるようなもんじゃない。僕はもう、枯れるほど涙を流しただろうに。

 一面が白い。それが少しばかり寒さを感じさせる。別に雪ってわけでも、ないはずだ。

 こうも寒々しいと、ここにはなにもないのかと思ってしまう。なにもないがゆえの寒々しさ。僕は今まで、こんな感覚を味わったことはなかったなと思った。

 ただ、ここにはなにもないというわけではない。確かに、血にまみれ惨状を物語っている車以外に目に入るものは特にないけれど、決してなにもないわけではない。でも、いくらそう思ったとしても、欺瞞でしかないような気がした。

 やっぱり僕は、夢のなかに独り取り残されたのだろうか。

 そう思うのが妥当かもしれない。でもどこかで納得できずにいる。なにかが引っかかっているような、やっぱり独りじゃないような――いや、それも欺瞞か。

 結局なんの手がかりもなく、実際のところ僕はひとりぼっちだ。なにも間違っていない。

 泣きつかれて、空を仰ぐ。仰いで見ても、青くない。灰色だ。ほの暗くて、それがいっそう不安にさせた。

 なにか考えようと思っていても、頭がついて回らない。思考は先に進むのに、理解が追いつかない。組み立てているロジックも、一切合財の論理性を失っている。泣くのに疲れてしまったのだ。

 そうこうしていると、そのうちに頭が冴えてくるだろう。無理に頭を回転させることにも、疲れてしまった。

 僕は少しの間、極力なにも考えないようにした。でもいつもの連想癖は、習慣であるからか、なかなか僕を楽にさせてくれなかった。車が目に入って、母親のことを考えたり、そこから親友のことを考えてみたりと。

 いつまで堂々巡りを繰り返すのだろう?疲れてしまったというのに、考えるのをやめないのはどうしてだろう?

 そんなことを考えて、また心労を重ねる。

 琴乃に母親のことを話したときに、なにかを感じたはずなのに、それは曖昧になって消えてしまった。なにかを感じて、それをすぐに忘れて、まるでサルだ。学ぶ気がない、サルだ。

 サルの癖に、連想はする。連想をして、気疲れだけしている。まだサルのほうが幾分もマシだろうに、けれども僕はヒトなのだ。

 そう言えば、夢を見るというのはヒトだけの特権ではなかったような気がする。正直、僕は記憶力がいいほうではないからネットサーフィンで仕入れた情報もすぐに抜けていってしまい、思い出すことは大概曖昧だ。こういうところ、本当にサルだ。

 しかしサルだろうと、犬だろうと猫だろうと夢を見る、らしい。申し訳程度にもならないほどの知識ではあるが。つまりその通りであれば、僕であっても夢を見る。いや事実、夢を見ているわけだ。今もこうして。そして、見たくない「夢」たちだって。

 今見ているこの夢が、現実になるのは怖いなと思った。でもそんなことはないと思う。意識がある時点で、これが現実に現れたりはしない。経験則から、それは確かだろう。

 ならないだろうと分かっていても、怖いものは怖かった。それはどうしようもなく怖かった。怖くなっては思い直して安心してを繰り返している。

 そうして逃げ場を見つけ出そうとしている。

 でも逃げ場なんてものはないのだ。それは連想癖の成しえる業ではない。僕が逃げられないのは、結局のところ向き合わないからに他ならない。いつも目を背けて、なにも捉えようとせず、逃げ出していた。……いや、逃げ出していたようで、逃げ出せていない。同じところを延々と低徊しているに過ぎないのだ。

 ――あぁ、こんなことだったな。

 僕が思い出せなかったことは、琴乃に母親のことを話したときに思ったことは、確かにこんなような内容だった。やっと思い出せた。

 でも、ようやく思い出せても、僕はすぐに忘れてしまうのだろう。成長しないから。いつまで経っても、二人の死を引きずって、夢を怖がっていて。こんな僕に成長するきっかけがあるとは思えない。

 だけれど今となっては、変わらずにはいられないんじゃないか?そうやっていつまでも低徊することに疲れていたんじゃないのか?だから僕は、だから――

 

 だから泣いたんじゃないのか?


 もうなにも失いたくなかった。僕はなにかをなくすことが怖かった。失ってしまうことを考えると、それはとても恐ろしいことで、僕はそれが心のそこから嫌で、だから泣いたんだ。

 駄々をこねる子供のように。そう比喩するのは正鵠を得ている。僕は子供だ。

 子供なりに、知恵を絞って、「好きなようにしてきた」。その結果がこれだ。今僕は、また失ってしまった。

 だけど、あくまで子供のやったことに過ぎない。詭弁だろうか?でも、まだ本当に亡くしてしまったわけじゃあない。取り返しのつかないミスをするのは、きっとそれは大人になってからだろう。子供はまだ、やり直せる。きっとそうだろう。

 それに気づいた子供は、すくっと立ち上がる。

 間違いを正すのは、自力でなければいけない。それが成長ってものだろう。伴う痛みを恐れていて、怠惰になることは誰のためにもならない。一時凌ぎに人生を削ることはあまりにも馬鹿々々しいってものだ。

 僕は息を整えた。しゃくりあげていたのを力いっぱい押さえ込む。変な声が出る。構うものか。

 目を擦って、視界を開く。眼界の果ては白しかなくても、足元は黒く、踏み固められている。なんだ、横断歩道まである。

 僕は無理やりにでも笑ってみせた。

 雲が遠のいていく。

 ――なんだ、晴れ晴れとしていれば悪い景色じゃないや。

 けれど白のなかでぎらぎらと光る赤が、そう思った僕にぼんやりと霧をかけた。

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